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序章2

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「――退け。いまならまだ重罰で済む。神聖な調印式を血で汚したとなれば、両国に再び問題を与えかねない」

 顔色一つ変えない黒衣の元帥は、青年の剣を受け止めてもなお余力があるようだった。

「……っ、俺には後がないんだ……っ」

 元帥にしか聞こえない声で青年は言い、次の瞬間肺腑から絞り出すような声と共に、に撃、三撃と猛攻を加える。

「何者かにそそのかされたのか」
「お前には――関係ないっ」

 後戻りのできない目をしている。

 そう悟った元帥は、相手が捨て身の攻撃を仕掛けてくるのを見越した。だが仮にも元帥という立場をもらっている以上、彼とて一介の騎士に劣るわけがない。

 戦場でなら切り捨てているところだが、ここは神聖な調印式の場だ。

 腰の後ろにある短剣を抜き、今度は両手剣で騎士の相手をする。

 長剣で相手の剣をいなし、短剣でもって相手を急所を突く戦い方は、その元帥ならではの戦い方だった。普通の者が両手で握る長剣を、片手で振り回す腕力がある。相手の剣を受け止めてもブレない体幹は、鍛え抜かれた鋼のようだ。

「く……っ」

 すぐに劣勢となった騎士は、死に物狂いで反撃し――。

「うわああぁぁっ!!」
「――っ!」

 渾身の一撃と言わんばかりの騎士の突きを、長剣で払った。――はずが、殺しきれなかった直進の勢いを伴って元帥の顔をかする。

「きゃあぁっ!」

 女性の悲鳴が十月堂に響いたあと、白い床に滴ったのは赤い血だった。

「あ……っ」

 エルフィンストーンの国王を暗殺しようとしたのに、騎士は剣の切っ先に手応えを感じて固まった。

「捕らえろ!」

 左目からボトボトと落ちるように流れる血をそのままに、元帥は声を張り上げた。

「いやだぁっ! 俺は……っ」

 エルフィンストーン王国の軍人たちが駆けつけるなか、騎士はそう叫んでもがく。

 が、一人対多数では抗いようもない。

 御用となった騎士はその場から連れ去られ、あとは騒然とした貴族たちが残される。

 平和の調印をするために顔を合わせた国王たちも、苦渋に満ちた顔だ。

 互いの軍と騎士とに守られていた国王たちが、この場をどう収めるか話し合うために、再び壇上に上がりかけた時――。

「お待ちいただけないでしょうか?」

 凛とした声が人々の混乱を鎮め、みながその声の主を見る。

 壇の前に元帥が跪き、流れる血をそのままに深く首を下げていた。

「ギルバートよ。此度の武勲、しかとこの目に焼き付けた」

 国王の声にギルバート――黒衣の元帥はさらに頭を下げ、なおも言葉を続ける。

「此度の調印式、両国の民が何よりも熱望しておりました。無駄な争いもなくなり、人々は本来の生活に戻れるでしょう。せっかくアルトドルファー国王陛下がいらした調印式で、このような無様な事態となり、己の責を感じております」

 ギルバートの声は、どのように声を発すれば聴衆の耳を捉えられるかを知っていた。

 十月堂内は静まりかえり、みなが傷を負い国王を守った英雄の言葉を聞く。

「しかしながら、この十月堂を血で汚した私の願いが叶うなら――。民が望む調印式を進め、両国の平和とさらなる繁栄を望みたい次第でございます」

 おおっと聴衆がどよめき、拍手が巻き起こる。

 ギルバートの言葉が良いきっかけを与えたのか、国王たちも柔らかな表情になって微笑み合う。

「では……、今日この場をそのままにというのは難があるので、改めて調印式を仕切り直そう。ギルバート、お前はエルフィンストーンとアルトドルファー両国の英雄だ」

「もったいないお言葉にございます」

「さぁ、早くその傷を医者に診てもらいなさい」

 王の言葉に従い、部下たちがギルバートを支える。




 英雄の血は綺麗に掃除され、十月堂は歴史的な場所となった。

 アルトドルファー国王は貴賓として王宮に迎えられ、騒ぎがあったお陰で逆に両国の国王は仲を深めたようだ。

 一週間後に調印式は無事行われ、ギルバートは英雄となった。

 騒ぎを起こした騎士の名は、ベネディクト・フォン・バッハシュタイン。

 その名が大逆人として広まる前に、彼はアルトドルファーの地下牢で毒薬を呷った。

 なぜあのような真似をしたのかという理由も明かされず、あの騒ぎについては一騎士の凶行ということとして落ち着く――はずだった。



 だが、それらの謎が紐解かれるのは、また別の話となる。



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