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異国の地で、拍手を (完)
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その後、朝食を終えていつでも出発できる準備を終えると、二人は同じホテル内に泊まっている家族と会い、挨拶を交わした。
家族たちはシルバーウィークを利用して、少し東京観光をするらしい。
それは事前に聞いていて、その分の宿泊費を秀真が負担してくれている。
彼に家族たちは何度もお礼を言い、良いハネムーンになるよう祈ってくれた。
ファーストクラスは、初めての体験ばかりだった。
エコノミークラスとは違うカウンターにチェックインし、専用ラウンジでゆっくり過ごす事ができる。
やがて時間が迫って優先されて機内に案内され、二人は中央にある隣り合った席に座った。
離陸してからあと、花音は映画を見て過ごし、食事時間になると陶器の皿にのせられたフルコースのフレンチを満喫した。
フライト時間は十三時間弱で、二人は現地時間の夕方頃にヒースロー空港に到着した。
秀真は現地ガイドを雇い、資格を持った彼に詳しい説明を受けながらイギリス全土の主立った観光地を楽しんだ。
一週間かけてロンドンに戻ったあと、大英博物館やナショナル・ギャラリーをゆっくりまわり、二人はロンドン駅を歩いていた。
駅構内にはピアノが置かれていて、花音はソワリと自分の中にある〝熱〟が疼くのを感じた。
「……弾いてみていい?」
「側で聞いてるよ」
「ミスしたら、ブーイングされるかな?」
「構わないよ。俺が拍手する」
秀真の返事を聞いて勇気をもらった花音は、ピアノの椅子を調節して鍵盤に手を置いた。
何を弾くのか考え、イギリスにまつわる作曲家を脳裏に思い浮かべる。
そして彼女自身も大好きなミュージカル『オペラ座の怪人』の作曲家、アンドリュー・ロイド・ウェバーを思い浮かべ、有名なシーンの最初の一音を強いフォルテで弾いた。
続くおなじみの音色に、周囲にいた男性が指笛を吹いた。
やがてミュージカル歌手が歌う部分までさしかかると、その頃には周囲に人垣ができていて、全員が歌い出した。
(楽しい……!)
大好きな音楽に触れ、花音は満面の笑みを浮かべ涙を滲ませる。
生死を分けるような、あの緊迫したコンクールの雰囲気ではない。
駅の中で普通の人々が馴染み、親しんで愛している音楽。
文字通り音を楽しむ現場にいて、花音は歓喜に包まれたまま指を動かした。
自然と男性たちがファントムの役割に回り、女性達はクリスティーナの役を歌う。
クライマックスの高音を美しく歌い上げた女性に全員が拍手し、曲を弾き終えたカノンにも大きな拍手が送られる。
その後、アンコールをせがまれ、花音は仮面舞踏会のメロディーを奏でた。
振り付けを覚えている者たちは陽気に踊り出し、秀真も楽しそうに笑ってくれている。
二曲が終わって、花音はコンクールが終わったあとのように、気取ってお辞儀をしてみせた。
割れんばかりの拍手のなか、一人の老紳士が花音に英語で尋ねてくる。
『失礼ですが、あなたはショパンコンクールに出ていた、カノン・ミキでは?』
そう言われても、もう何も怖くなかった。
彼女は笑顔で頷き、しっかりと返事をする。
『はい。私はヨウコ・カイエダの孫で、カナエ・ミキの娘です』
その後、帰国して花音は日本で再びピアノを始めた。
以前の様に第一線で活躍しようと思うのはやめ、ホテルやバーなどでアルバイト的にピアノを弾かせてもらうところから始めた。
稼ぎとしては会社員として働いていた時には及ばない。
けれど秀真は花音が楽しくピアノに向き合う姿を喜び、生活費などは問題ないので、自由にやらせてくれた。
やがて花音のお腹に女の子が宿った。
その子の名前は、勿論――。
完
家族たちはシルバーウィークを利用して、少し東京観光をするらしい。
それは事前に聞いていて、その分の宿泊費を秀真が負担してくれている。
彼に家族たちは何度もお礼を言い、良いハネムーンになるよう祈ってくれた。
ファーストクラスは、初めての体験ばかりだった。
エコノミークラスとは違うカウンターにチェックインし、専用ラウンジでゆっくり過ごす事ができる。
やがて時間が迫って優先されて機内に案内され、二人は中央にある隣り合った席に座った。
離陸してからあと、花音は映画を見て過ごし、食事時間になると陶器の皿にのせられたフルコースのフレンチを満喫した。
フライト時間は十三時間弱で、二人は現地時間の夕方頃にヒースロー空港に到着した。
秀真は現地ガイドを雇い、資格を持った彼に詳しい説明を受けながらイギリス全土の主立った観光地を楽しんだ。
一週間かけてロンドンに戻ったあと、大英博物館やナショナル・ギャラリーをゆっくりまわり、二人はロンドン駅を歩いていた。
駅構内にはピアノが置かれていて、花音はソワリと自分の中にある〝熱〟が疼くのを感じた。
「……弾いてみていい?」
「側で聞いてるよ」
「ミスしたら、ブーイングされるかな?」
「構わないよ。俺が拍手する」
秀真の返事を聞いて勇気をもらった花音は、ピアノの椅子を調節して鍵盤に手を置いた。
何を弾くのか考え、イギリスにまつわる作曲家を脳裏に思い浮かべる。
そして彼女自身も大好きなミュージカル『オペラ座の怪人』の作曲家、アンドリュー・ロイド・ウェバーを思い浮かべ、有名なシーンの最初の一音を強いフォルテで弾いた。
続くおなじみの音色に、周囲にいた男性が指笛を吹いた。
やがてミュージカル歌手が歌う部分までさしかかると、その頃には周囲に人垣ができていて、全員が歌い出した。
(楽しい……!)
大好きな音楽に触れ、花音は満面の笑みを浮かべ涙を滲ませる。
生死を分けるような、あの緊迫したコンクールの雰囲気ではない。
駅の中で普通の人々が馴染み、親しんで愛している音楽。
文字通り音を楽しむ現場にいて、花音は歓喜に包まれたまま指を動かした。
自然と男性たちがファントムの役割に回り、女性達はクリスティーナの役を歌う。
クライマックスの高音を美しく歌い上げた女性に全員が拍手し、曲を弾き終えたカノンにも大きな拍手が送られる。
その後、アンコールをせがまれ、花音は仮面舞踏会のメロディーを奏でた。
振り付けを覚えている者たちは陽気に踊り出し、秀真も楽しそうに笑ってくれている。
二曲が終わって、花音はコンクールが終わったあとのように、気取ってお辞儀をしてみせた。
割れんばかりの拍手のなか、一人の老紳士が花音に英語で尋ねてくる。
『失礼ですが、あなたはショパンコンクールに出ていた、カノン・ミキでは?』
そう言われても、もう何も怖くなかった。
彼女は笑顔で頷き、しっかりと返事をする。
『はい。私はヨウコ・カイエダの孫で、カナエ・ミキの娘です』
その後、帰国して花音は日本で再びピアノを始めた。
以前の様に第一線で活躍しようと思うのはやめ、ホテルやバーなどでアルバイト的にピアノを弾かせてもらうところから始めた。
稼ぎとしては会社員として働いていた時には及ばない。
けれど秀真は花音が楽しくピアノに向き合う姿を喜び、生活費などは問題ないので、自由にやらせてくれた。
やがて花音のお腹に女の子が宿った。
その子の名前は、勿論――。
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