時戻りのカノン

臣桜

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夢の目覚め

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『うん、分かった! 約束!』

 その後、花音は練習室で眠っていたのを洋子に見つけられ、少し怒られてしまった。

 けれどその当時、子供の頃の花音は梨理との会話をしっかり覚えていたのだ。

 だが子供が大人になって様々な記憶を忘れ、現実を生きると夢の世界を忘れてしまうように、花音は自然と梨理との約束を忘れてしまっていた。

「忘れちゃっててごめんね」

 結婚式を見下ろしながら、花音は梨理に謝る。

「ううん。大人ってそういうものだから」

 どこか達観した物言いをする梨理がおかしく、花音は思わず笑う。

「梨理ちゃんはこれからどうなるの?」

 ずっと気になっていた事を尋ねると、梨理が教えてくれる。

「私ね、死んだあとにそのまま生まれ変わるはずだったの。でもあんまりにも何もできずに死んだから、神様に『大好きな人に何かさせてください』ってお願いしたの」

 梨理の力の根源を知り、花音は納得する。

「だから、花音ちゃんのお願いを三つ叶えたら、私は生まれ変わるよ」

「本当? じゃあ……」

「ううん! 焦らなくていいの。私がいる〝ここ〟は時間があってないような場所だから、花音ちゃんがいつお願いを使っても全然関係ないんだよ」

「そうなの?」

「うん、だから大切な時のために取っておいて」

「分かった」

 しばらく、二人は花音と秀真の結婚式を眺めていた。

「……梨理ちゃんが、お願い事をお祖母ちゃんじゃなくて、私に与えてくれたのはどうして?」

「ん? お母さんにも言ったんだけど、『私はいいの』って言われちゃった。色々、私を見られる人の話とかをしていたら、『じゃあ花音のお願い事を聞いてあげて』って言われて、花音ちゃんを見守る事にしたんだ」

「そうなんだ。ありがとう」

「ううん! こうやって私はお母さんにくっついて、結婚式で夢を叶えられたし、もう十分」

 梨理は結婚式でリングガールを務めてくれた従姉妹の子のように、白いフワフワとしたワンピースを着ていた。

 そのうち彼女はチャペル内に流れるオルガンに合わせ、あどけない声でメロディーを口ずさみながらその場でクルクルと回り、ステップを踏み始めた。

 いつしかチャペルの中には、雪とも花吹雪ともつかない白く輝くものが舞い散っている。

 ふと、梨理の命日が、札幌で桜の花が咲く四月末の頃だったと思いだす。

 心の底から綺麗だなと思いながら、どこかもの悲しさを感じ、それでも梨理の生まれ変わりのために、あと一回のお願いを大切に使おうと花音は決意するのだった。





 翌朝、ぼんやりと目覚めた花音は、いまだ夢うつつのままルームサービスでフワフワのオムレツをつついていた。

「どうかしたか? 起きてからずっとボーッとしてるけど。まだ疲れてる?」

 秀真に心配され、花音は「ううん」と首を横に振る。

「……梨理さんの夢を見たの」

「ふぅん?」

 秀真は興味を引かれたように瞬きをし、ジッとこちらを見た。

「夢の中で、彼女と沢山話した気がする。でもあまり覚えてなくて……。それでも、『これでいいんだ』って思えた」

「うん、それならそれでいいんじゃないかな」

 秀真は花音がどれだけ不思議な事を言っても、すべて受け入れてくれる。

 彼自身、時を超える体験をしていないのに、だ。

「秀真さん、私の言う事を全部信じてくれるよね。ありがとう」

「どういたしまして。花音の事が好きで信じているから、君が何を言っても『信じよう』って思えるだけだよ」

「ありがとう」

 彼が自分を愛し、信じてくれているからこそ、今の自分たちの幸せがあるのだと思う。

「花音はあと一つのお願いで、コンクールの時に事故に遭わなければ……って思わないの?」

 不意に秀真に尋ねられ、花音は曖昧に笑った。

「それ、ね。考えなかった事はないけれど、今はこれでいいと思っているの。だってあの事故がなければ、きっとお祖母ちゃんが発作で亡くなっていても、なるべくしてなったとしか受け取れなかったと思うの。『自分が世界の誰より不幸』って思っていた、どん底の私だからこそ、お葬式に遅刻して『やり直したい』って強く思ったんだと感じている」

 秀真は苦笑いして、「そんな言い方をしなくていいよ」と言う。

「それに、今はお願い事なしでも自分の意思でピアノを弾けている。今はまだ、スタート地点に立ったばかりだけれど、きっとそのうち前のように日常的にピアノを弾く自分を想像できているの」

「なら良かった。新居にグランドピアノを置く部屋も作る予定だけど、花音が使ってくれるって信じてたんだ」

「もう」

 彼がしてくれる十分すぎる事に感謝し、花音は破顔する。

「お願い事がなくても、これからの私は秀真さんと一緒に幸せに生きていける。梨理さんにも『もう心配しなくていいよ』って伝えたいな」

「そうだな」

 頷いた秀真は、コーヒーを飲み干してから明るい声で言った。

「さて、昼前のフライトに合わせて支度をして、発つ前にご家族に挨拶もしておかないとな」

「うん!」

 これからファーストクラスに乗ってイギリスに向かえるのだと思い、花音は胸を高鳴らせた。
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