時戻りのカノン

臣桜

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彼女の願い

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 二人の祖父母の年代の招待客は、ちょうど洋子が華々しく活躍していた時期を知っている人たちだ。

 あの海江田洋子の演奏を知り合いの孫の結婚式で聴けるとは……、と、あとからお祝いのメッセージと共に礼が送られて来たほどだ。

 美味しい料理も振る舞われ、二人の披露宴は盛況に終わった。





 そのままホテルに一泊し、翌日二人はハネムーンでイギリスに向かう事になっていた。

「疲れたね」

 すっかり秀真に対し砕けた口調になった花音は、左手の薬指に嵌まっているリングを見てニヤつきながら話し掛ける。

「今日は早めに寝よう」

 一泊しかしないから勿体ないと言ったのに、秀真はこの日のためにスイートルームを取ってくれた。

 加えて札幌から来る家族や親戚たちの部屋も、彼がポケットマネーで支払ってくれたというので、感謝しきりだ。

 二人で夜景を見下ろすバスルームでジェットバスに入り、そのあと秀真がマッサージ師を呼んでくれ、ベッドで施術を受けたあとなので、もう眠たくて目がトロトロしている。

「明日……一日移動か……。飛行機の中だから疲れちゃうね」

「ファーストクラスだから、フルフラットで眠れるし、きっと大丈夫じゃないかな?」

 キングサイズのベッドの中で二人は言葉を交わし、お互いの体温を感じながら夜が更けるのを惜しんでいる。

「ファーストクラス……初めて。……楽しみにしてる……」

「うん……」

 そのうち花音の意識は眠りの淵に落ちてしまい、寝息を立て始めた。





 夢の中で、花音は自分と秀真の結婚式を俯瞰して眺めていた。

「きれい! お嫁さんきれい!」

 隣から女の子の無邪気な声が聞こえ、ふ……とそちらを見ると、洋子の家の写真立てにあった梨理と同じ顔をしている子がいた。

 夢なので彼女を見て驚く事もなく、花音は自然と彼女と会話をする。

「ありがとう。思い出に残るとっても素敵な式だった」

「梨理ね、お母さんと一緒にオルガンを弾いたんだよ」

「うん、聴いてたよ。とっても綺麗な音だった」

 花音が頷くと、梨理は嬉しそうに相好を崩した。

「楽しかったぁ……。お嫁さんのためにオルガンを弾くのがずっと夢だったの。花音ちゃん、私に『じゃあ、私がお嫁さんになってあげる』って約束してくれたよね。守ってくれてありがとう!」

 記憶をたぐらなくても、自然と子供の頃のある日の思い出が浮かび上がる。

 一人で祖母のピアノ教室に向かった花音は、その当時よく同い年ぐらいの女の子の姿を見ていた。

 最初は生徒の一人と思っていたが、彼女はいつも暇そうにしている。

 ピアノに向かっている時もあったけれど、どうやら彼女は音が出せないようだった。

 練習室Cでたびたび彼女を見かけ、花音は自分の練習もある手前「どうしたの?」と話し掛けたのだ。

 彼女――梨理は花音に話し掛けられて嬉しそうに反応し、それから沢山の話をした。

 祖母である洋子が梨理の母だと言い、自分が我が儘を言ってピアノのレッスンから飛び出したせいで、事故に遭ってしまい洋子はとても悲しみ――後悔しているとも聞いた。

 花音は祖母の家にある写真立ての子だと理解し、それでも恐ろしさは感じないので普通に接していた。

 そんな中で、梨理が自分の夢として結婚式のオルガニストになりたかったという話をしていたのだ。

『でも、私はもう夢を叶えられないからなぁ』

『私のいとこのお姉ちゃんなら、先に結婚するんじゃないかな?』

『その人知ってるけど、私の事が見えないもん。〝約束〟できないと私はこの家から出られないし』

『そっか……。じゃあ、私が結婚した時に弾いてよ』

『本当!?』

 花音の提案に、梨理は顔を輝かせた。

『私ね、私を見られる人の夢の中に入れるの。だからお母さんにも色々伝えられるけど、生きてる人には夢でしかないから、起きたあとは覚えてたり覚えてなかったり……。それでも、私の望みが叶えられるんだって信じたい』

 梨理は心の底から嬉しそうに笑い、花音に抱きついた。

『花音ちゃん、花音ちゃんが結婚できるように、私はできる限り力を貸すからね? 大人になって私の姿が見えなくなっても、このピアノ越しに気持ちを込めてくれたら伝わるから』

 梨理は生前彼女専用のピアノとして洋子が購入したアップライトを差し、薄い胸を張って得意げに告げた。
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