時戻りのカノン

臣桜

文字の大きさ
上 下
69 / 71

彼女の願い

しおりを挟む
 二人の祖父母の年代の招待客は、ちょうど洋子が華々しく活躍していた時期を知っている人たちだ。

 あの海江田洋子の演奏を知り合いの孫の結婚式で聴けるとは……、と、あとからお祝いのメッセージと共に礼が送られて来たほどだ。

 美味しい料理も振る舞われ、二人の披露宴は盛況に終わった。





 そのままホテルに一泊し、翌日二人はハネムーンでイギリスに向かう事になっていた。

「疲れたね」

 すっかり秀真に対し砕けた口調になった花音は、左手の薬指に嵌まっているリングを見てニヤつきながら話し掛ける。

「今日は早めに寝よう」

 一泊しかしないから勿体ないと言ったのに、秀真はこの日のためにスイートルームを取ってくれた。

 加えて札幌から来る家族や親戚たちの部屋も、彼がポケットマネーで支払ってくれたというので、感謝しきりだ。

 二人で夜景を見下ろすバスルームでジェットバスに入り、そのあと秀真がマッサージ師を呼んでくれ、ベッドで施術を受けたあとなので、もう眠たくて目がトロトロしている。

「明日……一日移動か……。飛行機の中だから疲れちゃうね」

「ファーストクラスだから、フルフラットで眠れるし、きっと大丈夫じゃないかな?」

 キングサイズのベッドの中で二人は言葉を交わし、お互いの体温を感じながら夜が更けるのを惜しんでいる。

「ファーストクラス……初めて。……楽しみにしてる……」

「うん……」

 そのうち花音の意識は眠りの淵に落ちてしまい、寝息を立て始めた。





 夢の中で、花音は自分と秀真の結婚式を俯瞰して眺めていた。

「きれい! お嫁さんきれい!」

 隣から女の子の無邪気な声が聞こえ、ふ……とそちらを見ると、洋子の家の写真立てにあった梨理と同じ顔をしている子がいた。

 夢なので彼女を見て驚く事もなく、花音は自然と彼女と会話をする。

「ありがとう。思い出に残るとっても素敵な式だった」

「梨理ね、お母さんと一緒にオルガンを弾いたんだよ」

「うん、聴いてたよ。とっても綺麗な音だった」

 花音が頷くと、梨理は嬉しそうに相好を崩した。

「楽しかったぁ……。お嫁さんのためにオルガンを弾くのがずっと夢だったの。花音ちゃん、私に『じゃあ、私がお嫁さんになってあげる』って約束してくれたよね。守ってくれてありがとう!」

 記憶をたぐらなくても、自然と子供の頃のある日の思い出が浮かび上がる。

 一人で祖母のピアノ教室に向かった花音は、その当時よく同い年ぐらいの女の子の姿を見ていた。

 最初は生徒の一人と思っていたが、彼女はいつも暇そうにしている。

 ピアノに向かっている時もあったけれど、どうやら彼女は音が出せないようだった。

 練習室Cでたびたび彼女を見かけ、花音は自分の練習もある手前「どうしたの?」と話し掛けたのだ。

 彼女――梨理は花音に話し掛けられて嬉しそうに反応し、それから沢山の話をした。

 祖母である洋子が梨理の母だと言い、自分が我が儘を言ってピアノのレッスンから飛び出したせいで、事故に遭ってしまい洋子はとても悲しみ――後悔しているとも聞いた。

 花音は祖母の家にある写真立ての子だと理解し、それでも恐ろしさは感じないので普通に接していた。

 そんな中で、梨理が自分の夢として結婚式のオルガニストになりたかったという話をしていたのだ。

『でも、私はもう夢を叶えられないからなぁ』

『私のいとこのお姉ちゃんなら、先に結婚するんじゃないかな?』

『その人知ってるけど、私の事が見えないもん。〝約束〟できないと私はこの家から出られないし』

『そっか……。じゃあ、私が結婚した時に弾いてよ』

『本当!?』

 花音の提案に、梨理は顔を輝かせた。

『私ね、私を見られる人の夢の中に入れるの。だからお母さんにも色々伝えられるけど、生きてる人には夢でしかないから、起きたあとは覚えてたり覚えてなかったり……。それでも、私の望みが叶えられるんだって信じたい』

 梨理は心の底から嬉しそうに笑い、花音に抱きついた。

『花音ちゃん、花音ちゃんが結婚できるように、私はできる限り力を貸すからね? 大人になって私の姿が見えなくなっても、このピアノ越しに気持ちを込めてくれたら伝わるから』

 梨理は生前彼女専用のピアノとして洋子が購入したアップライトを差し、薄い胸を張って得意げに告げた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた

菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…? ※他サイトでも掲載中しております。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない

鈴宮(すずみや)
恋愛
 孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。  しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。  その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?

【完結】あわよくば好きになって欲しい(短編集)

野村にれ
恋愛
番(つがい)の物語。 ※短編集となります。時代背景や国が違うこともあります。 ※定期的に番(つがい)の話を書きたくなるのですが、 どうしても溺愛ハッピーエンドにはならないことが多いです。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

処理中です...