時戻りのカノン

臣桜

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母の見舞い

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 一度電話を切り、花音は溜め息をついてその場にしゃがみ込む。

「花音、どうした?」

 秀真がすぐに心配してくれ、顔を覗き込んでくる。

「母が……事故に遭ったみたい」

「えっ?」

 驚いた秀真は、花音がショックを受けて俯いているからか、ギュッと抱き締めてくれた。

 その後、命に別状はなく、脚の骨にひびが入ったのみと話すと、彼も「良かった」と安堵する。

 ひとまずソファに誘導され、花音は秀真の腕の中で落ち着きを取り戻そうとする。

「私……」

 つい頭によぎってしまったのは、梨理のピアノだ。

 それでも貴重なあと一回を、ここで使っていいのだろうかと自問する。

 花音の考えを見透かしたように、秀真が彼女の背中を撫でながら言った。

「花音。考えている事は大体察するけど、〝お願い〟はどうにもならなくなった時にした方がいい。たとえ人が亡くなる時だとしても、本来なら亡くなるべきでなかったというほどの事に絞った方がいいと思う。人には避けられない運命があるし、病気や寿命だっていずれ訪れる」

「……うん」

 頷いた花音の額に、秀真は唇を押しつける。

「花音に命を救ってもらっておいてだけど、なるべくあのピアノの事は考えない方がいい。頼ったらどうにかなってしまう存在があると、人は自力で生きていけなくなる。『不幸があってもどうにかなる』じゃなくて、『不幸があった時に何ができるだろう』と常に想定しておくんだ」

「うん」

 秀真の言う事はもっともだと思い、花音はしっかり頷いた。

「結婚式前に、一度札幌に帰ってお義母さんの顔を見ておくか?」

「いいの?」

 顔を上げて秀真を見つめると、彼はいつものように穏やかに微笑み力強く頷いてくれた。

「勿論。航空券を買っておく」

「分かった。ありがとう」


 秀真がすぐに飛行機のチケットを取る手続きを取ってくれ、花音は二日後に札幌に向かった。





 人気の少ないラウンジを利用し、優先して飛行機に乗れ、下りる事もできた。

 それもこれも、秀真が普段使っている特別なクラスのチケットを用意してくれたからだ。

 空港から札幌駅までは他の人と同じようにJRを利用するが、それでも今までと比べるととてもスムーズに移動できた。

 秀真に感謝しながら実家に帰り、事前に父から聞いていた病院に母を見舞いに行った。

「あら、帰って来たの?」

 花音を見るなり、奏恵はケロリとしてそう言い放った。

「……なんだぁ、元気じゃん……」

 花音は思わずその場にしゃがみ込み、「あぁ、良かった」と溜め息をつく。

「お父さんから聞いてなかったの? 車は駄目になったけど、私はピンピンしてるって」

「だって夜にいきなり『事故に遭った』って電話がきたらびっくりするよ」

 手土産に空港で買った東京銘菓を渡し、花音はベッド際に椅子を引いて座る。

「心配かけてごめんね」

 起きてテレビを見ていた奏恵は、テレビを消して笑う。

「手は大丈夫なの?」

 奏恵が何より大切にしている、プロの手は……と心配すると、母がパッと両手をかざし
握って開いてと動かしてみせる。

「大丈夫!」

 明るく笑った母を見て、花音も安心する。

「良かった」

 そのあと、自動販売機で花音がお茶を買ってきて、二人でお土産のお菓子を食べる事にした。

「結婚式の準備は順調なの?」

「うん。本当に来られる?」

「二週間あれば大丈夫でしょ。移動が辛かったら車椅子に頼るし」

「うん、無理しないでね」

 ひとまず安心し、花音はお菓子を食べる。

「詳しくは聞いてないけど、お祖母ちゃんから花音が色々大変な経験をしたっていうのは聞いてるの。でも、大概の事は何とかなるからね? もっとどーんと構えていなさい」

「分かった」

「結婚式、楽しみにしているからね。気合いを入れたお祖母ちゃんの生演奏も、とってもレアなんだから」

「うん!」

「来てくれてありがとう。でも今は大切な時なんだから、打ち合わせとかしっかりしておきなさいよ? あんたは時々そそっかしいんだから」

「分かった」

 それから三十分ほどたわいのない話をして、花音は実家に戻った。

 父のために夕飯を作り、久しぶりに父娘水入らずで食事をする。

 秀真に連絡を入れ、溜まっていた家事をするために一日空けて帰ると伝えた。
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