時戻りのカノン

臣桜

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父からの連絡

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 東京での新生活は、まず周囲の道や交通機関を覚えるところからだった。

 以前に言っていたように、秀真は一軒家を購入するためにすでに色々手を回しているらしい。

 最終的に康夫の知り合いの資産家が、歳を取って子供、孫なども住まない家を手放すという話を聞き、そこを買い受ける事になったそうだ。

 屋敷とも言える家は老朽化が進んでいて、一度取り壊して新築するらしく、引っ越しまでにはまだ時間がある。

 その間、元麻布にある彼のマンションで同棲し、一人でも買い物ができるよう慣れていく途中だ。

 最初は東京に来てからの職探しを一番に……と考えていたが、春枝たち瀬ノ尾家の人々との歓迎会で思いとどまらされた。





『花音さんは、仕事をするつもり?』

 秀真の母に尋ねられ、花音はしゃぶしゃぶ肉を慌てて咀嚼して呑み込む。

『はい。特に秀でた技能はないのですが、事務仕事をするのに必要な資格は一通り取得していますので、いずれどこかで……と思っています』

 連れて行かれたしゃぶしゃぶ屋はもちろん個室で、ライトアップされ整えられた中庭を望みながらの食事だった。

『それなんだけどね、私たちはもう少しあとでもいいんじゃないかしら、って思うのよ』

 春枝におっとりと言われ、花音は『はぁ……』と彼女たちの主張を聞く。

『ハッキリ言ってしまうとね、花音さんが必死に働かなくても、秀真一人の稼ぎだけでも大丈夫だと思うの。その前に、二人の思い出を作っておくとか、子供に関する事とか、若いうちにできる事があると思うのよね』

『はい……』

 彼の母が言うとある種の説得感がある。

 秀真の母自身、瀬ノ尾グループの社長に嫁いで良かった事、不自由に感じる事があったのだろう。春枝も同じだ。

 だから、先輩二人の言う事にはきちんと耳を傾けようと思った。

『何も、早く孫の顔を見せろと言っているんじゃないわよ? 私だってそういう圧の大変さは分かっているつもりだから』

 春枝に微笑まれ、花音は頷く。

『母さんたちの言う通りだと思う。確かに秀真は多忙だが、いずれ私から社長の座を継いでもっと忙しくなる。そうなる前に、可能な限り若い二人でしかできない事をしておくのは、大切だと思う。時間が経つと共に資産は増えるが、老後には体力がなくなっている……とよく言われる。遊び歩けとは言わないが、今のうちに後悔のないよう過ごすのは私も賛成だ』

 秀真の父にも言われ、花音は『ありがとうございます』と頭を下げる。

『まぁそのうち、嫌でも婚約パーティーとか結婚パーティーで忙しくなるし、政財界の奥様方のお茶会にも呼ばれたりするから、ぶっちゃけ働いてる暇なんてないと思うわよ』

 秀真の母がカラカラと豪快に笑い、とんでもない事を口にする。

 怯えた花音の背中を、隣に座っている秀真がそっとさすってくれた。

『色々面倒な人に挨拶しないとならないのは本当だけど、きっと母と祖母が味方になってくれるから大丈夫だよ。……そうだよな?』

 秀真に言われ、春枝と秀真の母は『勿論よ!』と笑ってみせた。





 その食事会があって以降とりあえず、すぐ働こうと思うのは置いておき、東京での生活に慣れるのを優先した。

 結婚式は九月下旬を予定していて、準備に追われているというのもある。

 籍を入れるのは、九月二十四日の秀真の誕生日にしようという予定となった。

 披露宴を行う式場やチャペルを押さえ、招待客のリストなども確認してゆく。

 秀真の側は仕事の繋がりで呼ぶ人が多く、大人数を収容できるホールとなり、下見に行っただけで緊張してしまった。

 衣装選びなども二人で意見を言い合い、すべての準備が順調に進んでいく。





 あと二週間で結婚式という時、札幌にいる父から連絡が入った。

『母さんが交通事故に遭った』

「え…………」

 連絡を受けたのは夕食後にテレビを見ていた時で、花音が固まったのを見て秀真がこちらを向く。

 秀真はボリュームを落としたテレビを消し、立ち上がって花音の側にやってきた。

「どういう事? 無事なの?」

『命に別状はないから心配ない。怪我をしたのは脚だから、介助は必要だけど結婚式にも行ける』

 ひとまず無事だと聞いて、花音は息をつく。

 奏恵は車を運転して移動していた途中、横道からアクセルとブレーキを踏み間違えた車にぶつかられたらしい。

 奏恵が乗っていた車は横転し、そのショックで打ち身と、脚の骨にひびが入ったようだ。

 現在父は病院にいて、母の手術が終わったのを確認して方々に連絡しているところなのだとか。
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