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結婚式のオルガン
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「夢の中で、花音は私のお葬式に遅刻して悔やんでいたり、秀真くんを喪って酷く悲しんでいた」
自分が〝過去〟に味わった事を言い当てられ、花音はギクリとする。
「お祖母ちゃん……それ……」
花音がすべてを言わずとも、洋子は「分かっている」と微笑んだ。
「こうやって現実になると、亡くなった梨理やピアノの力を借りて、花音が自分の望みを叶える……というのは、人によって絵空事に思えるかもしれない。それでも私は夢の中で花音がとても苦しんでいたのを自分の事のように理解したし、あなたがどれだけの努力と苦しみを経て〝今〟の幸せを掴んだか分かっているの」
祖母と梨理の間には、きっと花音には分からない強い繋がりがあるのだろう。
論理的に説明しきれない事があっても、〝分かっている〟という事実だけでいいような気がした。
洋子は紅茶を一口飲み、花音を見て目を細める。
「梨理は子供の頃、結婚式で花婿と花嫁を祝福するオルガニストになりたいと言っていたわ」
いまだ語られていなかった実際の梨理の話を聞き、花音はハッとする。
「若い頃の私は、梨理に世界で活躍するピアニストになってほしいと願ってしまっていた。……それが厳しいレッスンに繋がって、あの子の反発を買ってしまったのだけれど」
その結果、梨理が事故に遭ってしまった。
「梨理は夢の中でいつも、『花音と約束をした』って言っていたわ。だからあなたを特別に助けるとも」
「約束……?」
身に覚えのない事を言われ、花音は焦って記憶をたぐる。
「きっと梨理を怖いと思わずに接する事ができていた、とても小さい頃なんじゃないかしら。よく小さい子供は前世の記憶を持っているとか、大人には見えないものが見えると言うでしょう?」
「うん……」
そういうものの、洋子の言う通りずっと小さな頃だったからか、梨理の幽霊と会話をした記憶はない。
「きっと大丈夫よ。あなたはこのまま秀真さんと幸せになっていいの。梨理が力を貸したからこそ、花音はこうやって秀真さんと結ばれる未来を築いた。それが答えだと思うわ」
「ありがとう。そう思いたい」
今年のお盆は、親戚と一緒に例年通り墓参りをした。
梨理も眠っているという墓に手を合わせた時、洋子を救えた礼を心の中で告げた。
けれどそれ以上にもし梨理が望んでいる事があるのなら、叶えたいと思っている。
「……私が結婚式のオルガンを弾くといいのかな?」
彼女の望みについて語るが、洋子は緩く首を横に振る。
「梨理は花音と常に一緒にいる訳じゃなくて、見守っているだけだと思うの。だからあなたの結婚式を誰よりも楽しみにしているはずだわ」
「うん……」
「ああ、それとね。秀真さんから打診があって、結婚式の時に演奏をしてもらえないかと言われたから、勿論快諾したわ」
「ほ、本当!?」
前から秀真が「結婚式に洋子さんが何か演奏してくれたら、最高だな」と言っていたのは知っていた。
花音もいずれ結婚式が近くなったら、祖母に話してみようと思っていたのだが……。
「きっとその時、梨理の願いも叶うんじゃないかしら」
どこか遠くを見て言う洋子の声に、花音もそうであればいいなと思い頷いた。
諸々の準備を終えて四月の中頃には、花音は東京に引っ越す事になる。
「今までお世話になりました」
それまで暮らしていた賃貸マンションも丁度いい時期に引き払い、少しのあいだ花音は実家で寝起きしていた。
ある晴れた日の土曜日、花音は新千歳空港で両親と洋子、安野に頭を下げる。
「何かあったらすぐに連絡するのよ」
洋子に言われ、花音は「うん」と頷く。
「空斗の事も宜しくね。姉弟仲良く、東京で支え合って生きていきなさいね」
母の奏恵の言葉にも、花音は頷く。
「うん。空斗に彼女ができないか、見張っとくよ」
悪戯っぽい花音の言葉に、全員が笑った。
やがて時間が迫り、花音は家族に一旦の別れを告げて搭乗した。
秀真と会ってから東京には二度行っていて、飛行機に乗るのにも慣れてきた。
花音はイヤフォンをつけてクラシックチャンネルを聞き、シートに身を任せて一時間四十分ほどのフライト時間を過ごした。
自分が〝過去〟に味わった事を言い当てられ、花音はギクリとする。
「お祖母ちゃん……それ……」
花音がすべてを言わずとも、洋子は「分かっている」と微笑んだ。
「こうやって現実になると、亡くなった梨理やピアノの力を借りて、花音が自分の望みを叶える……というのは、人によって絵空事に思えるかもしれない。それでも私は夢の中で花音がとても苦しんでいたのを自分の事のように理解したし、あなたがどれだけの努力と苦しみを経て〝今〟の幸せを掴んだか分かっているの」
祖母と梨理の間には、きっと花音には分からない強い繋がりがあるのだろう。
論理的に説明しきれない事があっても、〝分かっている〟という事実だけでいいような気がした。
洋子は紅茶を一口飲み、花音を見て目を細める。
「梨理は子供の頃、結婚式で花婿と花嫁を祝福するオルガニストになりたいと言っていたわ」
いまだ語られていなかった実際の梨理の話を聞き、花音はハッとする。
「若い頃の私は、梨理に世界で活躍するピアニストになってほしいと願ってしまっていた。……それが厳しいレッスンに繋がって、あの子の反発を買ってしまったのだけれど」
その結果、梨理が事故に遭ってしまった。
「梨理は夢の中でいつも、『花音と約束をした』って言っていたわ。だからあなたを特別に助けるとも」
「約束……?」
身に覚えのない事を言われ、花音は焦って記憶をたぐる。
「きっと梨理を怖いと思わずに接する事ができていた、とても小さい頃なんじゃないかしら。よく小さい子供は前世の記憶を持っているとか、大人には見えないものが見えると言うでしょう?」
「うん……」
そういうものの、洋子の言う通りずっと小さな頃だったからか、梨理の幽霊と会話をした記憶はない。
「きっと大丈夫よ。あなたはこのまま秀真さんと幸せになっていいの。梨理が力を貸したからこそ、花音はこうやって秀真さんと結ばれる未来を築いた。それが答えだと思うわ」
「ありがとう。そう思いたい」
今年のお盆は、親戚と一緒に例年通り墓参りをした。
梨理も眠っているという墓に手を合わせた時、洋子を救えた礼を心の中で告げた。
けれどそれ以上にもし梨理が望んでいる事があるのなら、叶えたいと思っている。
「……私が結婚式のオルガンを弾くといいのかな?」
彼女の望みについて語るが、洋子は緩く首を横に振る。
「梨理は花音と常に一緒にいる訳じゃなくて、見守っているだけだと思うの。だからあなたの結婚式を誰よりも楽しみにしているはずだわ」
「うん……」
「ああ、それとね。秀真さんから打診があって、結婚式の時に演奏をしてもらえないかと言われたから、勿論快諾したわ」
「ほ、本当!?」
前から秀真が「結婚式に洋子さんが何か演奏してくれたら、最高だな」と言っていたのは知っていた。
花音もいずれ結婚式が近くなったら、祖母に話してみようと思っていたのだが……。
「きっとその時、梨理の願いも叶うんじゃないかしら」
どこか遠くを見て言う洋子の声に、花音もそうであればいいなと思い頷いた。
諸々の準備を終えて四月の中頃には、花音は東京に引っ越す事になる。
「今までお世話になりました」
それまで暮らしていた賃貸マンションも丁度いい時期に引き払い、少しのあいだ花音は実家で寝起きしていた。
ある晴れた日の土曜日、花音は新千歳空港で両親と洋子、安野に頭を下げる。
「何かあったらすぐに連絡するのよ」
洋子に言われ、花音は「うん」と頷く。
「空斗の事も宜しくね。姉弟仲良く、東京で支え合って生きていきなさいね」
母の奏恵の言葉にも、花音は頷く。
「うん。空斗に彼女ができないか、見張っとくよ」
悪戯っぽい花音の言葉に、全員が笑った。
やがて時間が迫り、花音は家族に一旦の別れを告げて搭乗した。
秀真と会ってから東京には二度行っていて、飛行機に乗るのにも慣れてきた。
花音はイヤフォンをつけてクラシックチャンネルを聞き、シートに身を任せて一時間四十分ほどのフライト時間を過ごした。
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