時戻りのカノン

臣桜

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ご婚約おめでとうございます

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「無理はしないでくださいね?」

「大丈夫。老後の資金もたっぷりあるし、まだまだ元気に働くつもりだから」

「それなら……、お任せします」

 そのあと、タクシーを捕まえて二人は東京駅近くにあるビルの最上階レストランに向かった。

 アールヌーボー調の内装の中を進み、二人が案内されたのは東京駅付近を見下ろせる絶景の個室だ。

 室内には暖炉があり、バイオエタノールの火が揺れている。

 暖炉上には花が飾られ、個室内の壁にある絵画や、窓に向けられて並んだソファなどからもアンティークさが窺える。

 上品にしつらえられた空間の中で、二人は窓辺にセットされた席に座り、運ばれてきたフレンチコースに舌鼓を打った。

 料理には旬のものが使われ、生牡蠣とジュレ、ソースを合わせた前菜や、色とりどりの野菜を合わせたサラダ、魚のポワレ、仔牛のローストなどに満足する。

 美味しいチーズの盛り合わせにワインを合わせ、デザートを終えたあと、ようやくコーヒーが出された。

 小菓子をつまみながらホッと一息ついていると、部屋にバラの花束を抱えたギャルソンが入ってきた。

「…………!」

 バラを持ったギャルソンの後ろには、銀色のクローシュと皿を運んできた者もいる。

(あれ? 婚約指輪はもう受け取ったはずで……)

 うろたえている花音に、秀真が微笑みかける。

「指輪はもう渡してしまったけど、代わりの物も用意してあるから」

「ご婚約おめでとうございます」

 ギャルソンに大きな赤いバラの花束を渡され、花音は混乱したまま「どうも……」と礼を言う。

 そしてもう一人のギャルソンがクローシュを開けると、中には指輪と揃いのデザインの、大粒のダイヤのペンダントがジュエリーケースに収められていた。

「これもセットで受け取ってほしい」

 目の前で秀真が微笑み、思ってもみなかったサプライズに花音は涙ぐんだ。

「うぅ……っ、あ、ありがとうございます」

「改めて、俺と結婚してください」

「はい……っ」

 滲んだ涙を指先で拭い、花音は晴れやかな笑みを浮かべた。





 最高のクリスマスを終えたあと、翌日一日を挟んで二人は箱根にある温泉旅館に向かった。

 それから六泊七日、一月二日になるまで温泉旅館でゆっくり過ごし、秀真とイチャついて過ごした。

 一月三日には花音は札幌に戻り、仕事始めに備える。

 次の週末は成人式もあって連休になるので、その時にまた東京に行く予定を立てる。

 その時には秀真の祖父母、両親と挨拶をし、結婚の許可を無事に得る事ができた。

 康夫と春枝は心から祝福してくれ、社長として責任感のありそうな父と、キャリアウーマンの母からも歓迎してもらえた。

 一月末の週末には、秀真が札幌に来て、花音の家族たちに結婚の許可をもらい食事会をする事になる。

 弟の空斗も秀真と一緒に東京から戻ってきて、彼らはすっかり仲良くなっているようだった。

 花音は三月末にいま勤めている会社を寿退社すると上司に告げ、三月の終わりには同僚たちから「おめでとう」と飲み会を開いてもらえた。





 四月初めのある日、花音は東京行きを前にして洋子の家を訪れていた。

「秀真さんと仲良くね」

「うん。こうなれたのもお祖母ちゃんのお陰だよ」

「私がこうして元気でいられるのも、秀真くんが花音に私の事を話して、花音が検査を受けるよう言ってくれたからよね。巡り巡ってみんな繋がっているんだわ」

 歌うように言う祖母の言葉を聞き、花音は札幌を離れる前にどうしても……と思って口を開いた。

「私、梨理さんと練習室の黒いアップライトに助けられて、いまここにいるの」

 もううやむやにしない、とまっすぐ洋子を見ると、彼女はすべてを理解しているというように微笑む。

「……私ね、何度も不思議な夢を見たわ」

「夢?」

 問い返す花音に、洋子は穏やかに微笑んで告げる。

「夢の中で私は八歳のままの梨理と一緒にいて、花音を見守っているの。勿論、奏恵や他の子供たち、孫を見守っている時もあったわ。それでも、特に印象に残っていたのは花音の夢だった」

 テーブルの上にあるティーカップを見て洋子は息をつき、続ける。
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