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プロポーズ
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そして花音の一回目のお願いも使われたあとというのは変わっておらず、洋子は花音に励まされて手術を受けて今日に至っている。
勿論、秀真たちとの出会いもそのままだ。
ピアノについて尋ねた洋子は、知り合いからもらったイギリスの紅茶を品良く飲む。
いまだ、祖母にピアノの不思議な力と、梨理について話していいものか分からないでいる。
「……全部大丈夫かは分からない」
花音は正直なところを答える。
「秀真さんが私の目の前でピアノを弾いてくれた時、それまで音楽、特にクラシックは絶対に聴きたくないって思っていたのに、彼の音が輝いて聞こえた。『あぁ、音楽ってこんなに素晴らしいものだったんだ』って思えて、もう一度音楽に向き直ってみようと思った。……まだ、自分で以前のようには弾けないけれど、少なくとも音楽には罪はないと思えるようになったし、街角やテレビで聞こえても、以前のように具合が悪くなる頻度は減ったと思う」
「……そう。良かったわ」
「必要に駆られて、二回、ピアノの曲を最初から最後まで弾いた事はある。一回目はとても怖くて、それでも何とかしないとと思って弾いた。二回目は自分の事どころじゃなくて、無我夢中になって弾いた」
洋子は静かに頷く。
「あとになって、『弾けるじゃない』って拍子抜けした。六年ブランクはあったけれど、体が覚えていた。完璧ではないけれど、趣味として弾く程度なら差し支えないぐらいには弾けた。手も思っていたより全然動いた」
「良かったわ」
洋子は微笑し、もう一口紅茶を飲む。
「でもこれが、〝復活〟に至るかはまだ分からない。そこは、自分と話し合ってゆっくり考えてみる。……ただやっぱり、私は音楽が好きでピアノも好き。コンクールで成績を残せなくても、私が音楽を愛している事に変わりはない」
「そうね。私もそう思うわ。音楽は強制して奏でるものではなくて、内側から溢れる感情を音にしたもの。梨理の事があって何よりそれを大切にしていたはずなのに、私はあなたの才能を前に一時的にも忘れてしまっていた」
悔恨を見せる洋子に、花音は笑いかける。
「もう、いいよ。終わった事。……私たちは未来をみないと」
呟いて、花音は膝の上で指を動かした。
頭の中で流れたのは、あの日秀真が弾いてくれた『華麗なる大円舞曲』だ。
孫のそんな様子を見て、洋子は穏やかに微笑んでいた。
他にも家族や親戚には口うるさく「何か不調があったら、面倒でも絶対に病院に行ってね」と言い続け、このところ気持ちはずっと平和だ。
そして年末に仕事納めを迎え、一度帰宅して荷物を持った足で、花音は空港に向かった。
金曜日のクリスマスイブは、さすがに混雑している。
みんな考える事が同じで、空港は人でごった替えしていた。
無事に東京に向かう事ができ、例によって羽田空港まで迎えに来てくれた秀真と一緒に彼の家に向かった。
マンションに着いた頃にはクタクタで、お風呂に入らせてもらったあと、大人しく眠った。
翌朝、目を覚ますと秀真が頭を撫でてきた。
「おはよう、花音」
モゾモゾと身じろぎした花音は、今日がクリスマスなのだと思いだし挨拶をする。
「ん……。おはようございます。……メリークリスマス」
「ふふ。メリークリスマス。……クリスマスだから、良い子の花音にプレゼントがあるよ」
「ん? 何ですか?」
寝ぼけた声を出してベッドの中でのびをした花音の隣で、起き上がった秀真はベッドサイドの下の引き出しから紙袋を出す。
目をこすって何事かと見守っていると、秀真は紙袋の中からジュエリーボックスを取りだした。
「開けてみて」
「……はい」
もしかして、という期待が胸の奥に沸き起こるが、半分まだ夢の中なので上手く頭が働いてくれない。
紺色のビロードの箱をパコンと開くと、中に大粒のダイヤの指輪があって花音は思考を停止させた。
「…………えっと…………」
台座からリングを取った秀真が、その指輪を花音の左手の薬指に嵌める。
「俺と結婚してください。花音」
「っ…………」
驚いてポカンとした彼女を、幸せそうに笑った秀真が抱き締めてきた。
「本当は今夜のディナーでプロポーズしようと思ったんだけど、駄目だ! 花音の寝顔を見ていたら、愛しくて、今すぐプロポーズしたいって思ってしまって我慢ができなかった」
朗らかに笑う秀真の声を聞き、花音はじわっと幸せを噛み締めながら、涙を浮かべて彼を抱き締め返した。
勿論、秀真たちとの出会いもそのままだ。
ピアノについて尋ねた洋子は、知り合いからもらったイギリスの紅茶を品良く飲む。
いまだ、祖母にピアノの不思議な力と、梨理について話していいものか分からないでいる。
「……全部大丈夫かは分からない」
花音は正直なところを答える。
「秀真さんが私の目の前でピアノを弾いてくれた時、それまで音楽、特にクラシックは絶対に聴きたくないって思っていたのに、彼の音が輝いて聞こえた。『あぁ、音楽ってこんなに素晴らしいものだったんだ』って思えて、もう一度音楽に向き直ってみようと思った。……まだ、自分で以前のようには弾けないけれど、少なくとも音楽には罪はないと思えるようになったし、街角やテレビで聞こえても、以前のように具合が悪くなる頻度は減ったと思う」
「……そう。良かったわ」
「必要に駆られて、二回、ピアノの曲を最初から最後まで弾いた事はある。一回目はとても怖くて、それでも何とかしないとと思って弾いた。二回目は自分の事どころじゃなくて、無我夢中になって弾いた」
洋子は静かに頷く。
「あとになって、『弾けるじゃない』って拍子抜けした。六年ブランクはあったけれど、体が覚えていた。完璧ではないけれど、趣味として弾く程度なら差し支えないぐらいには弾けた。手も思っていたより全然動いた」
「良かったわ」
洋子は微笑し、もう一口紅茶を飲む。
「でもこれが、〝復活〟に至るかはまだ分からない。そこは、自分と話し合ってゆっくり考えてみる。……ただやっぱり、私は音楽が好きでピアノも好き。コンクールで成績を残せなくても、私が音楽を愛している事に変わりはない」
「そうね。私もそう思うわ。音楽は強制して奏でるものではなくて、内側から溢れる感情を音にしたもの。梨理の事があって何よりそれを大切にしていたはずなのに、私はあなたの才能を前に一時的にも忘れてしまっていた」
悔恨を見せる洋子に、花音は笑いかける。
「もう、いいよ。終わった事。……私たちは未来をみないと」
呟いて、花音は膝の上で指を動かした。
頭の中で流れたのは、あの日秀真が弾いてくれた『華麗なる大円舞曲』だ。
孫のそんな様子を見て、洋子は穏やかに微笑んでいた。
他にも家族や親戚には口うるさく「何か不調があったら、面倒でも絶対に病院に行ってね」と言い続け、このところ気持ちはずっと平和だ。
そして年末に仕事納めを迎え、一度帰宅して荷物を持った足で、花音は空港に向かった。
金曜日のクリスマスイブは、さすがに混雑している。
みんな考える事が同じで、空港は人でごった替えしていた。
無事に東京に向かう事ができ、例によって羽田空港まで迎えに来てくれた秀真と一緒に彼の家に向かった。
マンションに着いた頃にはクタクタで、お風呂に入らせてもらったあと、大人しく眠った。
翌朝、目を覚ますと秀真が頭を撫でてきた。
「おはよう、花音」
モゾモゾと身じろぎした花音は、今日がクリスマスなのだと思いだし挨拶をする。
「ん……。おはようございます。……メリークリスマス」
「ふふ。メリークリスマス。……クリスマスだから、良い子の花音にプレゼントがあるよ」
「ん? 何ですか?」
寝ぼけた声を出してベッドの中でのびをした花音の隣で、起き上がった秀真はベッドサイドの下の引き出しから紙袋を出す。
目をこすって何事かと見守っていると、秀真は紙袋の中からジュエリーボックスを取りだした。
「開けてみて」
「……はい」
もしかして、という期待が胸の奥に沸き起こるが、半分まだ夢の中なので上手く頭が働いてくれない。
紺色のビロードの箱をパコンと開くと、中に大粒のダイヤの指輪があって花音は思考を停止させた。
「…………えっと…………」
台座からリングを取った秀真が、その指輪を花音の左手の薬指に嵌める。
「俺と結婚してください。花音」
「っ…………」
驚いてポカンとした彼女を、幸せそうに笑った秀真が抱き締めてきた。
「本当は今夜のディナーでプロポーズしようと思ったんだけど、駄目だ! 花音の寝顔を見ていたら、愛しくて、今すぐプロポーズしたいって思ってしまって我慢ができなかった」
朗らかに笑う秀真の声を聞き、花音はじわっと幸せを噛み締めながら、涙を浮かべて彼を抱き締め返した。
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