62 / 71
プロポーズ
しおりを挟む
そして花音の一回目のお願いも使われたあとというのは変わっておらず、洋子は花音に励まされて手術を受けて今日に至っている。
勿論、秀真たちとの出会いもそのままだ。
ピアノについて尋ねた洋子は、知り合いからもらったイギリスの紅茶を品良く飲む。
いまだ、祖母にピアノの不思議な力と、梨理について話していいものか分からないでいる。
「……全部大丈夫かは分からない」
花音は正直なところを答える。
「秀真さんが私の目の前でピアノを弾いてくれた時、それまで音楽、特にクラシックは絶対に聴きたくないって思っていたのに、彼の音が輝いて聞こえた。『あぁ、音楽ってこんなに素晴らしいものだったんだ』って思えて、もう一度音楽に向き直ってみようと思った。……まだ、自分で以前のようには弾けないけれど、少なくとも音楽には罪はないと思えるようになったし、街角やテレビで聞こえても、以前のように具合が悪くなる頻度は減ったと思う」
「……そう。良かったわ」
「必要に駆られて、二回、ピアノの曲を最初から最後まで弾いた事はある。一回目はとても怖くて、それでも何とかしないとと思って弾いた。二回目は自分の事どころじゃなくて、無我夢中になって弾いた」
洋子は静かに頷く。
「あとになって、『弾けるじゃない』って拍子抜けした。六年ブランクはあったけれど、体が覚えていた。完璧ではないけれど、趣味として弾く程度なら差し支えないぐらいには弾けた。手も思っていたより全然動いた」
「良かったわ」
洋子は微笑し、もう一口紅茶を飲む。
「でもこれが、〝復活〟に至るかはまだ分からない。そこは、自分と話し合ってゆっくり考えてみる。……ただやっぱり、私は音楽が好きでピアノも好き。コンクールで成績を残せなくても、私が音楽を愛している事に変わりはない」
「そうね。私もそう思うわ。音楽は強制して奏でるものではなくて、内側から溢れる感情を音にしたもの。梨理の事があって何よりそれを大切にしていたはずなのに、私はあなたの才能を前に一時的にも忘れてしまっていた」
悔恨を見せる洋子に、花音は笑いかける。
「もう、いいよ。終わった事。……私たちは未来をみないと」
呟いて、花音は膝の上で指を動かした。
頭の中で流れたのは、あの日秀真が弾いてくれた『華麗なる大円舞曲』だ。
孫のそんな様子を見て、洋子は穏やかに微笑んでいた。
他にも家族や親戚には口うるさく「何か不調があったら、面倒でも絶対に病院に行ってね」と言い続け、このところ気持ちはずっと平和だ。
そして年末に仕事納めを迎え、一度帰宅して荷物を持った足で、花音は空港に向かった。
金曜日のクリスマスイブは、さすがに混雑している。
みんな考える事が同じで、空港は人でごった替えしていた。
無事に東京に向かう事ができ、例によって羽田空港まで迎えに来てくれた秀真と一緒に彼の家に向かった。
マンションに着いた頃にはクタクタで、お風呂に入らせてもらったあと、大人しく眠った。
翌朝、目を覚ますと秀真が頭を撫でてきた。
「おはよう、花音」
モゾモゾと身じろぎした花音は、今日がクリスマスなのだと思いだし挨拶をする。
「ん……。おはようございます。……メリークリスマス」
「ふふ。メリークリスマス。……クリスマスだから、良い子の花音にプレゼントがあるよ」
「ん? 何ですか?」
寝ぼけた声を出してベッドの中でのびをした花音の隣で、起き上がった秀真はベッドサイドの下の引き出しから紙袋を出す。
目をこすって何事かと見守っていると、秀真は紙袋の中からジュエリーボックスを取りだした。
「開けてみて」
「……はい」
もしかして、という期待が胸の奥に沸き起こるが、半分まだ夢の中なので上手く頭が働いてくれない。
紺色のビロードの箱をパコンと開くと、中に大粒のダイヤの指輪があって花音は思考を停止させた。
「…………えっと…………」
台座からリングを取った秀真が、その指輪を花音の左手の薬指に嵌める。
「俺と結婚してください。花音」
「っ…………」
驚いてポカンとした彼女を、幸せそうに笑った秀真が抱き締めてきた。
「本当は今夜のディナーでプロポーズしようと思ったんだけど、駄目だ! 花音の寝顔を見ていたら、愛しくて、今すぐプロポーズしたいって思ってしまって我慢ができなかった」
朗らかに笑う秀真の声を聞き、花音はじわっと幸せを噛み締めながら、涙を浮かべて彼を抱き締め返した。
勿論、秀真たちとの出会いもそのままだ。
ピアノについて尋ねた洋子は、知り合いからもらったイギリスの紅茶を品良く飲む。
いまだ、祖母にピアノの不思議な力と、梨理について話していいものか分からないでいる。
「……全部大丈夫かは分からない」
花音は正直なところを答える。
「秀真さんが私の目の前でピアノを弾いてくれた時、それまで音楽、特にクラシックは絶対に聴きたくないって思っていたのに、彼の音が輝いて聞こえた。『あぁ、音楽ってこんなに素晴らしいものだったんだ』って思えて、もう一度音楽に向き直ってみようと思った。……まだ、自分で以前のようには弾けないけれど、少なくとも音楽には罪はないと思えるようになったし、街角やテレビで聞こえても、以前のように具合が悪くなる頻度は減ったと思う」
「……そう。良かったわ」
「必要に駆られて、二回、ピアノの曲を最初から最後まで弾いた事はある。一回目はとても怖くて、それでも何とかしないとと思って弾いた。二回目は自分の事どころじゃなくて、無我夢中になって弾いた」
洋子は静かに頷く。
「あとになって、『弾けるじゃない』って拍子抜けした。六年ブランクはあったけれど、体が覚えていた。完璧ではないけれど、趣味として弾く程度なら差し支えないぐらいには弾けた。手も思っていたより全然動いた」
「良かったわ」
洋子は微笑し、もう一口紅茶を飲む。
「でもこれが、〝復活〟に至るかはまだ分からない。そこは、自分と話し合ってゆっくり考えてみる。……ただやっぱり、私は音楽が好きでピアノも好き。コンクールで成績を残せなくても、私が音楽を愛している事に変わりはない」
「そうね。私もそう思うわ。音楽は強制して奏でるものではなくて、内側から溢れる感情を音にしたもの。梨理の事があって何よりそれを大切にしていたはずなのに、私はあなたの才能を前に一時的にも忘れてしまっていた」
悔恨を見せる洋子に、花音は笑いかける。
「もう、いいよ。終わった事。……私たちは未来をみないと」
呟いて、花音は膝の上で指を動かした。
頭の中で流れたのは、あの日秀真が弾いてくれた『華麗なる大円舞曲』だ。
孫のそんな様子を見て、洋子は穏やかに微笑んでいた。
他にも家族や親戚には口うるさく「何か不調があったら、面倒でも絶対に病院に行ってね」と言い続け、このところ気持ちはずっと平和だ。
そして年末に仕事納めを迎え、一度帰宅して荷物を持った足で、花音は空港に向かった。
金曜日のクリスマスイブは、さすがに混雑している。
みんな考える事が同じで、空港は人でごった替えしていた。
無事に東京に向かう事ができ、例によって羽田空港まで迎えに来てくれた秀真と一緒に彼の家に向かった。
マンションに着いた頃にはクタクタで、お風呂に入らせてもらったあと、大人しく眠った。
翌朝、目を覚ますと秀真が頭を撫でてきた。
「おはよう、花音」
モゾモゾと身じろぎした花音は、今日がクリスマスなのだと思いだし挨拶をする。
「ん……。おはようございます。……メリークリスマス」
「ふふ。メリークリスマス。……クリスマスだから、良い子の花音にプレゼントがあるよ」
「ん? 何ですか?」
寝ぼけた声を出してベッドの中でのびをした花音の隣で、起き上がった秀真はベッドサイドの下の引き出しから紙袋を出す。
目をこすって何事かと見守っていると、秀真は紙袋の中からジュエリーボックスを取りだした。
「開けてみて」
「……はい」
もしかして、という期待が胸の奥に沸き起こるが、半分まだ夢の中なので上手く頭が働いてくれない。
紺色のビロードの箱をパコンと開くと、中に大粒のダイヤの指輪があって花音は思考を停止させた。
「…………えっと…………」
台座からリングを取った秀真が、その指輪を花音の左手の薬指に嵌める。
「俺と結婚してください。花音」
「っ…………」
驚いてポカンとした彼女を、幸せそうに笑った秀真が抱き締めてきた。
「本当は今夜のディナーでプロポーズしようと思ったんだけど、駄目だ! 花音の寝顔を見ていたら、愛しくて、今すぐプロポーズしたいって思ってしまって我慢ができなかった」
朗らかに笑う秀真の声を聞き、花音はじわっと幸せを噛み締めながら、涙を浮かべて彼を抱き締め返した。
0
お気に入りに追加
109
あなたにおすすめの小説
「あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください」〜 お飾りの妻だなんてまっぴらごめんです!
友坂 悠
恋愛
あなたのことはもう忘れることにします。
探さないでください。
そう置き手紙を残して妻セリーヌは姿を消した。
政略結婚で結ばれた公爵令嬢セリーヌと、公爵であるパトリック。
しかし婚姻の初夜で語られたのは「私は君を愛することができない」という夫パトリックの言葉。
それでも、いつかは穏やかな夫婦になれるとそう信じてきたのに。
よりにもよって妹マリアンネとの浮気現場を目撃してしまったセリーヌは。
泣き崩れ寝て転生前の記憶を夢に見た拍子に自分が生前日本人であったという意識が蘇り。
もう何もかも捨てて家出をする決意をするのです。
全てを捨てて家を出て、まったり自由に生きようと頑張るセリーヌ。
そんな彼女が新しい恋を見つけて幸せになるまでの物語。
【完結】優しくて大好きな夫が私に隠していたこと
暁
恋愛
陽も沈み始めた森の中。
獲物を追っていた寡黙な猟師ローランドは、奥地で偶然見つけた泉で“とんでもない者”と遭遇してしまう。
それは、裸で水浴びをする綺麗な女性だった。
何とかしてその女性を“お嫁さんにしたい”と思い立った彼は、ある行動に出るのだが――。
※
・当方気を付けておりますが、誤字脱字を発見されましたらご遠慮なくご指摘願います。
・★が付く話には性的表現がございます。ご了承下さい。
俺の妖精すぎるおっとり妻から離縁を求められ、戦場でも止まらなかった心臓が止まるかと思った。何を言われても別れたくはないんだが?
イセヤ レキ
恋愛
「離縁致しましょう」
私の幸せな世界は、妻の言い放ったたった一言で、凍りついたのを感じた──。
最愛の妻から離縁を突きつけられ、最終的に無事に回避することが出来た、英雄の独白。
全6話、完結済。
リクエストにお応えした作品です。
単体でも読めると思いますが、
①【私の愛しい娘が、自分は悪役令嬢だと言っております。私の呪詛を恋敵に使って断罪されるらしいのですが、同じ失敗を犯すつもりはございませんよ?】
母主人公
※ノベルアンソロジー掲載の為、アルファポリス様からは引き下げております。
②【私は、お母様の能力を使って人の恋路を邪魔する悪役令嬢のようです。けれども断罪回避を目指すので、ヒーローに近付くつもりは微塵もございませんよ?】
娘主人公
を先にお読み頂くと世界観に理解が深まるかと思います。
わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない
鈴宮(すずみや)
恋愛
孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。
しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。
その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?
後宮の棘
香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。
☆完結しました☆
スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。
第13回ファンタジー大賞特別賞受賞!
ありがとうございました!!
【番外編更新】死に戻り皇帝の契約妃〜契約妃の筈が溺愛されてます!?〜
鈴宮(すずみや)
恋愛
帝国唯一の皇族――――皇帝アーネストが殺された。
彼の暗殺者として処刑を受けていた宮女ミーナは、目を開けると、いつの間にか自身が働いていた金剛宮に立っていた。おまけに、死んだはずのアーネストが生きて目の前にいる。なんとミーナは、アーネストが皇帝として即位する前日へと死に戻っていたのだ。
戸惑う彼女にアーネストは、『自分にも殺された記憶がある』ことを打ち明ける。
『どうか、二度目の人生では殺されないで』
そう懇願し、拘束を受け入れようとするミーナだったが、アーネストの提案は思いもよらぬもので。
『俺の妃になってよ』
極端に減ってしまった皇族のために設けられた後宮。金剛宮の妃として、ミーナはアーネストを殺した真犯人を探すという密命を受ける。
けれど、彼女以外の三人の妃たちは皆個性的な上、平民出身のミーナへの当りは当然強い。おまけにアーネストは、契約妃である彼女の元を頻繁に訪れて。
『ちゃんと後宮に通ってる、って思わせないといけないからね』
事情を全て知るミーナの元が心地良いのだというアーネスト。けれど、ミーナの心境は複雑で。
(わたしはアーネスト様のことが本気で好きなのになぁ)
ミーナは現世でアーネストを守り切れるのか。そして、ミーナの恋の行方は――――?
婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました
Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。
順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。
特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。
そんなアメリアに対し、オスカーは…
とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。
夫の不貞現場を目撃してしまいました
秋月乃衣
恋愛
伯爵夫人ミレーユは、夫との間に子供が授からないまま、閨を共にしなくなって一年。
何故か夫から閨を拒否されてしまっているが、理由が分からない。
そんな時に夜会中の庭園で、夫と未亡人のマデリーンが、情事に耽っている場面を目撃してしまう。
なろう様でも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる