時戻りのカノン

臣桜

文字の大きさ
上 下
47 / 71

一緒に戦わせてください

しおりを挟む
「すみません」

「あら、瀬ノ尾さん、どうかされましたか?」

 ベテラン看護師が顔を上げ、にこやかに応対する。

「お聞きしたいのですが、僕が病室に運ばれてすぐ、家族と秘書以外の人が来なかったでしょうか?」

 尋ねられ、看護師は「少しお待ちくださいね」と言ってステーション内にいるもう一人の看護師に話を聞く。

 と、彼女の声が直接聞こえた。

「若くて綺麗な女性がいらっしゃいましたよ? 婚約者だと仰っていたので、部屋を教えましたけど……」

〝若くて綺麗な女性〟と聞いて、二人が脳裏に浮かべたのは同じ人物だった。

「……もしかして……」

「……多分、そうだ。愛那さんだ」

 秀真は険しい表情になり、ひとまず看護師に「ありがとうございました」と告げて病室に戻る事にした。

「俺のスマホは、指紋認証のモデルを使っているんだ。だから寝ている間に、指でロックを外す事は可能だったかもしれない。そのあと、認証方法などを変えてしまえば向こうのものだ」

「でもそれって、犯罪でしょう? スマホは盗難された訳ですし……」

 花音の言葉に、秀真は頷く。

「秘書が来たら携帯会社に行って解約してもらい、警察に盗難届も出す」

 秀真がすぐ対応すると知り、ひとまず安堵する。

「……彼女が俺のスマホを持っていったなら、花音の電話に無言で対応したのも納得できる。多分、メッセージもすべて見られただろう」

 自分たちのプライベートな会話を見られたと分かって、花音は悪寒を覚えた。

「……愛那さんの親御さんに、結婚を迫られていたのでしょう?」

 春枝から聞いた話を口にすると、秀真は決まり悪そうに頷く。

「黙っていてすまない。俺は花音一筋だし、君の耳に入れるべきじゃないと思った。自分で片付けて、何事もなかったように花音と接しようと思っていたのが、すべての間違いだった」

「終わった事は仕方ありません。今も愛那さんや親御さんは、結婚を迫っているんですか?」

(いざとなれば、私が正面に立ってハッキリ言わないといけないかもしれない。秀真さんがこれだけ頑張ってくれていたなら、それぐらい私も受けて立たないと)

 胸に決意を宿して秀真に尋ねると、彼は固い表情で頷く。

「入院する前は、かなり頻繁に愛那さんや親御さんから連絡があった。食事の誘いなどを断っていたら、うちの会社の顧客情報が漏洩して、その対応に追われるようになった。疑いたくないが、あまりにタイミングが良すぎる」

「……春枝さんは、処分する人も決まったと仰っていました」

「……ああ。総務部にいる社員が、どうやら顧客情報を外に流したらしい。上司に聞いても、お調子者っぽい性格ではあったが、仕事に対する責任感はある人物だと言っていた。普通、何か問題を起こす者は、一貫性がある場合が多い。……それでも、ストレスが堪った挙げ句という事も考えるから、一概には言えないが……」

 秀真は難しい顔で言い、溜め息をつく。

 彼と一緒に考えたいと思うが、社内の事に花音が口出しする訳にいかない。

 だから自分のできる事を……と思った。

「もし、また愛那さんが訪れてくる事があれば、私を呼んでください。きちんと納得してもらえるまで、私が説明します」

 キッパリと言い放った花音を、秀真は驚いて見る。

 だが嬉しそうな、けれど苦しそうな、微妙な顔で首を横に振った。

「俺が断らなきゃいけない事だ。花音に迷惑を掛けられない」

「でも、心配はさせてください。秀真さんは私を選んで、結婚したいって思ってくれているんでしょう?」

 花音は前のめりになり、両手で彼の手を握った。

 自分でもこれほど積極的になれると思わなかったが、知らないところで秀真がズタボロになったのを、これ以上看過できないと思った。

 彼の事を愛しているからこそ、結婚して夫になる人だと思うから、自分も役立ててほしいと強く思ったのだ。

「守られるだけの存在じゃ嫌なんです。私の事を奥さんにしてくれるなら、一緒に戦わせてください」

 かつてピアノから逃げた花音とは思えない、強い意志がそこにあった。

 秀真の事だけはどうしても譲れない、諦められないと思うからこそ、花音は自分でも驚くほどの強さを見せた。

 彼女の言葉を聞き、一瞬言葉を詰まらせた秀真だったが、花音の瞳の奥に宿る凛とした光を見て微笑んだ。

「……ありがとう。必要になったら、応援を頼みたい。それでいい?」

「はい!」

 きちんと自分の事も頼りになる存在として数えてくれると言い、花音は満足して頷いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】名ばかりの妻を押しつけられた公女は、人生のやり直しを求めます。2度目は絶対に飼殺し妃ルートの回避に全力をつくします。

yukiwa (旧PN 雪花)
恋愛
*タイトル変更しました。(旧題 黄金竜の花嫁~飼殺し妃は遡る~) パウラ・ヘルムダールは、竜の血を継ぐ名門大公家の跡継ぎ公女。 この世を支配する黄金竜オーディに望まれて側室にされるが、その実態は正室の仕事を丸投げされてこなすだけの、名のみの妻だった。 しかもその名のみの妻、側室なのに選抜試験などと御大層なものがあって。生真面目パウラは手を抜くことを知らず、ついつい頑張ってなりたくもなかった側室に見事当選。 もう一人の側室候補エリーヌは、イケメン試験官と恋をしてさっさと選抜試験から引き揚げていた。 「やられた!」と後悔しても、後の祭り。仕方ないからパウラは丸投げされた仕事をこなし、こなして一生を終える。そしてご褒美にやり直しの転生を願った。 「二度と絶対、飼殺しの妃はごめんです」 そうして始まった2度目の人生、なんだか周りが騒がしい。 竜の血を継ぐ4人の青年(後に試験官になる)たちは、なぜだかみんなパウラに甘い。 後半、シリアス風味のハピエン。 3章からルート分岐します。 小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。 表紙画像はwaifulabsで作成していただきました。 https://waifulabs.com/

極道に大切に飼われた、お姫様

真木
恋愛
珈涼は父の組のため、生粋の極道、月岡に大切に飼われるようにして暮らすことになる。憧れていた月岡に甲斐甲斐しく世話を焼かれるのも、教え込まれるように夜ごと結ばれるのも、珈涼はただ恐ろしくて殻にこもっていく。繊細で怖がりな少女と、愛情の伝え方が下手な極道の、すれ違いラブストーリー。

【完結】うっかり異世界召喚されましたが騎士様が過保護すぎます!

雨宮羽那
恋愛
 いきなり神子様と呼ばれるようになってしまった女子高生×過保護気味な騎士のラブストーリー。 ◇◇◇◇  私、立花葵(たちばなあおい)は普通の高校二年生。  元気よく始業式に向かっていたはずなのに、うっかり神様とぶつかってしまったらしく、異世界へ飛ばされてしまいました!  気がつくと神殿にいた私を『神子様』と呼んで出迎えてくれたのは、爽やかなイケメン騎士様!?  元の世界に戻れるまで騎士様が守ってくれることになったけど……。この騎士様、過保護すぎます!  だけどこの騎士様、何やら秘密があるようで――。 ◇◇◇◇ ※過去に同名タイトルで途中まで連載していましたが、連載再開にあたり設定に大幅変更があったため、加筆どころか書き直してます。 ※アルファポリス先行公開。 ※表紙はAIにより作成したものです。

【完結】伯爵の愛は狂い咲く

白雨 音
恋愛
十八歳になったアリシアは、兄の友人男爵子息のエリックに告白され、婚約した。 実家の商家を手伝い、友人にも恵まれ、アリシアの人生は充実し、順風満帆だった。 だが、町のカーニバルの夜、それを脅かす出来事が起こった。 仮面の男が「見つけた、エリーズ!」と、アリシアに熱く口付けたのだ! そこから、アリシアの運命の歯車は狂い始めていく。 両親からエリックとの婚約を解消し、年の離れた伯爵に嫁ぐ様に勧められてしまう。 「結婚は愛した人とします!」と抗うアリシアだが、運命は彼女を嘲笑い、 その渦に巻き込んでいくのだった… アリシアを恋人の生まれ変わりと信じる伯爵の執愛。 異世界恋愛、短編:本編(アリシア視点)前日譚(ユーグ視点) 《完結しました》

冷血弁護士と契約結婚したら、極上の溺愛を注がれています

朱音ゆうひ
恋愛
恋人に浮気された果絵は、弁護士・颯斗に契約結婚を持ちかけられる。 颯斗は美男子で超ハイスペックだが、冷血弁護士と呼ばれている。 結婚してみると超一方的な溺愛が始まり…… 「俺は君のことを愛すが、愛されなくても構わない」 冷血サイコパス弁護士x健気ワーキング大人女子が契約結婚を元に両片想いになり、最終的に両想いになるストーリーです。 別サイトにも投稿しています(https://www.berrys-cafe.jp/book/n1726839)

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

【短編】悪役令嬢と蔑まれた私は史上最高の遺書を書く

とによ
恋愛
婚約破棄され、悪役令嬢と呼ばれ、いじめを受け。 まさに不幸の役満を食らった私――ハンナ・オスカリウスは、自殺することを決意する。 しかし、このままただで死ぬのは嫌だ。なにか私が生きていたという爪痕を残したい。 なら、史上最高に素晴らしい出来の遺書を書いて、自殺してやろう! そう思った私は全身全霊で遺書を書いて、私の通っている魔法学園へと自殺しに向かった。 しかし、そこで謎の美男子に見つかってしまい、しまいには遺書すら読まれてしまう。 すると彼に 「こんな遺書じゃダメだね」 「こんなものじゃ、誰の記憶にも残らないよ」 と思いっきりダメ出しをされてしまった。 それにショックを受けていると、彼はこう提案してくる。 「君の遺書を最高のものにしてみせる。その代わり、僕の研究を手伝ってほしいんだ」 これは頭のネジが飛んでいる彼について行った結果、彼と共に歴史に名を残してしまう。 そんなお話。

契約結婚の終わりの花が咲きます、旦那様

日室千種・ちぐ
恋愛
エブリスタ新星ファンタジーコンテストで佳作をいただいた作品を、講評を参考に全体的に手直ししました。 春を告げるラクサの花が咲いたら、この契約結婚は終わり。 夫は他の女性を追いかけて家に帰らない。私はそれに傷つきながらも、夫の弱みにつけ込んで結婚した罪悪感から、なかば諦めていた。体を弱らせながらも、寄り添ってくれる老医師に夫への想いを語り聞かせて、前を向こうとしていたのに。繰り返す女の悪夢に少しずつ壊れた私は、ついにある時、ラクサの花を咲かせてしまう――。 真実とは。老医師の決断とは。 愛する人に別れを告げられることを恐れる妻と、妻を愛していたのに契約結婚を申し出てしまった夫。悪しき魔女に掻き回された夫婦が絆を見つめ直すお話。 全十二話。完結しています。

処理中です...