時戻りのカノン

臣桜

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病院にて

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 母は都会的な女性で、社長をしている父を支えながら会社で重役のポストに就いている。

 しっかり者で意見をハッキリ言うので、人によっては「きつい」という印象を与えかねないが、秀真は公平な人だと思っている。

 相手に媚びを売らない分、自分の事も偽らないのだ。

 父はそんな母を受け入れる度量のある、温厚な人だ。そして秀真もどちらかというと、父の気質を受け継いだと思っている。

 両親にも花音の事を話し、「気が済むまで二人の時間を過ごしたら、挨拶に連れてきなさい」と言われていた。

 年末には花音がまた東京に来てくれると言っていたし、クリスマスにプロポーズするつもりで、今からオーダーメイドの婚約指輪を注文していた。

 混雑するのを見越して、プロポーズをするレストランももう予約してある。

 今まで女性と付き合って、結婚を匂わされても何とも反応していなかったが、花音との結婚ならワクワクして考えられる。

 彼女のウエディングドレス姿を想像するだけで、どれだけ幸せな気持ちになるだろう。

 図々しくも、挙式の時に洋子に何か弾いてもらえたら……など考えてしまう。

 花が綻ぶような花音の笑顔を思い出し、眠っている秀真は微笑んだ。

 だが夢は予告もなく終わりを告げ、彼の意識がフ……と現実に戻った。

「……あぁ……」

 目を開けると、無味乾燥な天井が視界に入る。

 少し視線を動かすと、ホテルにも似た病室が目視された。

(……早く退院しないと)

 秀真は数日前に倒れ、医者に過労だと言われて数日間入院する事になっていた。

 その前からとある事情で多忙だったのだが、連日ほぼ眠らず、食べずに仕事に対応していたからか、体に障ってしまった。

 花音には最低限「おはよう」と「おやすみ」ぐらい言いたかったのだが、それも叶わない。

 事情を説明しようにも、仕事関係だとどこまで話せばいいか分からず、説明に困っているうちにどんどん忙しくなってしまった。

 彼女が自分に心配を掛けないように、いつも通りに振る舞ってくれていたのも分かっていた。

 そのうちスマホのメッセージアプリを確認する暇もなくなってしまい、赤いバッヂがどんどん堪っていく。

 きちんと説明しないとと思うのに、秀真の時間を奪うようにとある人物がやって来ては応対を求める。

 ――こんな事をしている場合じゃないのに。

 ――花音に事情を話して謝って、また彼女に会える日々を取り戻したいのに。

 そう思っているうちに秀真の体は限界を迎え、ある日バタンと倒れてしまった。

 小さい頃から家族ぐるみで世話になっている医者にしこたま怒られ、強制的に入院になってしまった。

 医者いわく、『一人で頑張らなくても優秀な部下がいるだろう』らしい。

 確かに……と思い、今は湖の底の朽ちた木のように、黙って横になるしかなかった。

 医者に言われた秘書に、仕事用のスマホとタブレット、ノートパソコンを取り上げられた。

 入院二日目の夕方に、私用スマホを確認しようと思ったのだが、どうも見つからない。

 そのあとも眠ったり起きたりを繰り返し、ようやく普通に過ごせるようになって花音に連絡しようと思った。

 が、おかしな事に秀真の私用スマホは見つからないままだった。




 翌朝起きれば、秀真から連絡が入っている。

 そう信じて起きたのだが、花音が送ったメッセージに返事はなかった。

 それなのに、既読のマークはついている。

(どういう事?)

 花音は唇を噛み、直接電話してしまうおうか悩んだ。

 時刻はまだ七時台で、昨日接待で酒を飲んだのならまだ寝ているかもしれない。

(九時になったら、電話を掛けてみよう)

 落ち着かないので朝食をとったあと、花音は散歩に出てひたすら歩いた。

 十月下旬にもなると、札幌は寒い。

 スニーカーを履いた足を動かし、花音は一心不乱に歩く。

(大丈夫。絶対に大丈夫)

 家まで戻る頃には体は温まり、フゥフゥと呼吸を荒くして帰宅した。

 汗を掻いたのでシャワーを浴び、いざ……と時計を見ると九時半だ。

 気持ちを落ち着かせるために水を一杯飲み、スマホを手に取り、秀真の番号をタップする。

 コール音が鳴り、花音は知らずと緊張して応答を待つ。

 だがいつもなら数回で出る秀真なのに、いつまで経っても繋がらない。

(土曜日の朝九時半なのに、手を離せない用事があるの?)

 そう思った時、コール音が止んで電話が通じた。
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