時戻りのカノン

臣桜

文字の大きさ
上 下
37 / 71

愛那

しおりを挟む
「秀真さんとお付き合いするようになってからも、『本当にこれは現実なのかな?』って何回も思いました。……でもきっと、本当の幸せってこういう風に、『信じられない』って最初は思いながら、徐々に実感していくものなんだと思います」

「俺もそう思うよ。こんなに可愛い彼女ができたのが、いまだに実感できないでいる。まだ遠距離恋愛だから、東京で一人で過ごしている時は『あの幸せな時間は、夢なんじゃないかな』って思ってしまう」

 秀真は、向かいの席から花音の隣に座り直し、言う。

「そんな……。私は、……ちゃんと、秀真さんの彼女です!」

 彼の手を思わず握り、花音は訴えかけた。

「俺もそう思ってるよ。遠距離って常に側にいられない分、お互いを信じる気持ちが必要だと思う。……そのうち一緒に暮らせるまで、お互い不安だろうけど信じ合おう」

「…………はい!」

 秀真も同じ気持ちだったのだと知り、花音は「私だけ」と思っていた気持ちを恥じる。

 彼は花音の手を握り返したまま、しばらく眼下に広がる夜景を眺めていた。

「……ホント、初めてだよ。こんな風に自分でデートプランを練って、花音が来るのを今か今かと待ち侘びていたのも、観覧車に乗ろうって思ったのも」

 しみじみと言われ、花音は頬を赤らめて俯く。

「梨理さんが引き合わせてくれた運命だと思おう。花音が時を戻ったのは、俺と結ばれるためなんだ。…………なんて、キザっぽいけど」

 最後は少し冗談めかして言う秀真の言葉に、花音は幸せに笑った。

「そう思うようにしたいです!」

 ギュッと秀真の腕に抱きつき、花音は「綺麗ですね」と夜景を見てうっとりと溜め息をついた。




 その後、品川にある完全個室の料理店に向かった時、秀真の名を呼ぶ者がいた。

「秀真さん?」

 駅前ビルに入ろうとした時、雑踏の中で女性の声がする。

 思わず足を止めた秀真につられ、花音も彼と手を繋いだまま立ち止まった。

愛那あいなさん……」

 秀真が女性の名前を口にし、花音はドキッとする。

 視線の先には、洗練された品のいい女性が立っていた。

 愛那と呼ばれた女性は、黒字に花柄がプリントされたワンピースをエレガントに着こなしている。

 まだ残暑が感じられる時期なのに、ロングヘアを下ろし、ハイヒールを履いた立ち姿は暑さや疲れなどをまったく見せず、涼やかだ。

(お嬢様っぽいな)

 花音は彼女の姿を見た途端、無意識に劣等感を覚えてしまう。

 パンプスにスカート姿とはいえ、動きやすい格好をしている自分と愛那とでは、天と地の差が感じられる。

(お知り合いなのかな?)

 そう思った時、愛那が同じ事を口にした。

「秀真さん、その女性はお友達?」

 手を繋いで歩いているというのに、わざわざ「お友達?」と尋ねてきた時点で、彼女が自分に良い感情を抱いていないのが分かった。

「愛那さん、突然ですね。花音、この女性は胡桃沢(くるみざわ)胡桃沢(くるみざわ)愛那さん。取引先の会社のご令嬢で、たまに演奏会などで会ってお知り合いになった女性だ」

 秀真が愛那の態度をやんわりと制した事に、花音は安堵を覚える。

 それから改めて愛那の説明をされ、秀真の世界にいそうな女性だと思った。

「あら、すみません。見た事のない可愛らしい方とご一緒だったので、どなたかしら? って焦ってしまったのです」

 愛那は動揺すら見せず、にっこり笑って言いつくろう。

「こちらは美樹花音さん。現在、札幌にお住まいの海江田洋子さんの、お孫さんです」

「まぁ……! あの海江田洋子さんの? 花音さんもピアニストなんですか?」

 愛那の邪気のない言葉が、チクンと花音の劣等感を刺激する。

「いえ……。私はピアニストではありません。普通の会社員です」

「そうなんですね。海江田洋子さんの娘さんもピアニストと窺ったので、つい……」

「…………」

 花音は何も言えず、苦笑いをして誤魔化す。

「僕と花音さんは、現在遠距離恋愛をしています。いずれ結婚したいと思っている仲です」

「そうなんですね」

 秀真がハッキリ言ったからか、微笑んだ愛那の目からスッと温度が下がった気がした。

 細められた目は笑っているように見えるのに、能面のような恐ろしさがあり、花音は背筋を震わせる。

「それで、連休を利用して花音さんが東京にいらしたんですね?」

「はい」

 愛那に言われ、花音は頷く。

「秀真さんと一緒にいると、時が過ぎるのが速く感じますよね。連休もあっという間に終わってしまいますが、どうぞ東京を満喫してくださいね。それでは」

 愛那は上品に頭を下げ、立ち去ってゆく。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ある辺境伯の後悔

だましだまし
恋愛
妻セディナを愛する辺境伯ルブラン・レイナーラ。 父親似だが目元が妻によく似た長女と 目元は自分譲りだが母親似の長男。 愛する妻と妻の容姿を受け継いだ可愛い子供たちに囲まれ彼は誰よりも幸せだと思っていた。 愛しい妻が次女を産んで亡くなるまでは…。

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

振られた私

詩織
恋愛
告白をして振られた。 そして再会。 毎日が気まづい。

【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~

蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。 嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。 だから、仲の良い同期のままでいたい。 そう思っているのに。 今までと違う甘い視線で見つめられて、 “女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。 全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。 「勘違いじゃないから」 告白したい御曹司と 告白されたくない小ボケ女子 ラブバトル開始

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

2番目の1番【完】

綾崎オトイ
恋愛
結婚して3年目。 騎士である彼は王女様の護衛騎士で、王女様のことを何よりも誰よりも大事にしていて支えていてお護りしている。 それこそが彼の誇りで彼の幸せで、だから、私は彼の1番にはなれない。 王女様には私は勝てない。 結婚3年目の夫に祝われない誕生日に起こった事件で限界がきてしまった彼女と、彼女の存在と献身が当たり前になってしまっていたバカ真面目で忠誠心の厚い騎士の不器用な想いの話。 ※ざまぁ要素は皆無です。旦那様最低、と思われる方いるかもですがそのまま結ばれますので苦手な方はお戻りいただけると嬉しいです 自己満全開の作品で個人の趣味を詰め込んで殴り書きしているため、地雷多めです。苦手な方はそっとお戻りください。 批判・中傷等、作者の執筆意欲削られそうなものは遠慮なく削除させていただきます…

処理中です...