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東京へ
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金曜日に終業したあと、一度家に帰って纏めていた荷物を持ち、まっすぐ空港に向かう。
夜に羽田空港に着いたあとは、本来ならホテルに泊まろうと思っていたのだけれど、秀真が「うちに泊まればいい」と言ってくれたので、好意に甘える事にした。
シルバーウィークになるのを今か今かと待ち侘びて、とうとうその日が来た。
不思議な出来事があった六月からもう三か月が経ち、あれほど考えていたピアノの事も頭から抜け、花音は普通に生活をしていた。
今は秀真との未来で頭が一杯で、特にこの三連休は彼としたい事が沢山あり楽しみで仕方がなかった。
JRに乗って新千歳空港まで向かうと、花音と同じように連休を利用して旅行に出掛ける人たちでごったがえしていた。
目的の航空会社のカウンターまで行き、スーツケースを預けたあとは、空港内でお土産になる菓子などを買い、早めに保安を通った。
やがて搭乗時間になり、花音はドキドキして飛行機に乗り込んだ。
スマホを機内モードにし、席に置いてあったイヤフォンで思い切ってクラシックチャンネルを聴いてみた。
秀真のピアノを聴いてから、何度かクラシックを聴いてみようと試みた事があった。
彼の音色はやはり特別らしく、途中で苦しくなる事もあった。
しかし前ほどの拒絶感はなく、花音は自分が少しずつ前向きになれていると自覚した。
飛行機は離陸態勢に入り、滑走路を進んで体に後ろ向きに負荷がかかる。
車輪と地面が擦れる振動がなくなったかと思うと、機体がフワッと浮き上がり、グングンと上昇していった。
本来なら新千歳空港付近にある畑などが見られただろうが、時間が遅いので外は真っ暗だ。
地上の光もそのうち遠くなり、機体が安定した頃になって花音は持ってきていた文庫本を開いた。
約一時間四十分のフライトを経て、飛行機は羽田空港に降り立った。
着いたのは二十二時近くになり、花音はやや疲れを覚えながらもスーツケースを引き取り、秀真を探して歩く。
到着は第二ターミナル一階で、そこに着けば秀真が待ってくれているという話だ。
機内モードを戻し、秀真に電話を掛ける。
やや少しのコール音のあと、『もしもし』と彼の声がした。
「あ、秀真さん? いま羽田に着いたんですが……」
『ちょっと待って。待ってたんだけど、探してみる』
「ベージュっぽいカーディガンに、グレーのワンピースを着ています。スニーカーで、スーツケースの色は赤です」
彼が探しやすいように自分の服装を教えていると、『あっ、いた』と秀真が言い、通話が切れた。
「花音!」
声を掛けられ振り向くと、Tシャツジーパン姿の秀真がこちらに駆けよってくるところだ。
「秀真さん」
「車を停めてるから、先に乗ってしまおう。運転手は下りてはいけない決まりになっているんだ。スムーズに空港から離れられるように、今日は運転手に協力してもらった」
「えっ? 運転手?」
花音の知っている中で運転手と言えば、タクシー運転手ぐらいだ。
祖母や母もリサイタルの時に一時的に運転手を雇う事はあるが、お抱えがいつもいる訳ではない。
(凄いんだな)
スーツケースは秀真が持ってくれ、外に出ると札幌よりもずっと暖かい。
やがて白い車の前で秀真は止まり、トランクの中にスーツケースを入れる。
「乗って」
後部座席のドアを開けられ、花音は「こんばんは。お邪魔します」と挨拶をして乗り込んだ。
秀真も隣に座り、車はすぐに発進した。
「慌ただしくてごめん。あそこは停車させてもいいんだけど、運転手が車を離れたら駄目だっていう決まりがあるんだ」
「なるほど」
「夕食は食べた?」
「いえ、バタバタ移動していたので……。一応、空港のコンビニでおにぎりを買って食べましたが」
「何か食べる?」
「いいえ。遅くなっちゃいましたし、明日の朝食を楽しみにします」
「分かった」
そのあと、車は夜の道を走ってゆく。
「この高速は右手に東京湾があるんだ。そのうちレインボーブリッジや東京タワーが見えてくるよ」
「わぁ、本当ですか?」
移動しながら花音は窓の外を気にし、その間秀真と観光デートの予定を確認していた。
夜に羽田空港に着いたあとは、本来ならホテルに泊まろうと思っていたのだけれど、秀真が「うちに泊まればいい」と言ってくれたので、好意に甘える事にした。
シルバーウィークになるのを今か今かと待ち侘びて、とうとうその日が来た。
不思議な出来事があった六月からもう三か月が経ち、あれほど考えていたピアノの事も頭から抜け、花音は普通に生活をしていた。
今は秀真との未来で頭が一杯で、特にこの三連休は彼としたい事が沢山あり楽しみで仕方がなかった。
JRに乗って新千歳空港まで向かうと、花音と同じように連休を利用して旅行に出掛ける人たちでごったがえしていた。
目的の航空会社のカウンターまで行き、スーツケースを預けたあとは、空港内でお土産になる菓子などを買い、早めに保安を通った。
やがて搭乗時間になり、花音はドキドキして飛行機に乗り込んだ。
スマホを機内モードにし、席に置いてあったイヤフォンで思い切ってクラシックチャンネルを聴いてみた。
秀真のピアノを聴いてから、何度かクラシックを聴いてみようと試みた事があった。
彼の音色はやはり特別らしく、途中で苦しくなる事もあった。
しかし前ほどの拒絶感はなく、花音は自分が少しずつ前向きになれていると自覚した。
飛行機は離陸態勢に入り、滑走路を進んで体に後ろ向きに負荷がかかる。
車輪と地面が擦れる振動がなくなったかと思うと、機体がフワッと浮き上がり、グングンと上昇していった。
本来なら新千歳空港付近にある畑などが見られただろうが、時間が遅いので外は真っ暗だ。
地上の光もそのうち遠くなり、機体が安定した頃になって花音は持ってきていた文庫本を開いた。
約一時間四十分のフライトを経て、飛行機は羽田空港に降り立った。
着いたのは二十二時近くになり、花音はやや疲れを覚えながらもスーツケースを引き取り、秀真を探して歩く。
到着は第二ターミナル一階で、そこに着けば秀真が待ってくれているという話だ。
機内モードを戻し、秀真に電話を掛ける。
やや少しのコール音のあと、『もしもし』と彼の声がした。
「あ、秀真さん? いま羽田に着いたんですが……」
『ちょっと待って。待ってたんだけど、探してみる』
「ベージュっぽいカーディガンに、グレーのワンピースを着ています。スニーカーで、スーツケースの色は赤です」
彼が探しやすいように自分の服装を教えていると、『あっ、いた』と秀真が言い、通話が切れた。
「花音!」
声を掛けられ振り向くと、Tシャツジーパン姿の秀真がこちらに駆けよってくるところだ。
「秀真さん」
「車を停めてるから、先に乗ってしまおう。運転手は下りてはいけない決まりになっているんだ。スムーズに空港から離れられるように、今日は運転手に協力してもらった」
「えっ? 運転手?」
花音の知っている中で運転手と言えば、タクシー運転手ぐらいだ。
祖母や母もリサイタルの時に一時的に運転手を雇う事はあるが、お抱えがいつもいる訳ではない。
(凄いんだな)
スーツケースは秀真が持ってくれ、外に出ると札幌よりもずっと暖かい。
やがて白い車の前で秀真は止まり、トランクの中にスーツケースを入れる。
「乗って」
後部座席のドアを開けられ、花音は「こんばんは。お邪魔します」と挨拶をして乗り込んだ。
秀真も隣に座り、車はすぐに発進した。
「慌ただしくてごめん。あそこは停車させてもいいんだけど、運転手が車を離れたら駄目だっていう決まりがあるんだ」
「なるほど」
「夕食は食べた?」
「いえ、バタバタ移動していたので……。一応、空港のコンビニでおにぎりを買って食べましたが」
「何か食べる?」
「いいえ。遅くなっちゃいましたし、明日の朝食を楽しみにします」
「分かった」
そのあと、車は夜の道を走ってゆく。
「この高速は右手に東京湾があるんだ。そのうちレインボーブリッジや東京タワーが見えてくるよ」
「わぁ、本当ですか?」
移動しながら花音は窓の外を気にし、その間秀真と観光デートの予定を確認していた。
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