時戻りのカノン

臣桜

文字の大きさ
上 下
22 / 71

三人寄れば文殊の知恵

しおりを挟む
 玄関に入ってすぐ見えるのは、手洗いらしきドアと二階に続く階段だ。

 造りは一般的な家に通じるものがあるが、さすがに面積に余裕があり広々としている。

 リビングダイニングに入ると、毛足の長い絨毯の上に、海外製らしい高級なソファセットやテーブルなどが配置されている。

 テレビも大型で、音楽の好きな瀬ノ尾家らしく、音楽を聴くための機器が充実していた。

「適当に座っていてください。コーヒーは好きですか? それとも紅茶? 緑茶もありますよ」

「あ、じゃあコーヒーでお願いします」

「分かりました」

 秀真はアイランドキッチンに立ち、コーヒーケトルに水を入れてお湯を沸かす。

 彼の家とは言え、秀真にやらせてしまうのがどこか決まり悪く、花音はソファに座ったまま落ち着かなく身じろぎする。

「花音さん」

「は、はい!」

 けれど秀真に呼びかけられ、背筋を伸ばして返事をする。

「提案なんですが、もう少し砕けて話し掛けてもいいでしょうか? あなたと仲良くなりたいと思っているし、お互い〝さん〟づけでよそよそしい話し方でも、距離が縮まらないと思ったんです」

 それは花音も思っていた。

 秀真にずっと丁寧な口調で話され、「きちんとした人なんだな」と思うと同時に、どこか物足りなくも感じていた。

「じゃあ、……よ、宜しく。私は年下ですし、タメ口に慣れるまでもうちょっと猶予がほしいです」

 少し親しみを込めてそう言うと、キッチンから秀真が微笑んだ。

「花音って呼んでいい?」

「どうぞ」

「花音、コーヒーにミルクと砂糖はいる?」

「あ、ミルクだけで」

「分かった」

 二人とも急に話し方を変えたのが、どこか面映ゆい。

 それでも目の前に綺麗な色の焼き物のカップを置かれると、自然に「ありがとう」と親しげな礼を言えた。コーヒー豆は厳選した物らしく、深みとコクがあり美味しい。

 飲みながら、しみじみとピアノを弾いてこの世界に来なければ、秀真と合う事もなかったのだと思い知る。

 少し迷ったあと、花音は秀真に尋ねてみた。

「ちょっと変な話をするけど、よく『三回まで願い事を叶える』とかあるでしょう?」

「ああ、日本海外問わずあるな」

「ああいうのって、三回まで願いを使い切ったらどうなると思います?」

 尋ねた花音の隣で、秀真は長い脚をゆったりと組んだ。

「……想像だけど、全員にとっての幸せがあるようには感じられない。『アラジンと魔法のランプ』だって願いを叶える魔人は、囚われの身だったんだろう? アラジンが三つの願いをすべて自分のために使えば、魔人は自由になれなかった」

「そうですよね……。〝願いを叶える側〟の幸せも考えたいと思います」

 梨理は何も神様のように、無償で花音の願いを叶えた訳ではないはずだ。

 彼女の魂はいまだ地上にあり、未練があってあのピアノと共にある。

 そして彼女自身の願いもあるはずだ。

 梨理の願いを叶えて地上へのしがらみを解き放つのが、自分に課せられた使命なのでは、と花音は思う。

「何かあった?」

 秀真に尋ねられ、花音は言葉を迷わせる。

(果たして、あのピアノの事を人に教えてもいいんだろうか……。教えた途端に不幸が襲いかかるとか、お祖母ちゃんが助かったのがなかった事になるとか……)

 胸に沸き起こったのは、慎重に考えるからこその不安だ。

 花音が難しい顔をして黙っていたからか、秀真がまたポンと頭を撫でてきた。

「迷うぐらいなら、話してみたらどうかな? 一人で悩むより二人で考えた方が解決する事もあるかもしれない。『三人寄れば文殊の知恵』とも言うだろう? 二人だけど」

 冗談めかした言い方に花音は元気をもらい、彼の言う事にも一理あると感じた。

「そうですよね。一人で悩んでいても、どんどんドツボに嵌まっていくだけの気がします」

「話すも話さないも、花音の自由だけど、話した方が楽になるんじゃ……と俺は思うよ」

 その時になって秀真の一人称が〝俺〟である事に気づき、思わず花音は微笑んだ。

〝俺〟と言ってくれた事により、素の彼を見せてくれていると思ったからだ。

 そのあと花音は、コーヒーを飲み気持ちを落ち着かせる。

「おかしい事を言ってるって思われても仕方ないんですけど……」

 そう切り出し、花音は本来なら六月九日に祖母が亡くなってしまった世界の話をする。

 自分が葬儀に間に合わず後悔してこの上なく悲しみ、祖母に謝りたくて堪らなかった気持ち、それに梨理の事も打ち明けた。

 秀真は真剣な顔をして考え込み、それから尋ねてくる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

じれったい夜の残像

ペコかな
恋愛
キャリアウーマンの美咲は、日々の忙しさに追われながらも、 ふとした瞬間に孤独を感じることが増えていた。 そんな彼女の前に、昔の恋人であり今は経営者として成功している涼介が突然現れる。 再会した涼介は、冷たく離れていったかつての面影とは違い、成熟しながらも情熱的な姿勢で美咲に接する。 再燃する恋心と、互いに抱える過去の傷が交錯する中で、 美咲は「じれったい」感情に翻弄される。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【完】経理部の女王様が落ちた先には

Bu-cha
恋愛
エブリスタにて恋愛トレンドランキング4位 高級なスーツ、高級な腕時計を身に付け ピンヒールの音を響かせ歩く “経理部の女王様” そんな女王様が落ちた先にいたのは 虫1匹も殺せないような男だった・・・。 ベリーズカフェ総合ランキング4位 2022年上半期ベリーズカフェ総合ランキング53位 2022年下半期ベリーズカフェ総合ランキング44位 関連物語 『ソレは、脱がさないで』 ベリーズカフェさんにて恋愛ランキング最高4位 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高2位 『大きなアナタと小さなわたしのちっぽけなプライド』 ベリーズカフェさんにて恋愛ランキング最高13位 『初めてのベッドの上で珈琲を』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高9位 『“こだま”の森~FUJIメゾン・ビビ』 ベリーズカフェさんにて恋愛ランキング最高 17位 私の物語は全てがシリーズになっておりますが、どれを先に読んでも楽しめるかと思います。 伏線のようなものを回収していく物語ばかりなので、途中まではよく分からない内容となっております。 物語が進むにつれてその意味が分かっていくかと思います。

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

【完結】騎士と王冠(The Knight and the Crown)

けもこ
恋愛
皇太子アビエルは、レオノーラと初めて出会った日の情景を鮮やかに思い出す。馬を操る小柄な姿に、彼の心は一瞬で奪われた。その“少年”が実は少女だと知ったとき、驚きと共に彼女への特別な感情が芽生えた。彼女の内に秘めた強さと純粋な努力に、アビエルは深く心を惹かれ、次第に彼女をかけがえのない存在と感じるようになった。 アビエルは皇太子という鎖に縛られながらも、ただ彼女と対等でありたいと切に願い続けた。その想いは日に日に強まり、彼を苦しめることもあった。しかし、レオノーラと過ごす何気ない日々こそが彼にとって唯一の安らぎであり、彼女と共有する時間を何よりも大切にした。 レオノーラは、自分の置かれた立場とアビエルへの気持ちの間で揺れ動く。だが、彼女は気づく。アビエルがもたらしてくれた幸運こそが、彼女の人生を輝かせるものであり、それを受け入れ、守り抜こうと心に誓う。 #この作品は「小説家になろう」サイトでも掲載しています。そちらではすでに完結済みです。アルファポリスでは内容を整理しながら連載中です。

隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました

加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!

処理中です...