時戻りのカノン

臣桜

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三人寄れば文殊の知恵

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 玄関に入ってすぐ見えるのは、手洗いらしきドアと二階に続く階段だ。

 造りは一般的な家に通じるものがあるが、さすがに面積に余裕があり広々としている。

 リビングダイニングに入ると、毛足の長い絨毯の上に、海外製らしい高級なソファセットやテーブルなどが配置されている。

 テレビも大型で、音楽の好きな瀬ノ尾家らしく、音楽を聴くための機器が充実していた。

「適当に座っていてください。コーヒーは好きですか? それとも紅茶? 緑茶もありますよ」

「あ、じゃあコーヒーでお願いします」

「分かりました」

 秀真はアイランドキッチンに立ち、コーヒーケトルに水を入れてお湯を沸かす。

 彼の家とは言え、秀真にやらせてしまうのがどこか決まり悪く、花音はソファに座ったまま落ち着かなく身じろぎする。

「花音さん」

「は、はい!」

 けれど秀真に呼びかけられ、背筋を伸ばして返事をする。

「提案なんですが、もう少し砕けて話し掛けてもいいでしょうか? あなたと仲良くなりたいと思っているし、お互い〝さん〟づけでよそよそしい話し方でも、距離が縮まらないと思ったんです」

 それは花音も思っていた。

 秀真にずっと丁寧な口調で話され、「きちんとした人なんだな」と思うと同時に、どこか物足りなくも感じていた。

「じゃあ、……よ、宜しく。私は年下ですし、タメ口に慣れるまでもうちょっと猶予がほしいです」

 少し親しみを込めてそう言うと、キッチンから秀真が微笑んだ。

「花音って呼んでいい?」

「どうぞ」

「花音、コーヒーにミルクと砂糖はいる?」

「あ、ミルクだけで」

「分かった」

 二人とも急に話し方を変えたのが、どこか面映ゆい。

 それでも目の前に綺麗な色の焼き物のカップを置かれると、自然に「ありがとう」と親しげな礼を言えた。コーヒー豆は厳選した物らしく、深みとコクがあり美味しい。

 飲みながら、しみじみとピアノを弾いてこの世界に来なければ、秀真と合う事もなかったのだと思い知る。

 少し迷ったあと、花音は秀真に尋ねてみた。

「ちょっと変な話をするけど、よく『三回まで願い事を叶える』とかあるでしょう?」

「ああ、日本海外問わずあるな」

「ああいうのって、三回まで願いを使い切ったらどうなると思います?」

 尋ねた花音の隣で、秀真は長い脚をゆったりと組んだ。

「……想像だけど、全員にとっての幸せがあるようには感じられない。『アラジンと魔法のランプ』だって願いを叶える魔人は、囚われの身だったんだろう? アラジンが三つの願いをすべて自分のために使えば、魔人は自由になれなかった」

「そうですよね……。〝願いを叶える側〟の幸せも考えたいと思います」

 梨理は何も神様のように、無償で花音の願いを叶えた訳ではないはずだ。

 彼女の魂はいまだ地上にあり、未練があってあのピアノと共にある。

 そして彼女自身の願いもあるはずだ。

 梨理の願いを叶えて地上へのしがらみを解き放つのが、自分に課せられた使命なのでは、と花音は思う。

「何かあった?」

 秀真に尋ねられ、花音は言葉を迷わせる。

(果たして、あのピアノの事を人に教えてもいいんだろうか……。教えた途端に不幸が襲いかかるとか、お祖母ちゃんが助かったのがなかった事になるとか……)

 胸に沸き起こったのは、慎重に考えるからこその不安だ。

 花音が難しい顔をして黙っていたからか、秀真がまたポンと頭を撫でてきた。

「迷うぐらいなら、話してみたらどうかな? 一人で悩むより二人で考えた方が解決する事もあるかもしれない。『三人寄れば文殊の知恵』とも言うだろう? 二人だけど」

 冗談めかした言い方に花音は元気をもらい、彼の言う事にも一理あると感じた。

「そうですよね。一人で悩んでいても、どんどんドツボに嵌まっていくだけの気がします」

「話すも話さないも、花音の自由だけど、話した方が楽になるんじゃ……と俺は思うよ」

 その時になって秀真の一人称が〝俺〟である事に気づき、思わず花音は微笑んだ。

〝俺〟と言ってくれた事により、素の彼を見せてくれていると思ったからだ。

 そのあと花音は、コーヒーを飲み気持ちを落ち着かせる。

「おかしい事を言ってるって思われても仕方ないんですけど……」

 そう切り出し、花音は本来なら六月九日に祖母が亡くなってしまった世界の話をする。

 自分が葬儀に間に合わず後悔してこの上なく悲しみ、祖母に謝りたくて堪らなかった気持ち、それに梨理の事も打ち明けた。

 秀真は真剣な顔をして考え込み、それから尋ねてくる。
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