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祖母の手術
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春枝も「私とも連絡先を交換してね」と言ってきたので、メッセージアプリのIDや電話番号を教えた。
瀬ノ尾家の三人はタクシーを使ってホテルまで戻るらしく、花音はそこから地下鉄駅に向かう。
(思いがけず、お近づきになってしまった……)
そして秀真たちと別れてから初めて、自分が飾り気のない格好をしていたのに気付いた。
(もうちょっとお洒落に気を付けないと……。帰りに雑誌でも買おうかな)
今まで特に必要性も感じず、清潔感のある格好さえしていればいいと思っていたが、それだけではいかない予感も抱いたのだった。
**
秀真たちと会ったのは六月五日だ。
本来なら六月九日に洋子は逝去するはずだった。
だがその後、検査を受けた結果、やはりこのままでは血管が詰まってしまいそうな箇所があるとの事で、急遽洋子はカテーテル手術を受ける事になった。
手術があったのが六月八日で、花音は会社を休んで洋子に付き添った。
朝一番の手術だったのだが、洋子が病室に戻ってきたのは四時間経ってからだった。
その間、花音は母と過ごしていたのだが、メッセージアプリで秀真も昼休みや定時後にエールを送ってくれた。
『安心してくださいね。知り合いの話だと、カテーテル手術をしたあと、血管に管を通している訳だから、どうしても出血してしまうそうです。その止血と絶対安静に時間が掛かるだけなので、不安にならず待っていてください』
前もって医師から説明は受けていたものの、秀真からもこうして落ち着くよう言われると安心する。
スマホを見て密かに微笑んでいる花音を、母はチラリと見たが、特に何も言わなかった。
やがて洋子が病室に戻ってきた。
「お祖母ちゃん……!」
覗き込んだ花音の顔を見て、洋子は弱々しく微笑んだ。
「ただいま、花音」
力んでしまうので、寝返りを打つ時も看護師を呼んで体位を変えてもらうらしい。
動けず大変そうだが、翌日の診察で出血が止まっていると確認されたあとは、静かになら動いていいそうだ。
術後の洋子に気を遣わせても悪いという事で、洋子が無事に戻ったのを確認したあと、花音は母と一緒に病院をあとにした。
二人で札幌駅で夕食をとったあと、別れて帰宅する。
一人暮らしの我が家に戻った花音は、メイク落としや風呂を終え、スマホで修吾と春枝にメッセージを送る。
『祖母の手術は無事終わり、疲れていましたが普通に話せていました。明日許可が出たあとは、静かになら自分で動けるそうです』
時刻は二十時近くで、春枝からはすぐに『良かったです。花音さんもお疲れ様。ゆっくり休んでくださいね』と返事があった。
秀真からも十分後ほどに『良かったです』と返事があり、花音を労る言葉が続いた。
それを見てからスマホを置き、花音はベッドに仰向けになる。
「……運命を、変えちゃった……。しかも、人の命に手を出してしまった……」
いいのかな? と思うが、今さら元の世界への戻り方など分からないし、戻りたいとも思わない。
「何もしなくていいのかな」
洋子の長女である梨理の思いがこもったピアノなら、願いを叶える代わりに何かしなくてはいけないのでは……と思う。物語の中でも、それはセオリーだ。
何の犠牲もなく、自由に願いが叶うなど虫のいい話はない。
「……お祖母ちゃんが退院したら、梨理さんについて聞いてみようかな」
そう思うものの、前の世界で祖母から聞いた以上の言葉は聞けない気がする。
だが梨理の思いが花音をここまで飛ばしたのなら、きっと何らかの〝不思議〟はあるのだろう。
洋子が退院して美樹家の家族や親戚が落ち着いた週末、また秀真が札幌まで足を運んでくれた。
花音は思いきって新調した、フューシャピンクのトップスと、白いワイドパンツを合わせ、ポニーテールにして彼に会いに行った。
「こんにちは。一週間ぶりですね。今日は雰囲気が違って……何だか華やかに見えます」
「あ、ありがとうございます」
先週は秀真はスーツ姿だったが、今日は黒いテーパードパンツにTシャツというカジュアルな格好だった。
あ そのギャップに花音はときめき、ジワッと赤面する。
瀬ノ尾家の三人はタクシーを使ってホテルまで戻るらしく、花音はそこから地下鉄駅に向かう。
(思いがけず、お近づきになってしまった……)
そして秀真たちと別れてから初めて、自分が飾り気のない格好をしていたのに気付いた。
(もうちょっとお洒落に気を付けないと……。帰りに雑誌でも買おうかな)
今まで特に必要性も感じず、清潔感のある格好さえしていればいいと思っていたが、それだけではいかない予感も抱いたのだった。
**
秀真たちと会ったのは六月五日だ。
本来なら六月九日に洋子は逝去するはずだった。
だがその後、検査を受けた結果、やはりこのままでは血管が詰まってしまいそうな箇所があるとの事で、急遽洋子はカテーテル手術を受ける事になった。
手術があったのが六月八日で、花音は会社を休んで洋子に付き添った。
朝一番の手術だったのだが、洋子が病室に戻ってきたのは四時間経ってからだった。
その間、花音は母と過ごしていたのだが、メッセージアプリで秀真も昼休みや定時後にエールを送ってくれた。
『安心してくださいね。知り合いの話だと、カテーテル手術をしたあと、血管に管を通している訳だから、どうしても出血してしまうそうです。その止血と絶対安静に時間が掛かるだけなので、不安にならず待っていてください』
前もって医師から説明は受けていたものの、秀真からもこうして落ち着くよう言われると安心する。
スマホを見て密かに微笑んでいる花音を、母はチラリと見たが、特に何も言わなかった。
やがて洋子が病室に戻ってきた。
「お祖母ちゃん……!」
覗き込んだ花音の顔を見て、洋子は弱々しく微笑んだ。
「ただいま、花音」
力んでしまうので、寝返りを打つ時も看護師を呼んで体位を変えてもらうらしい。
動けず大変そうだが、翌日の診察で出血が止まっていると確認されたあとは、静かになら動いていいそうだ。
術後の洋子に気を遣わせても悪いという事で、洋子が無事に戻ったのを確認したあと、花音は母と一緒に病院をあとにした。
二人で札幌駅で夕食をとったあと、別れて帰宅する。
一人暮らしの我が家に戻った花音は、メイク落としや風呂を終え、スマホで修吾と春枝にメッセージを送る。
『祖母の手術は無事終わり、疲れていましたが普通に話せていました。明日許可が出たあとは、静かになら自分で動けるそうです』
時刻は二十時近くで、春枝からはすぐに『良かったです。花音さんもお疲れ様。ゆっくり休んでくださいね』と返事があった。
秀真からも十分後ほどに『良かったです』と返事があり、花音を労る言葉が続いた。
それを見てからスマホを置き、花音はベッドに仰向けになる。
「……運命を、変えちゃった……。しかも、人の命に手を出してしまった……」
いいのかな? と思うが、今さら元の世界への戻り方など分からないし、戻りたいとも思わない。
「何もしなくていいのかな」
洋子の長女である梨理の思いがこもったピアノなら、願いを叶える代わりに何かしなくてはいけないのでは……と思う。物語の中でも、それはセオリーだ。
何の犠牲もなく、自由に願いが叶うなど虫のいい話はない。
「……お祖母ちゃんが退院したら、梨理さんについて聞いてみようかな」
そう思うものの、前の世界で祖母から聞いた以上の言葉は聞けない気がする。
だが梨理の思いが花音をここまで飛ばしたのなら、きっと何らかの〝不思議〟はあるのだろう。
洋子が退院して美樹家の家族や親戚が落ち着いた週末、また秀真が札幌まで足を運んでくれた。
花音は思いきって新調した、フューシャピンクのトップスと、白いワイドパンツを合わせ、ポニーテールにして彼に会いに行った。
「こんにちは。一週間ぶりですね。今日は雰囲気が違って……何だか華やかに見えます」
「あ、ありがとうございます」
先週は秀真はスーツ姿だったが、今日は黒いテーパードパンツにTシャツというカジュアルな格好だった。
あ そのギャップに花音はときめき、ジワッと赤面する。
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