時戻りのカノン

臣桜

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居酒屋

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 駅構内を通り抜け、駅前通りをまっすぐ歩いて行く。

「私たちはクラシック音楽を聴くのが趣味なのよ。その中でも、昔から夫とピアニストやオーケストラのコンサートを聴きに行っていたわ。夫とも洋子さんのファンだという事で意気投合したわ」

「洋子さんが僕たちのキューピッドだったのかもしれないな」

 そう言って笑い合う瀬ノ尾夫婦は、実にお似合いだ。

 途中で右手に旧道庁があり、その前のポプラが植わった広場ではカフェのテラス席も出ている。少しそちらに寄ってみる事にし、旧道庁を写真に収めてからまた歩き出す。

 大通公園でも少し写真を撮り、夫婦は二丁目にそびえるテレビ塔を見上げて「これを見ると札幌に来たっていう感じがするわねぇ」と話していた。

 立ち止まっていると、通行人の特に女性が秀真を見ているのに気付く。

(秀真さん、格好いいもんなぁ)

 彼を見てそう思っていた時、バチッと目が合ってしまった。

「どうしましたか?」

「い、いえ!」

 慌てて顔を逸らしたが、秀真がまだこちらを見ているのが分かる。

(この人、自分の顔がいいって自覚してるのかな。あまりに自然体だから、一緒にいるのが芸能人みたいな美形だって失念しちゃう)

 秀真の顔がいいのは分かっている。彼がもっとキザ、俺様な性格だったなら「この人は住む世界が違うんだろうな」と思えただろう。

 だが彼は気配りができて優しい。花音が思う〝善良な人〟そのものだ。

(イケメンで性格がいいなら、きっと恋人がいるんだろうな。というか、年齢的に奥さんいそう)

 花音は現実的な事を思い、余計な期待を抱かないよう自分の気持ちを抑える。

 さらに大通りからすすきの方面に歩き、四人はビル内にある居酒屋に入った。

 週末なだけあり、店員は忙しそうだ。

 内装は黒と赤、木目調を基調とし、和テイストと大人っぽさがある。

「予約していた瀬ノ尾です」

 秀真はいつの間に予約したのか、名前を告げる。

「お待ちしておりました。個室にご案内致します」

 法被を着た男性は四人を先導し、店内に向かって「新規四名様ご案内です!」と声を張り上げた。

 奥に進むと、途中に生け簀があり新鮮な海鮮を提供している店だと分かる。

 ホールの天井は高く、漁師の家をテーマにしたのか、天井近くには梁があり、ガラスの球体を網で包んだ浮き玉がインテリアとして飾られてあった。

 インテリアのために作られただろう浮き玉は色とりどりで、照明を反射して店内をステンドグラスのように彩っていた。

 四人は『うしお』と木札に毛筆で書かれた個室に入り、掘りごたつに落ち着いた。

 つきだしとおしぼりが出され、飲み物を注文する。

 瀬ノ尾家三人はビールで、花音は迷ったあとにカシスオレンジにする。

「花音さん、ビールは苦手?」

 春枝に尋ねられ、花音は苦笑いする。

「すみません。苦いのが少し苦手なんです。会社の上司にも『とりあえず生』ができなくて『協調性がない』って言われてます」

「あら、いいのよそんな事。飲みたくないのに飲ませるのは、アルハラだわ」

 春枝は上品に笑ってから尋ねてくる。

 そのあとも会話が弾み、飲み物が運ばれてきて乾杯した。

 食べ物は新鮮な刺身盛り合わせににぎり寿司、ホッケの開き、札幌のB級グルメであるラーメンサラダ、オムソバや焼き鳥にザンギ……と、居酒屋らしいメニューが頼まれた。

 康夫と春枝は洋子のピアノがいかに素晴らしいかを語り、また元気にステージに上がってくれれば……と話していた。

 花音は基本的に美樹家の家で暮らしていたので、祖母宅にどのような客人が来ていたか知らなかった。

 聞けば花音が小さい頃から瀬ノ尾家はちょくちょく札幌を訪れていたようで、どこかでニアミスしていたのかも……と思った。




 その後、二時間ほど飲食をして、花音は瀬ノ尾家に別れを告げる事にした。

 財布を取り出した花音の手を、春枝が「いいからいいから」と止め、康夫がカードで払ってしまう。

「花音さん、また近いうちに札幌に来るので、その時もお会いできませんか?」

 店の前で秀真がそう言い、スマホを出す。

「え? い、いいんですか? だって……」

 彼女がいるんじゃないんですか? と言いかけて迷っていると、春枝が明るく笑った。

「この子、独り身で寂しくしているから、仲良くしてあげて?」

(秀真さん、フリーなの?)

 まさか、と驚いて目を丸くした花音に、秀真は照れくさそうに笑う。

「お恥ずかしながら、ご縁がなくて」

「じゃ、じゃあ……」

(『じゃあ』って何なの)

 思わず自分に突っ込みをいれながら、花音は秀真と連絡先を交換する。
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