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瀬ノ尾秀真
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(わっ、背が高い……!)
男性は立ち上がると、モデルかと思うほど身長が高かった。
それだけでなく、スーツを着た上からでも体つきががっしりしているのが分かる。
アメフト選手ほどムキムキではないけれど、適度に体を動かしているのだと一目で分かった。
そして体の軸がしっかりしていて、立ち姿が美しい。
洋子は本格的ではないものの、時々歌の生徒を受け持つ事もある。
そのせいか「体幹がしっかりしている人は、声の通りもいいのよ」と言っていた。
だから男性が通りのいい声で「初めまして」と挨拶をした時、祖母の言っていた事に納得したものだ。
「……は、初めまして。祖母の……孫の、……花音です。美樹花音と申します」
紫陽花柄のワンピースにぺたんこ靴を履いた花音は、美形の男性を前に恥じらいながらも挨拶する。
すると男性も感じよく自己紹介をしてくれた。
「初めまして。私は東京から洋子さんのお見舞いに来ました、瀬ノ尾秀真と申します。こちらは私の祖父の康夫と、祖母の春枝です」
「ど……どうも。……東京から?」
目をぱちくりさせ、混乱している花音を、洋子が手招きする。
「ひとまず、座りなさい」
康夫と春枝は窓側に椅子を並べて座っていて、秀真は廊下側だ。
スペース的に秀真の隣に座った花音は、彼から仄かに漂う香水のいい匂いを嗅ぎ、赤面した。
(どうしよう……! 意識しちゃう)
しかも気のせいでなければ、隣から秀真がニコニコして花音の顔を見ている。
ずっと彼氏のいなかった花音は、突然の美形に戸惑い、祖母に縋るような目を向けた。
「うふふ、秀真くん格好いいでしょう」
「お祖母ちゃん!」
悪戯っぽく言った洋子の言葉に、花音は赤面して文句を言う。
向かいにいる康夫と春枝も、笑顔で見守っているので余計居たたまれない。
「突然知らない人がいたから、びっくりしたでしょう」
春枝が柔和な雰囲気そのままの声で言い、花音は軽く会釈しつつ「はい……」と頷く。
その反応を見て目を細めてから、春枝は自分たちが何者なのかを説明してくれた。
「私たちは、洋子さんのファンなの。私たちが若かった頃、情熱的で情感たっぷりに演奏する洋子さんは、憧れそのものだったわ。彼女が一度舞台から姿を消したあと、どうしたのか残念に思って失礼ながらあれこれ調べていたの。そのうち、札幌に移住されたと聞いて、札幌で洋子さんのリサイタルがないか、ずっとチェックしていたわ」
祖母にここまで熱烈なファンがいたとは知らず、初めて祖母の有名さを思い知った気がした。
自宅にはもちろん、数え切れないほどの賞状やトロフィー、盾が並べられていた。
勿論、花音だって幾つものコンクールを総舐めにしてきた。
しかし如何せん毎日のように見ていた物なので、それがどれだけ凄い物なのか分からないでいたというのも事実だ。
「そうして、ある時に札幌市内のホールで、洋子さんのリサイタルがあるのを知ったの」
ニッコリ笑った春枝の言葉を、洋子が笑いながら補足する。
「子育てが一旦落ち着いた頃、昔お世話になった方が『是非もう一度』と言ってくださったわ。その時にピアノ教室を続けながら、無理せず……という感じで、人前にまた出る事を決めたの」
今でも、洋子のもとにマネージャーの男性が頻繁に訪れている。
世界に名を馳せたピアニストなので、育休とはいえ急に姿を消せば世間が大騒ぎしたのだろう。
「その時に私たちは洋子さんに熱烈なラブコールをして、大きな花束をプレゼントしたの。『今でも大大大大ファンです!』って」
笑う春枝は、本当に洋子のファンらしく、頬を赤らめ無邪気な表情だ。
「私も、春枝さんたちに勇気をもらったわね。『どうせ私の事なんて、もう誰も覚えていない』っていじけていた気持ちもあったの。だから余計に、純粋な好意の言葉が染みたわ」
嬉しそうに微笑む洋子を、三人とも優しく見守っている。
そして、秀真が口を開いた。
「私は祖父母から、洋子さんのリサイタルビデオやレコードを聴かされて育ちました。私も子供の頃から習い事として音楽に触れていたのですが、素人の子供が聞いても素晴らしいと思うほどの演奏でした」
花音より少し年上ぐらいの秀真が言うので、やはり素晴らしい音楽が与える感動は、年齢を選ばないのだと思った。
「今回、私の両親は多忙なので来られなかったのですが、代表として孫の私が祖父母のお供を仰せつかりました」
冗談めかして言う秀真の言葉がおかしくて、花音はつい笑顔になる。
「今では洋子さんとメル友になっているのだけれど、『入院した』って聞いたから、びっくりしてしまって……」
春枝が言い、洋子が「だから検査入院よ」と笑う。
男性は立ち上がると、モデルかと思うほど身長が高かった。
それだけでなく、スーツを着た上からでも体つきががっしりしているのが分かる。
アメフト選手ほどムキムキではないけれど、適度に体を動かしているのだと一目で分かった。
そして体の軸がしっかりしていて、立ち姿が美しい。
洋子は本格的ではないものの、時々歌の生徒を受け持つ事もある。
そのせいか「体幹がしっかりしている人は、声の通りもいいのよ」と言っていた。
だから男性が通りのいい声で「初めまして」と挨拶をした時、祖母の言っていた事に納得したものだ。
「……は、初めまして。祖母の……孫の、……花音です。美樹花音と申します」
紫陽花柄のワンピースにぺたんこ靴を履いた花音は、美形の男性を前に恥じらいながらも挨拶する。
すると男性も感じよく自己紹介をしてくれた。
「初めまして。私は東京から洋子さんのお見舞いに来ました、瀬ノ尾秀真と申します。こちらは私の祖父の康夫と、祖母の春枝です」
「ど……どうも。……東京から?」
目をぱちくりさせ、混乱している花音を、洋子が手招きする。
「ひとまず、座りなさい」
康夫と春枝は窓側に椅子を並べて座っていて、秀真は廊下側だ。
スペース的に秀真の隣に座った花音は、彼から仄かに漂う香水のいい匂いを嗅ぎ、赤面した。
(どうしよう……! 意識しちゃう)
しかも気のせいでなければ、隣から秀真がニコニコして花音の顔を見ている。
ずっと彼氏のいなかった花音は、突然の美形に戸惑い、祖母に縋るような目を向けた。
「うふふ、秀真くん格好いいでしょう」
「お祖母ちゃん!」
悪戯っぽく言った洋子の言葉に、花音は赤面して文句を言う。
向かいにいる康夫と春枝も、笑顔で見守っているので余計居たたまれない。
「突然知らない人がいたから、びっくりしたでしょう」
春枝が柔和な雰囲気そのままの声で言い、花音は軽く会釈しつつ「はい……」と頷く。
その反応を見て目を細めてから、春枝は自分たちが何者なのかを説明してくれた。
「私たちは、洋子さんのファンなの。私たちが若かった頃、情熱的で情感たっぷりに演奏する洋子さんは、憧れそのものだったわ。彼女が一度舞台から姿を消したあと、どうしたのか残念に思って失礼ながらあれこれ調べていたの。そのうち、札幌に移住されたと聞いて、札幌で洋子さんのリサイタルがないか、ずっとチェックしていたわ」
祖母にここまで熱烈なファンがいたとは知らず、初めて祖母の有名さを思い知った気がした。
自宅にはもちろん、数え切れないほどの賞状やトロフィー、盾が並べられていた。
勿論、花音だって幾つものコンクールを総舐めにしてきた。
しかし如何せん毎日のように見ていた物なので、それがどれだけ凄い物なのか分からないでいたというのも事実だ。
「そうして、ある時に札幌市内のホールで、洋子さんのリサイタルがあるのを知ったの」
ニッコリ笑った春枝の言葉を、洋子が笑いながら補足する。
「子育てが一旦落ち着いた頃、昔お世話になった方が『是非もう一度』と言ってくださったわ。その時にピアノ教室を続けながら、無理せず……という感じで、人前にまた出る事を決めたの」
今でも、洋子のもとにマネージャーの男性が頻繁に訪れている。
世界に名を馳せたピアニストなので、育休とはいえ急に姿を消せば世間が大騒ぎしたのだろう。
「その時に私たちは洋子さんに熱烈なラブコールをして、大きな花束をプレゼントしたの。『今でも大大大大ファンです!』って」
笑う春枝は、本当に洋子のファンらしく、頬を赤らめ無邪気な表情だ。
「私も、春枝さんたちに勇気をもらったわね。『どうせ私の事なんて、もう誰も覚えていない』っていじけていた気持ちもあったの。だから余計に、純粋な好意の言葉が染みたわ」
嬉しそうに微笑む洋子を、三人とも優しく見守っている。
そして、秀真が口を開いた。
「私は祖父母から、洋子さんのリサイタルビデオやレコードを聴かされて育ちました。私も子供の頃から習い事として音楽に触れていたのですが、素人の子供が聞いても素晴らしいと思うほどの演奏でした」
花音より少し年上ぐらいの秀真が言うので、やはり素晴らしい音楽が与える感動は、年齢を選ばないのだと思った。
「今回、私の両親は多忙なので来られなかったのですが、代表として孫の私が祖父母のお供を仰せつかりました」
冗談めかして言う秀真の言葉がおかしくて、花音はつい笑顔になる。
「今では洋子さんとメル友になっているのだけれど、『入院した』って聞いたから、びっくりしてしまって……」
春枝が言い、洋子が「だから検査入院よ」と笑う。
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