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お願い事は三回まで
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(運命に逆らう事かもしれないけれど、この世界に来てしまって戻る手立てが分からない以上、最善を尽くさないと)
祖母に気持ちを伝えてそれでゴールではない。
祖母の発作が回避できるものなら、その道を選んでより良い未来を得たい。
どんどん未来を変えていってしまう恐怖はあるが、何事もやってみなければ分からない。
(六年間弾けなかったピアノだって、弾けた。……今なら何だってできる気がする)
胸の奥に勇気を宿し、花音は駅の階段を上がった。
札幌駅直結のデパ地下で弁当を買い、自宅に帰る。
食事のあとゆっくり風呂に浸かりながら、花音はパンクしそうな頭を必死に整理させていた。
「梨理さんがどういう生い立ちで生まれて、亡くなったのかは分かった。きっと無念を抱えているだろう事も……」
花音は心霊ものを好んでいる訳ではなく、霊感のない人がそうであるように、基本的に興味がない。少し不気味な事があると「嫌だな」と思って逃げるタイプで、自ら肝試しに行って怖い思いをしたがるタイプではない。
「でも何で私なのかな。やっぱり事故に遭ったっていうところ……?」
祖母は七人兄弟を産み、母の奏恵は長女だ。
姉妹三人、兄弟四人でそれぞれ子供がいるので、毎年正月や盆に集まる時は大所帯になっている。
ほとんどが札幌市内に住んでいるのだが、その中で花音だけがピアノで不思議な体験をした。
ふと、自分が消えた、洋子がすでに亡くなってしまった世界はどうなったのだろう、と思った。
二つの世界があり、それを花音が行き来する。
それぞれの世界には洋子や家族たちがいて、もしかしたら花音の行動一つで違う運命を辿るかもしれない。
「もともとこの世界にいた私は、どうなったんだろう?」
そう思うと、あまりに恐ろしくて風呂から上がったばかりなのに、ゾクッと寒気が走った。
「……きっと、下手な行動を取ったら駄目なんだ。それで……お願い事は三回まで?」
貴重な一回を使ったのだと思うと、余計に怖くなる。
運命を変える事が許されているのは、あと二回。
いや、『仏の顔も三度』『三度目の正直』とも言うし、三回目に何かが起こるかもしれない。
梨理は死者なのだから、下手をするととてつもない不幸が花音を呑み込む可能性だってある。
昔話はよく教訓として使われるが、〝三回までのお願い〟を失敗した強欲な者は、必ず痛い目を見ている。
「……何のために? 梨理さんは何を望んでいるの?」
一般的に、子供が亡くなって伝えたい事と言えば、親に「大好き」と言いたかった……などが考えられる。
けれどその真逆だってある。
梨理が洋子に恨みを晴らしたいと思っている可能性もある。
身内の事なので、洋子が実の子供に恨まれているなど考えたくない。
だが死後の世界の住人である梨理が、何を望んでいるかなど花音は分からない。
漠然と死者に怖いイメージを持っているからこそ、花音はこれから自分にとんでもない出来事が降りかかるのではないかと思い、身を震わせるのだった。
**
本来の運命なら、洋子が亡くなるのは六月九日だ。
その日が近付く前に、花音はこまめに病院に通って祖母と話していた。
洋子は「忙しいんだから、そんなに頻繁に来なくていいのよ」と言うのだが、嬉しそうだ。
花音は友達や同僚からの誘いも断り、祖母の見舞いに通い詰めた。
そんなある日、土曜日の午後に見舞いに行くと、見知らぬ見舞客がいた。
病室に入る前、男性の声が聞こえる。
てっきり親戚の叔父たちの誰かかと思って「お祖母ちゃん」と声を掛けて部屋に入ると、見た事のない美形の男性がこちらを振り向いた。
「えっ!?」
部屋の椅子に座っていたのは、スーツを着た三十代前半の男性と、その祖父母らしい、洋子と歳の近い男女だ。三人とも身なりが良く、上品な雰囲気を発している。
「お孫さんですか?」
こちらに背を向けて座っていた男性が立ち上がり、花音に向き直って会釈をした。
祖母に気持ちを伝えてそれでゴールではない。
祖母の発作が回避できるものなら、その道を選んでより良い未来を得たい。
どんどん未来を変えていってしまう恐怖はあるが、何事もやってみなければ分からない。
(六年間弾けなかったピアノだって、弾けた。……今なら何だってできる気がする)
胸の奥に勇気を宿し、花音は駅の階段を上がった。
札幌駅直結のデパ地下で弁当を買い、自宅に帰る。
食事のあとゆっくり風呂に浸かりながら、花音はパンクしそうな頭を必死に整理させていた。
「梨理さんがどういう生い立ちで生まれて、亡くなったのかは分かった。きっと無念を抱えているだろう事も……」
花音は心霊ものを好んでいる訳ではなく、霊感のない人がそうであるように、基本的に興味がない。少し不気味な事があると「嫌だな」と思って逃げるタイプで、自ら肝試しに行って怖い思いをしたがるタイプではない。
「でも何で私なのかな。やっぱり事故に遭ったっていうところ……?」
祖母は七人兄弟を産み、母の奏恵は長女だ。
姉妹三人、兄弟四人でそれぞれ子供がいるので、毎年正月や盆に集まる時は大所帯になっている。
ほとんどが札幌市内に住んでいるのだが、その中で花音だけがピアノで不思議な体験をした。
ふと、自分が消えた、洋子がすでに亡くなってしまった世界はどうなったのだろう、と思った。
二つの世界があり、それを花音が行き来する。
それぞれの世界には洋子や家族たちがいて、もしかしたら花音の行動一つで違う運命を辿るかもしれない。
「もともとこの世界にいた私は、どうなったんだろう?」
そう思うと、あまりに恐ろしくて風呂から上がったばかりなのに、ゾクッと寒気が走った。
「……きっと、下手な行動を取ったら駄目なんだ。それで……お願い事は三回まで?」
貴重な一回を使ったのだと思うと、余計に怖くなる。
運命を変える事が許されているのは、あと二回。
いや、『仏の顔も三度』『三度目の正直』とも言うし、三回目に何かが起こるかもしれない。
梨理は死者なのだから、下手をするととてつもない不幸が花音を呑み込む可能性だってある。
昔話はよく教訓として使われるが、〝三回までのお願い〟を失敗した強欲な者は、必ず痛い目を見ている。
「……何のために? 梨理さんは何を望んでいるの?」
一般的に、子供が亡くなって伝えたい事と言えば、親に「大好き」と言いたかった……などが考えられる。
けれどその真逆だってある。
梨理が洋子に恨みを晴らしたいと思っている可能性もある。
身内の事なので、洋子が実の子供に恨まれているなど考えたくない。
だが死後の世界の住人である梨理が、何を望んでいるかなど花音は分からない。
漠然と死者に怖いイメージを持っているからこそ、花音はこれから自分にとんでもない出来事が降りかかるのではないかと思い、身を震わせるのだった。
**
本来の運命なら、洋子が亡くなるのは六月九日だ。
その日が近付く前に、花音はこまめに病院に通って祖母と話していた。
洋子は「忙しいんだから、そんなに頻繁に来なくていいのよ」と言うのだが、嬉しそうだ。
花音は友達や同僚からの誘いも断り、祖母の見舞いに通い詰めた。
そんなある日、土曜日の午後に見舞いに行くと、見知らぬ見舞客がいた。
病室に入る前、男性の声が聞こえる。
てっきり親戚の叔父たちの誰かかと思って「お祖母ちゃん」と声を掛けて部屋に入ると、見た事のない美形の男性がこちらを振り向いた。
「えっ!?」
部屋の椅子に座っていたのは、スーツを着た三十代前半の男性と、その祖父母らしい、洋子と歳の近い男女だ。三人とも身なりが良く、上品な雰囲気を発している。
「お孫さんですか?」
こちらに背を向けて座っていた男性が立ち上がり、花音に向き直って会釈をした。
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