時戻りのカノン

臣桜

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後悔を越えた謝罪

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 その後、花音は安野に祖母が今後どうなるかを伝えるかどうか、非常に迷った。

 だが手紙で洋子が「秘密」と言っていたのがよぎる。

 おまけにタイムリープものの映画や物語で、主人公が時間を越えた事や、運命をねじ曲げた事を外部の者に漏らせば、ろくな結末にならないというのも沢山見てきた。

 だから現時点では、安野には何も言わないでおく事にした。

「じゃあ、私これから病院に向かいます。それじゃあ」

『ええ。ごめんください』

 安野との電話を切り、花音は祖母が入院している病院に向かう。

 病院は札幌駅の一駅隣の、桑園駅のすぐ近くにある大きな総合病院だ。

 地下鉄でまず札幌駅に向かおうとすると、人身事故で通夜に遅れたのを思い出し、ジワリと嫌な汗が浮かぶ。

(大丈夫。今はまだ、お祖母ちゃんの容態が急変する前だから)

 自分に言い聞かせ、花音は地下に通じる建物まで歩いた。




「お祖母ちゃん」

「花音」

 祖母が入院している部屋は二人部屋だ。

  病院側が祖母に気を利かせたのか、タイミングなのか隣のベッドはなかった。

「急にどうしたの? 仕事は?」

「仕事は終わった。……たまに顔を見ないとって思って」

 これまで正月と盆以外は避けてきたのに、何を今さら……と自分でも思うが、他に言いようがなかった。

「急になぁに? おねだりでもあるのかしら」

 祖母は特に具合は悪くないようで、いつもと変わらず柔和な笑顔を見せている。

 六年前の事も祖母からは気に掛けていないという様子を貫き、それが今はありがたかった。

「デパ地下で大福を買ってきたよ」

「ありがと。ここのお餅、柔らかくて餡子も上品な甘さで好きなのよねぇ」

 プラスチックのパックには、期間限定で売っている特濃草大福と、花音用の胡桃大福が入っていた。椅子を引いてベッド脇に座った花音は、まじまじと祖母を見る。

「どうしたの?」

 いつもと変わらない祖母が、あと少しで棺の中に入るなど信じられない。

 急に涙がこみ上げ、花音は祖母の手を握った。

「花音?」

 尋ねられても、花音は何も言えずポロポロと涙を零すしかできなかった。

「どうしたの?」

「……何でもないの。……思いだし泣き」

 祖母を心配させてはいけないと思い、花音は涙を拭う。

  そして大福の入ったパックを開くと、粉を払って「食べよう」と微笑みかけた。

 一緒に買ってきたお茶のペットボトルをお供に、しばし二人は無言になって口を動かす。

 柔らかくよく伸びる餅と、程よい甘さの餡子、胡桃のコリコリとした食感に癒やされているうちに、気持ちが落ち着いてくる。

 まずは、これまでの態度を謝らないとと思った。

 ずっと避けて逃げていたけれど、祖母が亡くなる前にきちんと伝えるべきだ。

「……今まで態度が悪くてごめん」

 その言葉を聞き、祖母は大福の最後の一口をきちんと噛んで嚥下したあと、笑い混じりに頷いた。

「私もごめんなさい。ずっと謝りたかったけれど、タイミングを逃し続けていたわ」

 やはり祖母も、手紙に書いてあった通り、ずっと後悔していたのだ。

「私はあなたの祖母である前に、今までずっとピアニスト、教師でありつづけたわ。それを優先させて、花音が一番つらいときに寄り添ってあげられなかった。あなたが事故にあった時、どれだけ絶望したのかピアニストなら分かっているはずなのに、それよりも自分の感情を優先させてしまった。……祖母失格だわ」

 洋子は溜め息混じりに微笑み、言葉を続ける。

「あなたの才能は本物よ。『この子なら私より遙か上をいくかもしれない』そう思ったからこそ、私も奏恵も期待してしまった。けれど自分たちが当たり前にピアノと共に過ごしていたからといって、私たちはその感覚を花音にも押しつけてしまった。学校の勉強や行事よりピアノを優先させて当然、友達と遊ぶ時間よりピアノ。普通の人と違った感覚のまま、あなたを育ててしまった」

 一つ息をつき、祖母は悲しげに呟いた。

「花音が挫折する日がくるなんて思っていなかったの。必ずあなたは成功すると思っていた。……けれどあなたは私の心ない一言で心を折ってしまい、人生を変えてしまった。私さえあの時もっと励ましていれば、リハビリをして今もピアノを弾いていたかもしれないのに……」

 花音は両手でペットボトルを持ち、手持ち無沙汰にそれをいじる。

 やがて溜め息と共に首を横に振った。
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