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両家の過去

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 病院から帰ったクレハは、ノアに手を引かれてルクスのもとへと向かう。

 これでクレハがノアの子を産んでも、クレハがノアの血に負けて死んでしまう可能性はグッと低くなった。
 だが果たしてルクスは、首を縦に振ってくれるのだろうか。

 心配に思いながら廊下を進み、ノアは重厚なマホガニーのドアをノックした。
 ルクスの返事があったあと、すぐに内側からドアが開き、メイドが折り目正しくお辞儀をする。
 その向こうには、ルクスがソファでくつろいでいるのが見える。

「あぁ、ノア、クレハさん。どうかしたのか?」

 ゆったりと本を読むルクスは、足をオットマンに乗せて随分とリラックスしている。
 それまで目を落としていたらしいアルバムを閉じ、ルクスは居住まいを正して二人を迎えた。

「父さん、クレハの血筋を確かめるために、クレハの母君のカエデさんに話を聞いてきました」

 ルクスに座るようにと指し示されてノアは向かいに座る。
 クレハは立って控えていようとしたのだが、ルクスに「クレハさん」と静かに言われ、ノアの隣に座った。

「……クレハさんの血筋というのは……。もしかしてアカツキの血筋ということか?」

 東にも国は沢山あり、そのなかの一国の名をルクスはピンポイントに言う。

「父上、もしかして……ご存知なのですか? ならどうして……」

 知っていたのなら、なぜ反対したのか。

 それはごく当たり前の疑問、不満だ。
 ノアの言葉に、ルクスはしばらくクレハの顔を見つめたあと、ゆるりと首を振る。

「あくまでこれは私の勘にすぎない。私も父の部屋を訪れたのは数回しかない。その中でたった一度だけ……。カーテンに隠された絵を見たのも、……記憶にもう薄くなっている。不確かな理由で、軽々しく重大なことを決定できない」

 細く息をつくようにルクスは言い、そこで全員の前に温かな紅茶が運ばれた。

「お祖父さまの部屋に……隠された絵が?」

「そう。まだ家族との交流が比較的あった頃……。父の部屋で赤いビロードのカーテンに隠された、黒髪の美女の絵を見た。顔つきや服装から、東国の人なのだと思った。それが時を経て……、つい昨日。目の前にあまりにもその絵の女性と似たクレハさんが現れ、私も最初驚いてしまった」

 紅茶の香りを吸い込んで吐息をつき、ルクスはクレハを見て微笑する。

「けれど、絵の女性とクレハさんを結びつけるものは何もない。そんな失礼な質問をしても、クレハさんを困らせるだけだと思っていた。それにあの絵は父の部屋にあるから、そうそうお見せできるものでもない」

「それは……、もしかして私の祖母なのでしょうか?」

 クレハの言葉にルクスは上品な笑みを浮かべ、息子に視線を向けた。

「その前にノア、クレハさんの母君から聞いたという話を、順序だてて話してくれないだろうか? 私としてもすべてを知った上で、決断を下したい」

「はい、父上」

 ルクスに言われ、ノアは病院でカエデから聞いた話をゆっくりと語り出す。

 イリヤとモミジが遥か東国アカツキで出会ったこと。
 そこから織りなす数奇な運命が、自分の代まで続いているということを――。

 息子の説明に父はじっと耳を傾け、時折りクレハに視線をやる。

 これから盛夏を迎えようとしている日差しは、ウェズブルク家の大きな窓から強い光を室内に投げかけていた。
 レースのカーテンで遮られたそれは、三人を強く焼くことはない。

 だが上等な絨毯の上に濃く落とされた影は、ノアが話す現実のようにハッキリとした形を作っていた。

「ではやはり……。クレハさんは父が想っていた東国の女性の血筋だと……」

 ノアの説明を聞き終えて、ルクスはじっとクレハを見つめる。
 見つめられても、クレハは確固たるものを持っておらず、言葉も言い訳めいたものになってしまう。

「その……、すみません。なんだか……私は生まれてからこの国にいるので、祖母がいたアカツキという国のことをなにも知らないのです。けれど祖母が恋をして、ノアさまのお祖父さまは片目を失ってしまったとか……」

 実際自分は何も知らず、ただノアに恋をしただけだ。

 とはいえ、アカツキとエイダという遠く離れた東西の国を経て、祖母の代から関係があった。
 ノアの祖父が姫巫女と呼ばれる人物により片目を奪われたことも、祖母が関わったとなると申し訳ない気持ちになってしまう。

「いいえ。クレハさんはご自身が仰る通り、ただ純粋にこの国で生まれて偶然ノアを好いてくださった。父が片目を失くしたことなどは、あなたが責任を感じることはありません」

「……ありがとうございます」

 ルクスは相変わらず冷静で温厚で、その態度を貫いていることにクレハは心から感謝する。

 この父がいるからノアがいる。

 自分が好きになった一般市民にも他人種にも優しいノアという青年は、ルクスという完璧な紳士や、イーサンのような素晴らしい執事によって形成された。
 そのすべての環境、巡り合わせにクレハは感謝したいと思った。

「カエデさんは退院次第、我が家に招待するよう手配しておきます。きっと父も楽しみにすると思います」
「はい、ありがとうございます」

「その前に……、クレハさんだけでも父に会ってみませんか?」
「え?」

 ルクスの提案にクレハはきょとんと目を瞬かせ、ノアの顔を窺った。

「そうですね、お祖父さまは随分と長い間モミジさんを想い続けられた。モミジさんにそっくりだというクレハの顔を見て、少しでも気が休まれば……」

 ノアが頷いたのを見て、クレハもそれがいいような気がする。

「分かりました。イリヤさまにお目通りできればと思います」
「では、行きましょう。父は屋敷の西の端にいます」

 ルクスが立ち上がり、ノアとクレハもそれに倣う。





 部屋から廊下に出ると、控えていたイーサンも三人のあとをついてきた。
 歩きながら、ノアは隣を歩くクレハに笑いかける。

「僕、本当はお祖父さまと、君のお祖母さまかもしれない人を夢でみたんだ」
「本当ですか?」

「夢の狭で……、お祖父さまとモミジさんと思われる女性は、笑い合って本当に幸せそうだった。夢だったから二人がどうなったのかは分からない。けれど悲しそうな女性の感情が僕に流れ込んできて――。この恋は叶わなかったのだなと僕も感じたんだ」

「どうして……そんな夢をみたんでしょう? 血の記憶?」

「僕が思うに、君の中にあるサキュバスの血が、僕にそういう夢を見させたのかもしれない。君と一緒に寝て幸せな夢を今まで何度もみた。そんななか、君の能力だからこそ、僕らに関わる二人が登場したのかもしれない」

 歩きながらノアはクレハの手を握り、その手をクレハもキュッと握り返した。
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