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夢~裸にされた心

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 心地いい闇の中で、ノアは自分に似た男性とクレハによく似た女性の姿を見ていた。

 女性は見るからに東の国にルーツがあるだろう艶やかな黒髪に、彼女は金や鼈甲、珊瑚の髪飾りを挿していた。
 色鮮やかに染められた着物を着て、ノアが見たことのない様式の立派な建物の中をしずしずと歩いている。

 そんな彼女が愛しそうな目で見ているのは、自分によく似た若い男性だ。

 どうやら二人は、人の目を盗んで逢瀬を重ねているようだった。
 夢のなかでさえも二人のお互いを想い合う気持ちが伝わり、思わず自分も嬉しくなる。

 こっそりと会わないとならない立場が、なおさら互いへの気持ちを高めていた。

 けれどその二人の恋が上手くいかなかったのは、次のシーンで女性が一人シクシクと泣いている姿を見て察した。
 身が引き裂かれるような悲しみを感じ、ノアの心も涙を流す。

 夢の中でノアはぼんやりと、相手の男性はどうしたのだろう? と思いながら、また眠りの闇へ落ちていってしまった。



**



 優しい感触がしてクレハが身じろぎをすると、誰かがクスッと笑う気配がし、髪を撫でられる。

「……母さん……」

 母が心配で母の夢を見ていたのか、クレハの唇はそう呟く。
 すると髪を撫でる手はピタッと止まり、フフフッと小さく笑いをこらえる声がした。

「……ん?」

 あまりにも耳元で笑う声が楽しそうで、クレハの意識はゆっくりと現実へと戻ってゆく。
 目を開くと、薄暗い天蓋の中でノアがおかしそうに笑っているのが見える。

「ノア……さま?」

 そう呟くにも声を出し過ぎた喉は嗄れかかっていて、最初の音はかすれてしまった。

「ん、ごめん。喉が渇いているね」

 燃え盛る炎のような情熱を見せていた先ほどとは違い、ノアはいつもの紳士さを取り戻している。

 甘い堕落の時間を思い出して、クレハはそっと自分の腹部に触れた。
 ノアの情熱を受け取った腹部に、早くも新しい命が宿ったような気がしたのだ。

 起き上がったノアはベッドサイドにある水差しを呷り、そのままクレハに唇を合わせる。

「ん……、く」

 口の中に水が入り込み、寝転んだままクレハは水を嚥下した。
 水はクレハの喉を癒やし、喉を通り過ぎた水は体内に水の道を作ったような気がする。

「大丈夫?」

 口端から垂れてしまった水を舐めとり、ノアは嫣然と微笑んだ。
 その琥珀色の目は、落ち着きを取り戻していた。
 もうあの興奮しきった彼はいないのだと思うと、クレハは不思議になる。

「ノアさま……、もういつも通りなんですね」
「ん?」

「愛してくださっている時、いつも別人のようだと感じます。まるでノアさまの中に別の誰かがいるみたい」
「それは穿った考え方だ。僕は僕だよ」

 目を細めて優しく笑うと、ノアはまたクレハの黒髪を優しく撫で続ける。

「……ただ、今回はいつもより燃え上がったのは確かだね。君に媚薬を与えて、僕は嫉妬という危険な媚薬を飲んだ」
「しっと……」

 彼がオーウェンに妬いていることを思い出し、クレハは胸の中にじわっと黒い染みが広がるのを感じた。

 きっとそれに名を付けるのなら、罪悪という名なのだろう。
 自分がオーウェンを異性として見ていなくても、ノアはそう捉えてしまっている。

 だがそれも責めることはできない。

 もしノアの隣に貴族の可愛らしい少女がいて、ノアとその少女が仲良く「友人として」話していたとしても――。
 自分は絶対に妬いてしまうと思う。

 たとえノアが二人の間には友情しかないと言っても、自分はそれを「分かっている」と思いつつやはり嫉妬してしまうのだろう。

 だから、ノアの気持ちは分かるつもりなのだ。

「……怒っていますか?」
「……怒ってはいないよ。ただ、自分が情けないのと……。君をどこかに閉じ込めてしまいたいという、狂ったような強い想いがある」

「…………」

 ――嬉しい。

 心の奥底で、クレハはそう思ってしまった。
 自分には閉じ込められて嬉しいと思う性癖はないし、ノアもそういう人ではないと思う。
 だがそう思うほど自分を想ってくれているのだと思うと、ノアの気持ちの強さが分かるような気がする。

「私は……、ノアさまが望む限り、あなたのものです」

 知らずと鼻がツンとして、目には涙が滲んでいた。
 クレハの潤んだ目を見て、ノアは不思議そうに目を瞬かせる。

「どうしたんだ? クレハ。僕は何か君を……」

 傷付けたか、不安にさせたかと思うノアの視線の先で、クレハは目を細めて笑ってみせた。

「いえ……、私、家族以外の人にこんなに求められたの、初めてで。……嬉しいんです」

 クレハが思いのほか幸せそうな笑みを浮かべたのに、ノアは呆けた顔になってから安堵する。
 零れた涙を指先で拭いながら、クレハは言葉を続けた。

「私……、本当は強がっていたんだと思います。大学に一人でいるのも、『ここは勉強する場所なんだから、友達なんて作らなくていいんだ』って思っていたんです。でも本当はランチを一人で食べるのも寂しくて……、話をする相手は教授たちばかり。本当は私も、友達と一緒に笑い合ったり、どこかへ寄り道したりしたかった」

 それは、初めてクレハが他人に見せた弱さだった。
 涙は静かに流れ、うれし涙なのかそれとも違うものなのか、ノアには推し量ることしかできない。

「慣れるとそうでもないんですが、結構堪えるんです。通り過ぎ様にヒソヒソ言われたり、笑われたり。何か物をぶつけられることもありました。心を閉ざしてしまえばダメージは軽減されますが、それは本当の私ではない……」

 クレハの心の傷は、まだ赤く濡れたままだ。
 現在進行形で彼女は大学に通い、その差別を受け続けている。

「けど、私は母が東洋人の人間であることも、父がインキュバスであることも、恥じたり責めたりする気持ちは持ったことがありません。だって、私は悪くない。私の存在が悪いだなんて……、誰にも言わせません。私の大事な両親が、『宝物だ』と言ってくれる私が、間違えた存在のはずがないんです……っ」

 クレハの声は震え、熱く強い気持ちも震えていた。

 恐らく今までもそうやって自分自身に言い聞かせてきただろうことを察し、ノアはそっとクレハを抱き締めた。
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