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雨が近付けた距離2 ☆

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 柔らかい唇が額に温かな印をつけていった気がし、クレハは呆然として目の前のノアを見る。

「な……なに……」

「これは君が僕に恋をするまじないだ。恋をすると女性は綺麗になるらしい。そんな君を僕は見てみたいし、君が相手ならいい恋ができそうな気がする」

 恋と言われてクレハはますます目を大きく瞠り、その朱唇はわなないてしばらくまともな言葉を発することができない。

「な……なな……、だってあなたさっき私と友人にって……、それに、あなた貴族でしょう?」

 すっかりノアにかき乱され、混乱しているクレハは、涙目にすらなっていた。
 だが、ノアもケロリとして引かない。

「だって僕は君に恋をした。君に好いてもらいたいと思うのは、当然じゃないか」
「すっ……好い……っ」

「まったく君は面白い人だね、当然のように生娘だろうね?」
「当たり前です!」

 悪びれもしないノアの言葉にとうとうクレハは爆発して大きな声を出し、必死になってソファの端まで逃げる。

「な……っ、な、何なの!? あなた!」

「僕のことなら色々教えたじゃないか。僕はノア。初めて身内以外の者……それも人間の女性に脱がされて、そんな変わった女性に恋をした、普通の男だよ」

「う……、う、……うぅ」

 急に目の前の年下の少年が一気に色気を帯びたような気がして、クレハは雰囲気に呑まれていた。
 今まで男性に「魅力的」だとか「好き」だとか言われたことは皆無で、ましてやこんな風に迫られたことなどないのだ。

 ほんの少しだけ衣服の上から触れられた胸は、まだその部分が熱を持ってジンジンしているような気がする。

(私……、どうしちゃったのかしら……)

 そんなクレハの動揺などおかまいなしに、ノアはさらに距離を詰めてこようとする。

「君は? 僕のことどう思っている? 恋人になれそうかい?」
「そっ、それはっ……、そんっ、そそそそ……あのうっ」

 まともに口がまわらないクレハの顎を固定し、ノアは琥珀色の目をスッと細めて顔を寄せた。

「僕を脱がせたお詫びに、君の唇をもらおうか」

 そして先ほどクレハの額におりた唇は、今度こそ彼女の唇に柔らかく重なった。

「ん……」

 唇にふにゅっと柔らかいものが触れて、それだけでクレハは自分の体の奥に知らない灯が灯ったのを感じた。

(――なに、これ……)

 何度も重なるノアの唇はマシュマロのようにふわふわとしていて、クレハの唇をついばむ度に頭がクラクラする。

「ふぁ……あ、あ……、ん、む」

 気が付けばクレハは鼻に掛かった声を出し、必死にノアに縋り付いていた。
 と、唇の間からノアの舌がチロリと出て、クレハの唇の輪郭をなぞってゆく。

「――ひっ、あ、ぁ、……あ」

 ゾクゾクとした感覚が全身をはしり、クレハは無意識に腰を左右に振ってそれを解消しようとしていた。

「おや、色っぽい腰つきだ」
「や、やぁ……」

 目の前で妖艶に細められる琥珀色を見つめると、もうそこから目が離すことのできない魔法にかかってしまったようだ。
 トロリとした蜂蜜にも似た色で、光り輝く小麦の穂のようにも思える。とても綺麗で、幻想的で、いつまでも見ていたくなる色。
 次にノアはクレハの耳を食み、丸い耳の輪郭を舌先でチロチロと舐める。

「ふ……っ、あぁ!」

 耳に吐息が入り込み、クレハの唇から大きな声が漏れた。
 それに加え、ノアの指はクレハの胸の先端をコリコリといじり回す。刺激を受けて、クレハの先端はすぐにプクッと膨れてしまった。

「やぁ……っ、ん。や……っ」

 愛撫というものを受けたことのないクレハは、自分が出す声に驚きつつも、それを制御することができない。
 いつのまにかクレハの目は濡れて、次にどんな刺激をもらえるのか期待をまとっていた。

「……ふふ、僕の肌を見た代金は支払ってもらったよ」

 が、ノアはそう言ってあっさりと体を離してしまった。あとには脳天をとろけさせたクレハが、脱力してのびている。

「そんなに気持ちよかったかい?」

 先ほど取り上げられてしまった彼女の三つ編みをまた手に取ると、ポンポンと弄びながらクレハの顔を覗き込む。

「な……、なに、……いまの……」

「キスを知らないかい?」
「きす!」

 そう叫んでクレハは弾かれたように起き上がり、自分の唇を押さえながらまだ赤い顔でノアを盗み見する。

「どうかな、これで僕に少しは興味を持ってもらえただろうか?」
「ずるい……」

 先ほどはあの琥珀色の目に吸い込まれそうだったのに、今は恥ずかしくて顔を合わせることができない。

 今までの生活から一転したこの日を、なんと名付けたらいいのだろう――?

 そう思いながら、クレハはそのあともノアにちょっかいをかけられては、過敏な反応をみせていた。
 やがて寝る時間になると、ノアはクレハの父が使っていた部屋に通され、そこで眠るようにと言われる。

「心細くないように、少しの間ランプを点けておくわね」

 チェストの上に温かなランプの光があり、ドアの向こうへクレハのシルエットが去ってゆく。

「明日、朝ご飯を食べたらちゃんと帰るのよ? 私も母さんのお見舞いに行かないとならないから。おやすみなさい」

 冷静さを取り戻した頭は、また母の事故を思って頭を悩ませているようだった。

 静かにドアを閉め、足音を忍ばせて自分の部屋へ向かうクレハの気配を、ノアは目を閉じてじっと感じていた。



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