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悪くないかも (完)
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一家の負債は、すでに暁人が肩代わりした。
芳乃はそれを〝返済〟するために〝大人の恋人ごっこ〟をすると承諾したのだが、結局それは暁人が彼女を手に入れるための方便だった。
好きな女性のためなら幾らでも金を払うし、ボロボロになっている彼女を手元に置き、愛し、代わりに芳乃の手料理を食べられるのならそれ以上の事はない。
結婚するなら借金などないも同然、共有財産だと言い張り、結局芳乃は折れてくれた。
彼女の母も弟も、暁人が芳乃の教え子だと知り、不思議な巡り合わせがあるものだと言っていたが、最終的に芳乃が幸せになるのなら……と、祝福してくれた。
また暁人の家族も、彼女については前々からしつこく申し出ていたため、芳乃の気持ちを歪めていないのなら……と、頷いてくれた。
目下、二人は来年の結婚式に向けて諸々準備を進めている途中だ。
今はクリスマス目前で、二人で楽しい計画を立てている。
一年前の芳乃のクリスマスが散々なものだと知っていたからこそ、暁人は自分と付き合った最初の年末年始は、忘れられないものにしてあげたいと思っていた。
とはいえ、年末年始は一年で一番忙しいと言っていい。
なので、それが落ち着いたあとの一月の休みを、ゆっくり過ごそうと計画している。
「ウエディングドレス用の下着もあるんだろ? 俺は知っている……」
「んもぉ、そういう所はしっかりしてるんだから」
芳乃はクスクス笑い、暁人の腕を叩く。
「愛してるよ、芳乃」
彼女の耳元で囁き、暁人は芳乃の顎に手を添えて振り向かせるとキスをする。
しばし彼女の唇を味わったあと、暁人はカタログを横に置き芳乃を押し倒した。
「……もぉ……。見てる途中なのに……」
ニットワンピースの裾から手を入れると、芳乃が恥じらう。
滑らかな素肌を掌で感じながら、暁人は愛しい女性の香りをそっと吸い込み耽溺した。
三年前、芳乃がNYに発ったと知ったあと、すぐに現地にいる知り合いに連絡をしてあちらへ向かう口実を作った。
そして部下に調べさせ芳乃が〝ターナー&リゾーツ〟に就職したと掴むと、徹底的に経営者一族を調べた。
暁人は日本のホテル業界の御曹司であるが、海外にも友人は多く、出張の時は様々な人と会い情報を得ていた。
彼らの情報にも助けられ、どうやら長男のウィリアムというのは相当な放蕩息子だと理解した。
仕事は一応できるものの、会社を大きく成長させるほどの器ではない。
逆に兄の性格に抑圧されている弟のマーティンの方が、とても優秀で未来を見据えた堅実的な考え方をしているという。
やがて芳乃はウィリアムの毒牙に引っ掛かってしまい、暁人は彼を排除する事を考えた。
その時に手を組もうと思ったのがマーティンだ。
友人に協力してもらってマーティンと接触すれば、彼自身やりたい事は多々あるものの、すべて兄に邪魔されてうまく立ち振る舞えないでいる状況だと知った。
このままでは〝ターナー&リゾーツ〟はいずれ落ち目になってしまうと憂慮するマーティンに、暁人は〝協力〟を求めた。
グレースを含めるすべての事情を話し、ウィリアムが破滅に導かれたあと、彼の代わりとなるよう、〝成功〟を掴んでNYに戻れば、実力主義だという彼の父親も考えを改めるだろう。
かくして暁人はグレース、マーティンの協力を得てウィリアムを排除する事に成功した。
あとは日本でゆっくりと、愛しい女性と共に過ごすのみだ。
「……そうだ」
首筋に暁人の唇を受け、色っぽい吐息をついていた芳乃は、彼が途中で顔を上げたので不思議そうに瞬きをする。
暁人はズボンのポケットに手を入れ、何かを取り出す。
「これ、あげる」
「何……?」
差し出されたのは、細長い箱だ。
ハイブランドのエンブレムがついたそれを開けると、口紅が出てきた。
キュポ、と音を立ててキャップを開き、底をひねってどんな色なのか確認する。
「あ……」
せり上がってきたのは、美しい赤だ。
「以前、芳乃は自分に『似合わない』と思って、もう濃い色の口紅はつけなくなったんだと言ったね?」
サラリと髪を撫でられ、芳乃は微妙な顔で微笑む。
「でも俺は、君の美貌には濃い色のルージュも似合うと思うんだ。今度は俺のために、プライベートでつけてほしい」
言われて、心の底から喜びがこみ上げる。
一度は失意にまみれて諦めたものを、彼はすくい上げて再び差し出してくれた。
「つけていい? 俺が直接化粧品売り場に行って、芳乃に似合うと思った色を買って来たんだ」
「暁人が化粧品売り場に行ったの?」
さぞ見られただろうなと思い、芳乃は思わず笑う。
その笑顔を、暁人は愛しげに見つめてくる。
「少し口を開いて」
言われた通りに唇を半開きにすると、暁人が唇の輪郭に沿って塗ったあと、残った部分は縦にちょんちょんと塗り潰してくる。
「鏡、見て」
暁人がベッドから下りると、手鏡を持ってすぐに戻って来た。
「ん……」
鏡の中には、くっきりとした眉にアーモンド型の目、それにハッキリした色だけれど、主張しすぎない綺麗な赤い唇の自分が映っている。
「……悪く、ない、……かも」
思わずそんな言葉が漏れた。
「『悪くない』じゃなくて、似合ってるんだよ」
暁人は芳乃の手からやんわりと手鏡を取り上げ、脇に置く。
そして塗ったばかりの唇にキスをしてきた。
「あっ!」
思わず彼の肩を押すと、暁人の唇にはルージュが移ってしまっている。
「もぉぉ……」
自分の口元も乱れているだろう事を思い、芳乃はうなる。
そんな彼女を見て、暁人は悪戯っぽく笑うと再びキスをしてきた。
完
芳乃はそれを〝返済〟するために〝大人の恋人ごっこ〟をすると承諾したのだが、結局それは暁人が彼女を手に入れるための方便だった。
好きな女性のためなら幾らでも金を払うし、ボロボロになっている彼女を手元に置き、愛し、代わりに芳乃の手料理を食べられるのならそれ以上の事はない。
結婚するなら借金などないも同然、共有財産だと言い張り、結局芳乃は折れてくれた。
彼女の母も弟も、暁人が芳乃の教え子だと知り、不思議な巡り合わせがあるものだと言っていたが、最終的に芳乃が幸せになるのなら……と、祝福してくれた。
また暁人の家族も、彼女については前々からしつこく申し出ていたため、芳乃の気持ちを歪めていないのなら……と、頷いてくれた。
目下、二人は来年の結婚式に向けて諸々準備を進めている途中だ。
今はクリスマス目前で、二人で楽しい計画を立てている。
一年前の芳乃のクリスマスが散々なものだと知っていたからこそ、暁人は自分と付き合った最初の年末年始は、忘れられないものにしてあげたいと思っていた。
とはいえ、年末年始は一年で一番忙しいと言っていい。
なので、それが落ち着いたあとの一月の休みを、ゆっくり過ごそうと計画している。
「ウエディングドレス用の下着もあるんだろ? 俺は知っている……」
「んもぉ、そういう所はしっかりしてるんだから」
芳乃はクスクス笑い、暁人の腕を叩く。
「愛してるよ、芳乃」
彼女の耳元で囁き、暁人は芳乃の顎に手を添えて振り向かせるとキスをする。
しばし彼女の唇を味わったあと、暁人はカタログを横に置き芳乃を押し倒した。
「……もぉ……。見てる途中なのに……」
ニットワンピースの裾から手を入れると、芳乃が恥じらう。
滑らかな素肌を掌で感じながら、暁人は愛しい女性の香りをそっと吸い込み耽溺した。
三年前、芳乃がNYに発ったと知ったあと、すぐに現地にいる知り合いに連絡をしてあちらへ向かう口実を作った。
そして部下に調べさせ芳乃が〝ターナー&リゾーツ〟に就職したと掴むと、徹底的に経営者一族を調べた。
暁人は日本のホテル業界の御曹司であるが、海外にも友人は多く、出張の時は様々な人と会い情報を得ていた。
彼らの情報にも助けられ、どうやら長男のウィリアムというのは相当な放蕩息子だと理解した。
仕事は一応できるものの、会社を大きく成長させるほどの器ではない。
逆に兄の性格に抑圧されている弟のマーティンの方が、とても優秀で未来を見据えた堅実的な考え方をしているという。
やがて芳乃はウィリアムの毒牙に引っ掛かってしまい、暁人は彼を排除する事を考えた。
その時に手を組もうと思ったのがマーティンだ。
友人に協力してもらってマーティンと接触すれば、彼自身やりたい事は多々あるものの、すべて兄に邪魔されてうまく立ち振る舞えないでいる状況だと知った。
このままでは〝ターナー&リゾーツ〟はいずれ落ち目になってしまうと憂慮するマーティンに、暁人は〝協力〟を求めた。
グレースを含めるすべての事情を話し、ウィリアムが破滅に導かれたあと、彼の代わりとなるよう、〝成功〟を掴んでNYに戻れば、実力主義だという彼の父親も考えを改めるだろう。
かくして暁人はグレース、マーティンの協力を得てウィリアムを排除する事に成功した。
あとは日本でゆっくりと、愛しい女性と共に過ごすのみだ。
「……そうだ」
首筋に暁人の唇を受け、色っぽい吐息をついていた芳乃は、彼が途中で顔を上げたので不思議そうに瞬きをする。
暁人はズボンのポケットに手を入れ、何かを取り出す。
「これ、あげる」
「何……?」
差し出されたのは、細長い箱だ。
ハイブランドのエンブレムがついたそれを開けると、口紅が出てきた。
キュポ、と音を立ててキャップを開き、底をひねってどんな色なのか確認する。
「あ……」
せり上がってきたのは、美しい赤だ。
「以前、芳乃は自分に『似合わない』と思って、もう濃い色の口紅はつけなくなったんだと言ったね?」
サラリと髪を撫でられ、芳乃は微妙な顔で微笑む。
「でも俺は、君の美貌には濃い色のルージュも似合うと思うんだ。今度は俺のために、プライベートでつけてほしい」
言われて、心の底から喜びがこみ上げる。
一度は失意にまみれて諦めたものを、彼はすくい上げて再び差し出してくれた。
「つけていい? 俺が直接化粧品売り場に行って、芳乃に似合うと思った色を買って来たんだ」
「暁人が化粧品売り場に行ったの?」
さぞ見られただろうなと思い、芳乃は思わず笑う。
その笑顔を、暁人は愛しげに見つめてくる。
「少し口を開いて」
言われた通りに唇を半開きにすると、暁人が唇の輪郭に沿って塗ったあと、残った部分は縦にちょんちょんと塗り潰してくる。
「鏡、見て」
暁人がベッドから下りると、手鏡を持ってすぐに戻って来た。
「ん……」
鏡の中には、くっきりとした眉にアーモンド型の目、それにハッキリした色だけれど、主張しすぎない綺麗な赤い唇の自分が映っている。
「……悪く、ない、……かも」
思わずそんな言葉が漏れた。
「『悪くない』じゃなくて、似合ってるんだよ」
暁人は芳乃の手からやんわりと手鏡を取り上げ、脇に置く。
そして塗ったばかりの唇にキスをしてきた。
「あっ!」
思わず彼の肩を押すと、暁人の唇にはルージュが移ってしまっている。
「もぉぉ……」
自分の口元も乱れているだろう事を思い、芳乃はうなる。
そんな彼女を見て、暁人は悪戯っぽく笑うと再びキスをしてきた。
完
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