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終わりと始まり
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《少なくとも、私は一時的にしろウィルを愛していたわ。けれど不安もあったからこそ、女の影があると知ると彼に厳しく当たり、あなたにもきつい態度を取ってしまった。浮気相手と思っていたとはいえ、暴力は良くなかったわ。ごめんなさい》
誠実に謝罪するスカーレットを見て、芳乃は彼女もまた犠牲者なのだと理解した。
《あなたの謝罪を受け入れます。私こそ、知らなかったとはいえあなたの婚約者と関係を持ってしまい、すみませんでした》
芳乃の謝罪に、スカーレットは《もういいわ》と緩く首を横に振る。
《お互い、男運がなかったですね。あなたに幸運がありますように》
微笑みかけると、彼女も苦笑いを返してくれた。
《こちらのホテルを手配致しました。ハイヤーを呼びますので、ロビーでお待ちください》
《ありがとう》
最後に、くっきりとした色のルージュを塗った彼女は美しく微笑み、去って行った。
木下は隣で他の客の対応をしながらも、二人のやり取りを聞いていたのだろうが、特に何も言わなかった。その気遣いがありがたい。
(あとからグレースさんから連絡があるはず。楽しそうな人だし、夜が待ち遠しいな)
これで問題はすべて片付いた。
そう思っていたが、エレベーターが一基、一階に着いたかと思うと、中から髪を乱したウィリアムが出てきた。
彼の顔色は悪く、目は血走っていてあきらかに様子がおかしい。
ウィリアムは周囲を見回したあと、芳乃を見つけて一目散にこちらにやってくる。
芳乃は体を強ばらせ、彼の襲来を待つしかない。
(フロントとして、誠実に対応しなければ!)
覚悟を決め、ぐっとお腹の底に力を入れた時――。
《どうかなさいましたか?》
いつの間にこちらに来たのか、芳乃の前に立ちはだかるようにして暁人が立った。
《お前……》
獰猛な野獣のようにうなるウィリアムに、暁人は微笑みを浮かべる。
《いつマーティンと話した? 神楽坂グループが所有する、都心の一等地に建つホテルをターナーに売却するなんて初耳だし、その手柄が弟のものになるなんていうのも初耳だ!》
ウィリアムの問いに、暁人はうっすら微笑んだ。
《マーティンさんとは、三年前から付き合いがあり、友人です。私は仕事でNYに行く事がありましたが、その時に知り合いになり意気投合しました》
《だからといって、COOの僕を差し置いてビジネスの話をする事はないだろう!》
怒鳴りつけるウィリアムに、暁人は残念そうな笑みを浮かべた。
《人は誰しも、信頼できる相手とビジネスをしたいでしょう? 芳乃を弄び、幼馴染みを追いかけ回すあなたには、ご相談できないと判断しました》
《この野郎……っ!》
ウィリアムが声を荒げた時、彼のポケットでスマホが着信を告げた。
今頃NYは深夜前だ。
グレースからの連絡が向こうに届いたなら、その日のうちに連絡をしてくると暁人は踏んでいた。
《も……、もしもし、父さん?》
スマホを耳に宛がい、幾ばくかの冷静さを取り戻したウィリアムは、電話に応じる。
相手は父親のようだ。
彼はしばらく父親の言う事に頷いていたが、目をまん丸にして言葉を失う。
《COOを解任!? どうして……!》
顔面蒼白になった彼は、暁人と芳乃の事など頭から飛んでいったように、ロビーの隅に歩を進め電話を続ける。
その時にはもうすでに、ホテルスタッフがスカーレットに《ハイヤーが到着致しました》と案内をし、彼女は立ち去ったあとだった。
暁人はフロントにいる愛しい彼女をチラッと見て、会釈をし微笑む。
(安心して大好きな仕事をしていいよ。あなたの事は俺が一生守る)
視線を外に移すと、秋の日差しを浴びてホテル前の木々が葉を揺らしている。
自分の王国の美しさへの讃美、そして愛しい女性が望んだ業界に君臨する誇りを持って、暁人は悠然と笑った。
**
「これはどう?」
「いいんじゃないかな? 芳乃の品のある美しさに映えそうだ」
「もう。さっきからそういう事ばっかり言って、真剣に考えてくれないんだから」
二人はウエディングドレスのカタログを覗き込み、いちゃいちゃしながらどのドレスがいいかを話し合っている。
暁人はベッドの上で芳乃を背後から抱き締め、彼女が広げるカタログを見ている。
正直、彼女がどれを着たとしても、「素晴らしい」以外の言葉が出ない。
なので役立たず同然だった。
その後、芳乃の母と弟ともきちんと話し、二人に芳乃と結婚したいと思っている旨を伝えた。
誠実に謝罪するスカーレットを見て、芳乃は彼女もまた犠牲者なのだと理解した。
《あなたの謝罪を受け入れます。私こそ、知らなかったとはいえあなたの婚約者と関係を持ってしまい、すみませんでした》
芳乃の謝罪に、スカーレットは《もういいわ》と緩く首を横に振る。
《お互い、男運がなかったですね。あなたに幸運がありますように》
微笑みかけると、彼女も苦笑いを返してくれた。
《こちらのホテルを手配致しました。ハイヤーを呼びますので、ロビーでお待ちください》
《ありがとう》
最後に、くっきりとした色のルージュを塗った彼女は美しく微笑み、去って行った。
木下は隣で他の客の対応をしながらも、二人のやり取りを聞いていたのだろうが、特に何も言わなかった。その気遣いがありがたい。
(あとからグレースさんから連絡があるはず。楽しそうな人だし、夜が待ち遠しいな)
これで問題はすべて片付いた。
そう思っていたが、エレベーターが一基、一階に着いたかと思うと、中から髪を乱したウィリアムが出てきた。
彼の顔色は悪く、目は血走っていてあきらかに様子がおかしい。
ウィリアムは周囲を見回したあと、芳乃を見つけて一目散にこちらにやってくる。
芳乃は体を強ばらせ、彼の襲来を待つしかない。
(フロントとして、誠実に対応しなければ!)
覚悟を決め、ぐっとお腹の底に力を入れた時――。
《どうかなさいましたか?》
いつの間にこちらに来たのか、芳乃の前に立ちはだかるようにして暁人が立った。
《お前……》
獰猛な野獣のようにうなるウィリアムに、暁人は微笑みを浮かべる。
《いつマーティンと話した? 神楽坂グループが所有する、都心の一等地に建つホテルをターナーに売却するなんて初耳だし、その手柄が弟のものになるなんていうのも初耳だ!》
ウィリアムの問いに、暁人はうっすら微笑んだ。
《マーティンさんとは、三年前から付き合いがあり、友人です。私は仕事でNYに行く事がありましたが、その時に知り合いになり意気投合しました》
《だからといって、COOの僕を差し置いてビジネスの話をする事はないだろう!》
怒鳴りつけるウィリアムに、暁人は残念そうな笑みを浮かべた。
《人は誰しも、信頼できる相手とビジネスをしたいでしょう? 芳乃を弄び、幼馴染みを追いかけ回すあなたには、ご相談できないと判断しました》
《この野郎……っ!》
ウィリアムが声を荒げた時、彼のポケットでスマホが着信を告げた。
今頃NYは深夜前だ。
グレースからの連絡が向こうに届いたなら、その日のうちに連絡をしてくると暁人は踏んでいた。
《も……、もしもし、父さん?》
スマホを耳に宛がい、幾ばくかの冷静さを取り戻したウィリアムは、電話に応じる。
相手は父親のようだ。
彼はしばらく父親の言う事に頷いていたが、目をまん丸にして言葉を失う。
《COOを解任!? どうして……!》
顔面蒼白になった彼は、暁人と芳乃の事など頭から飛んでいったように、ロビーの隅に歩を進め電話を続ける。
その時にはもうすでに、ホテルスタッフがスカーレットに《ハイヤーが到着致しました》と案内をし、彼女は立ち去ったあとだった。
暁人はフロントにいる愛しい彼女をチラッと見て、会釈をし微笑む。
(安心して大好きな仕事をしていいよ。あなたの事は俺が一生守る)
視線を外に移すと、秋の日差しを浴びてホテル前の木々が葉を揺らしている。
自分の王国の美しさへの讃美、そして愛しい女性が望んだ業界に君臨する誇りを持って、暁人は悠然と笑った。
**
「これはどう?」
「いいんじゃないかな? 芳乃の品のある美しさに映えそうだ」
「もう。さっきからそういう事ばっかり言って、真剣に考えてくれないんだから」
二人はウエディングドレスのカタログを覗き込み、いちゃいちゃしながらどのドレスがいいかを話し合っている。
暁人はベッドの上で芳乃を背後から抱き締め、彼女が広げるカタログを見ている。
正直、彼女がどれを着たとしても、「素晴らしい」以外の言葉が出ない。
なので役立たず同然だった。
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