上 下
62 / 63

終わりと始まり

しおりを挟む
《少なくとも、私は一時的にしろウィルを愛していたわ。けれど不安もあったからこそ、女の影があると知ると彼に厳しく当たり、あなたにもきつい態度を取ってしまった。浮気相手と思っていたとはいえ、暴力は良くなかったわ。ごめんなさい》

 誠実に謝罪するスカーレットを見て、芳乃は彼女もまた犠牲者なのだと理解した。

《あなたの謝罪を受け入れます。私こそ、知らなかったとはいえあなたの婚約者と関係を持ってしまい、すみませんでした》

 芳乃の謝罪に、スカーレットは《もういいわ》と緩く首を横に振る。

《お互い、男運がなかったですね。あなたに幸運がありますように》

 微笑みかけると、彼女も苦笑いを返してくれた。

《こちらのホテルを手配致しました。ハイヤーを呼びますので、ロビーでお待ちください》

《ありがとう》

 最後に、くっきりとした色のルージュを塗った彼女は美しく微笑み、去って行った。

 木下は隣で他の客の対応をしながらも、二人のやり取りを聞いていたのだろうが、特に何も言わなかった。その気遣いがありがたい。

(あとからグレースさんから連絡があるはず。楽しそうな人だし、夜が待ち遠しいな)

 これで問題はすべて片付いた。

 そう思っていたが、エレベーターが一基、一階に着いたかと思うと、中から髪を乱したウィリアムが出てきた。

 彼の顔色は悪く、目は血走っていてあきらかに様子がおかしい。

 ウィリアムは周囲を見回したあと、芳乃を見つけて一目散にこちらにやってくる。

 芳乃は体を強ばらせ、彼の襲来を待つしかない。

(フロントとして、誠実に対応しなければ!)

 覚悟を決め、ぐっとお腹の底に力を入れた時――。

《どうかなさいましたか?》

 いつの間にこちらに来たのか、芳乃の前に立ちはだかるようにして暁人が立った。





《お前……》

 獰猛な野獣のようにうなるウィリアムに、暁人は微笑みを浮かべる。

《いつマーティンと話した? 神楽坂グループが所有する、都心の一等地に建つホテルをターナーに売却するなんて初耳だし、その手柄が弟のものになるなんていうのも初耳だ!》

 ウィリアムの問いに、暁人はうっすら微笑んだ。

《マーティンさんとは、三年前から付き合いがあり、友人です。私は仕事でNYに行く事がありましたが、その時に知り合いになり意気投合しました》

《だからといって、COOの僕を差し置いてビジネスの話をする事はないだろう!》

 怒鳴りつけるウィリアムに、暁人は残念そうな笑みを浮かべた。

《人は誰しも、信頼できる相手とビジネスをしたいでしょう? 芳乃を弄び、幼馴染みを追いかけ回すあなたには、ご相談できないと判断しました》

《この野郎……っ!》

 ウィリアムが声を荒げた時、彼のポケットでスマホが着信を告げた。

 今頃NYは深夜前だ。

 グレースからの連絡が向こうに届いたなら、その日のうちに連絡をしてくると暁人は踏んでいた。

《も……、もしもし、父さん?》

 スマホを耳に宛がい、幾ばくかの冷静さを取り戻したウィリアムは、電話に応じる。
 相手は父親のようだ。
 彼はしばらく父親の言う事に頷いていたが、目をまん丸にして言葉を失う。

《COOを解任!? どうして……!》

 顔面蒼白になった彼は、暁人と芳乃の事など頭から飛んでいったように、ロビーの隅に歩を進め電話を続ける。
 その時にはもうすでに、ホテルスタッフがスカーレットに《ハイヤーが到着致しました》と案内をし、彼女は立ち去ったあとだった。

 暁人はフロントにいる愛しい彼女をチラッと見て、会釈をし微笑む。

(安心して大好きな仕事をしていいよ。あなたの事は俺が一生守る)

 視線を外に移すと、秋の日差しを浴びてホテル前の木々が葉を揺らしている。

 自分の王国の美しさへの讃美、そして愛しい女性が望んだ業界に君臨する誇りを持って、暁人は悠然と笑った。



**



「これはどう?」

「いいんじゃないかな? 芳乃の品のある美しさに映えそうだ」

「もう。さっきからそういう事ばっかり言って、真剣に考えてくれないんだから」

 二人はウエディングドレスのカタログを覗き込み、いちゃいちゃしながらどのドレスがいいかを話し合っている。

 暁人はベッドの上で芳乃を背後から抱き締め、彼女が広げるカタログを見ている。

 正直、彼女がどれを着たとしても、「素晴らしい」以外の言葉が出ない。

 なので役立たず同然だった。

 その後、芳乃の母と弟ともきちんと話し、二人に芳乃と結婚したいと思っている旨を伝えた。
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

義兄の執愛

真木
恋愛
陽花は姉の結婚と引き換えに、義兄に囲われることになる。 教え込むように執拗に抱き、甘く愛をささやく義兄に、陽花の心は砕けていき……。 悪の華のような義兄×中性的な義妹の歪んだ愛。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

ドSな彼からの溺愛は蜜の味

鳴宮鶉子
恋愛
ドSな彼からの溺愛は蜜の味

絶体絶命!!天敵天才外科医と一夜限りの過ち犯したら猛烈求愛されちゃいました

鳴宮鶉子
恋愛
絶体絶命!!天敵天才外科医と一夜限りの過ち犯したら猛烈求愛されちゃいました

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

ブラック企業を退職したら、極上マッサージに蕩ける日々が待ってました。

イセヤ レキ
恋愛
ブラック企業に勤める赤羽(あかばね)陽葵(ひまり)は、ある夜、退職を決意する。 きっかけは、雑居ビルのとあるマッサージ店。 そのマッサージ店の恰幅が良く朗らかな女性オーナーに新たな職場を紹介されるが、そこには無口で無表情な男の店長がいて……? ※ストーリー構成上、導入部だけシリアスです。 ※他サイトにも掲載しています。

処理中です...