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突然の客人とストーカー
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「俺はずっと、君と結婚したいと思っていた。本当は近年、見合いを勧められたりもしていたが、君以外の女性と付き合う気すらなかった。芳乃がうちのホテルの面接を受けてくれたあと、俺はすぐに祖父に芳乃との結婚の許可を得に行った。気が早いと思われるかもしれないけれど、今の俺ならきっと君に釣り合うと信じていた」
言い切ったあと、暁人は微妙な表情で笑う。
「勿論、君に恋人がいる可能性も考えていなかった訳じゃなかった。けれど結婚指輪はしていない。それにちょっとやそっとの相手がいても、俺に夢中にさせて奪う気すらあったんだ」
奪うと言われて、思わず芳乃は笑う。
「恋人がいたなら、俺は邪魔者になる。それでも諦められないと思ったし、ストーカーになるギリギリでも、正攻法で君に迫って俺を見てほしかった」
恋人、邪魔者という単語を聞いて、芳乃はウィリアムとスカーレットの事を思いだした。
グレースの件は解決したものの、二人にとって自分が邪魔者だった事実は変わらず、ホテルのスイートルームでスカーレットに責められた内容に何ら反論できない。
「私……、NYでウィルにプロポーズされたと思って浮かれていた。けど、レティさんにとっては私こそがウィルの浮気相手で、邪魔者だった。今日彼女にその事を責められて、私は自分がしてしまった事の罪深さを自覚した。……何も知らず、ただ彼を好きなだけのつもりだった。けど、『知らなかった』じゃ済まされないんだよね。彼が私に本気じゃなかった事にもっと早く気付いて、自分から距離を取るべきだった」
弱音を吐けば吐くほど、芳乃は自分を責めてしまう。
「それは芳乃の主観だろう? 第三者から見れば事実が異なる場合もある」
けれど暁人に言われ、目を丸くする。
「……何を、言ってるの?」
ポツリと呟いた芳乃に、暁人は目を細めて笑い、真実を教えた。
**
翌日出社すると、すぐに木下が気遣ってくれた。
「三峯さん、大丈夫ですか? 昨日、スイートルームのお客様に、酷い対応をされたって聞きましたが……」
彼女は自分の事のように悲しみ、心配してくれる。
「大丈夫です。ありがとう。今日からは気持ちを入れ替えて、きちんと働きます。昨日は急に抜けてしまって、ご迷惑をおかけしました」
バックヤードで頭を下げると、他のフロントも安堵したように笑顔を見せてくれた。
「無理しないでね」
同僚の温かさに感謝しつつ、芳乃は努めていつも通りに仕事を始めた。
暁人は午前十時を過ぎた頃に、ウィリアムとスカーレットの客室を訪れ、お詫びの品である菓子と花を渡した。
《昨日はうちのスタッフが、大変なご迷惑をおかけしました》
スカーレットはソファに座って脚を組んだまま、そっぽを向いて答える。
《たまたま泊まったホテルに、たまたまあの女がいただけだわ。私だって理不尽にあの女を解雇しろだなんて言わない。ただ、私がこのホテルに宿泊している間は、あの女の顔を見せてほしくない》
《かしこまりました》
その時、ウィリアムの電話が鳴った。
彼はスマホを一瞥して無視しかけたが、液晶に映った名前を見て目を見開く。
そしてスカーレットを見てから、スマホを手に取って立ち上がった。
《失礼》
ウィリアムは周囲を見回して声が届かない場所を探すと、部屋の奥へ速歩に歩いていった。
《あんなに慌てて何かしら……。仕事の急な報告にしては焦っていたけれど》
スカーレットは呟き、立ち上がるとスリッパを履いた足でウィリアムをつける。
だが彼が何を話しているのか知る前に、部屋のチャイムが鳴った。
すぐにスカーレットが反応し、《いま忙しいのに》と呟いてドアに向かう。
《ルームサービスは頼んでいないはずだけど、あなた何か頼んだ?》
通り過ぎさまに尋ねた彼女に、暁人は《私が応対します》とドアを開けた。
ドアの外に立っているのは、胸元までの金髪を巻き、黒縁眼鏡を掛けた美女だ。
《失礼。Mr.ターナーの部屋はここでいい?》
ブラウンのIラインワンピースを着た彼女は、ヒールの音を立てて室内に入ってくる。
《ちょっと! 何なのよあんた!》
女性はスーツを着た男性を数人引き連れ、堂々とスイートルームを歩き、奥から現れたウィリアムを見て目を細めた。
《Mr.ターナー。……いいえ、ウィル先輩? 長年にわたるあなたのストーカー行為にもう我慢できないので、長い時間を掛けてしっかりと証拠を掴んだ事だし、訴えさせて頂きますね。と報告しに来たわ》
ストーカー行為と聞いて、スカーレットは目を剥いて婚約者を見る。
《ウィル!?》
《ち、違うんだ! 彼女とは何も……》
女性はスカーレットに歩み寄ると、名刺を取り出して差し出した。
言い切ったあと、暁人は微妙な表情で笑う。
「勿論、君に恋人がいる可能性も考えていなかった訳じゃなかった。けれど結婚指輪はしていない。それにちょっとやそっとの相手がいても、俺に夢中にさせて奪う気すらあったんだ」
奪うと言われて、思わず芳乃は笑う。
「恋人がいたなら、俺は邪魔者になる。それでも諦められないと思ったし、ストーカーになるギリギリでも、正攻法で君に迫って俺を見てほしかった」
恋人、邪魔者という単語を聞いて、芳乃はウィリアムとスカーレットの事を思いだした。
グレースの件は解決したものの、二人にとって自分が邪魔者だった事実は変わらず、ホテルのスイートルームでスカーレットに責められた内容に何ら反論できない。
「私……、NYでウィルにプロポーズされたと思って浮かれていた。けど、レティさんにとっては私こそがウィルの浮気相手で、邪魔者だった。今日彼女にその事を責められて、私は自分がしてしまった事の罪深さを自覚した。……何も知らず、ただ彼を好きなだけのつもりだった。けど、『知らなかった』じゃ済まされないんだよね。彼が私に本気じゃなかった事にもっと早く気付いて、自分から距離を取るべきだった」
弱音を吐けば吐くほど、芳乃は自分を責めてしまう。
「それは芳乃の主観だろう? 第三者から見れば事実が異なる場合もある」
けれど暁人に言われ、目を丸くする。
「……何を、言ってるの?」
ポツリと呟いた芳乃に、暁人は目を細めて笑い、真実を教えた。
**
翌日出社すると、すぐに木下が気遣ってくれた。
「三峯さん、大丈夫ですか? 昨日、スイートルームのお客様に、酷い対応をされたって聞きましたが……」
彼女は自分の事のように悲しみ、心配してくれる。
「大丈夫です。ありがとう。今日からは気持ちを入れ替えて、きちんと働きます。昨日は急に抜けてしまって、ご迷惑をおかけしました」
バックヤードで頭を下げると、他のフロントも安堵したように笑顔を見せてくれた。
「無理しないでね」
同僚の温かさに感謝しつつ、芳乃は努めていつも通りに仕事を始めた。
暁人は午前十時を過ぎた頃に、ウィリアムとスカーレットの客室を訪れ、お詫びの品である菓子と花を渡した。
《昨日はうちのスタッフが、大変なご迷惑をおかけしました》
スカーレットはソファに座って脚を組んだまま、そっぽを向いて答える。
《たまたま泊まったホテルに、たまたまあの女がいただけだわ。私だって理不尽にあの女を解雇しろだなんて言わない。ただ、私がこのホテルに宿泊している間は、あの女の顔を見せてほしくない》
《かしこまりました》
その時、ウィリアムの電話が鳴った。
彼はスマホを一瞥して無視しかけたが、液晶に映った名前を見て目を見開く。
そしてスカーレットを見てから、スマホを手に取って立ち上がった。
《失礼》
ウィリアムは周囲を見回して声が届かない場所を探すと、部屋の奥へ速歩に歩いていった。
《あんなに慌てて何かしら……。仕事の急な報告にしては焦っていたけれど》
スカーレットは呟き、立ち上がるとスリッパを履いた足でウィリアムをつける。
だが彼が何を話しているのか知る前に、部屋のチャイムが鳴った。
すぐにスカーレットが反応し、《いま忙しいのに》と呟いてドアに向かう。
《ルームサービスは頼んでいないはずだけど、あなた何か頼んだ?》
通り過ぎさまに尋ねた彼女に、暁人は《私が応対します》とドアを開けた。
ドアの外に立っているのは、胸元までの金髪を巻き、黒縁眼鏡を掛けた美女だ。
《失礼。Mr.ターナーの部屋はここでいい?》
ブラウンのIラインワンピースを着た彼女は、ヒールの音を立てて室内に入ってくる。
《ちょっと! 何なのよあんた!》
女性はスーツを着た男性を数人引き連れ、堂々とスイートルームを歩き、奥から現れたウィリアムを見て目を細めた。
《Mr.ターナー。……いいえ、ウィル先輩? 長年にわたるあなたのストーカー行為にもう我慢できないので、長い時間を掛けてしっかりと証拠を掴んだ事だし、訴えさせて頂きますね。と報告しに来たわ》
ストーカー行為と聞いて、スカーレットは目を剥いて婚約者を見る。
《ウィル!?》
《ち、違うんだ! 彼女とは何も……》
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