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何も思い出していないくせに
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「俺の事が好きになりそうだから、が理由なら、出て行く必要はない」
とっさについてしまった嘘を彼は信じている。
暁人を好きになっているのは事実だけれど、彼があの言葉を素直に受け取っている事に罪悪感を覚えた。
(最後に、苦し紛れの嘘じゃなくて、本当の気持ちを伝えよう)
凪いだ心の底で決意した芳乃は、暁人を見て弱々しく微笑んだ。
「……あなたが好きです」
暁人は微かに目を見開き、その瞳に歓喜を宿す。
けれどすぐに切なげに眉を寄せ、唇を引き結んだあと、吐き出すように言う。
「じゃあ、どうしてそんなにつらそうな顔をしているんだ」
芳乃の肩を掴む暁人の手が、微かに震えている。
「本気だから、……心も体も、引き裂かれそうなほどに好きなんです」
ぎこちなく笑った芳乃の目から、涙が零れ落ちる。
「なら、どうして……っ」
「私は!」
何かを言おうとした暁人の言葉を、芳乃は声を被せて遮る。
彼に優しくされたら、自分は簡単に決意を覆してしまうかもしれない。
そうなる前に、きちんとすべての思いを伝えなければいけなかった。
涙が流れても、声が震えても、芳乃は暁人に訴えた。
「私がいると、暁人さんのためになりません。私は愛し合う人たちを引き裂く、破壊者です。あなたの事が好きだから、不幸にしないために……どうか、離れさせてください」
静まりかえった広いリビングに、芳乃の声が響く。
その微かな残響すらも消えた頃、暁人が無言で肩を掴んできた。
肩に指が食い込み、少し痛いとすら感じる力に、芳乃は驚いて顔を上げる。
「…………っ」
そして、彼の表情を目にして静かに瞠目した。
暁人の方こそ、つらくて堪らないという顔をして歯を食いしばっている。
顔を小さく震わせ、荒れ狂う激情を必死に押し殺していた。
「……っ、勝手に俺が不幸になると決めるな!」
彼の言葉が、スパンと芳乃の心を射貫く。
同時に、自分が身勝手な感情で暁人の気持ちを勝手に決めていたのに気づき、恥じた。
けれど、芳乃にだって譲れないものがある。
「駄目なんです! 暁人さんと一緒にいられません!」
ムキになって言い返すと、彼は一瞬口を開いて何かを言いかけ、悔しそうに言葉を殺す。
そのあと、芳乃をかき抱いてきた。
「絶対に離さない」
耳元で聞こえた熱く震えた声に、別れを告げている時だというのに芳乃の体の奥に火が灯った。
「俺はあなたを自分のものにすると、ずっと決めていたんです」
暁人の口調が変わり、芳乃は驚いて顔を上げようとする。
けれど彼の手に力がこもり、その表情を見せてもらえないままだ。
「あなたに相応しい男になると自分に言い聞かせて、ここまできたのに……っ」
グツグツと、マグマが煮え立っているような声だ。
そして芳乃は彼が何を言っているか分からないまま――。
「あ……っ」
背中と膝の裏に手が回り、抱き上げられてしまった。
「待ってください!」
このままではなし崩しに抱かれてしまう。
そうなれば自分は抵抗できず、快楽に呑まれて伝えたい事も伝えられなくなる。
「こんなの嫌! 抱いて誤魔化さないで!」
暁人の腕の中で暴れると、乱暴な足取りで寝室に向かう彼が、怒った表情のままで言う。
「――何も、思い出していないくせに」
――え?
ずっと彼を目の前にしているのに、何か大きな見落としをしている。
「あ……っ」
考えようとしたが、キングサイズのベッドの上に横たえられ、すぐさま暁人がのしかかってきた。
スーツのジャケットを脱ぎ、ベストのボタンを外してネクタイを緩め、シャツのボタンを外していく。
その目は怒りとも何とも言えない表情に彩られていて、理由は分からないが彼が抱いている感情は正当性のあるものだと直感した。
「お願いです……っ。何か機嫌を損ねてしまったのなら、話してください! 暁人さんは秘密主義で、私はあなたの事を何一つとして知りません!」
涙で歪んだ声で訴えるも、彼はつらそうに眉を寄せ、強すぎる感情のあまり涙すら浮かべてこちらを見下ろしていた。
やがて上半身裸になりベルトを外した彼は、芳乃のワンピースの裾から手を入れてきた。
「……俺だって、こんな感情であなたを抱きたくなかった……っ」
「ん……っ」
噛み付くようにキスをされ、抵抗しようと思ったのにヌルリと舌が入り込んできて芳乃は身を震わせた。
とっさについてしまった嘘を彼は信じている。
暁人を好きになっているのは事実だけれど、彼があの言葉を素直に受け取っている事に罪悪感を覚えた。
(最後に、苦し紛れの嘘じゃなくて、本当の気持ちを伝えよう)
凪いだ心の底で決意した芳乃は、暁人を見て弱々しく微笑んだ。
「……あなたが好きです」
暁人は微かに目を見開き、その瞳に歓喜を宿す。
けれどすぐに切なげに眉を寄せ、唇を引き結んだあと、吐き出すように言う。
「じゃあ、どうしてそんなにつらそうな顔をしているんだ」
芳乃の肩を掴む暁人の手が、微かに震えている。
「本気だから、……心も体も、引き裂かれそうなほどに好きなんです」
ぎこちなく笑った芳乃の目から、涙が零れ落ちる。
「なら、どうして……っ」
「私は!」
何かを言おうとした暁人の言葉を、芳乃は声を被せて遮る。
彼に優しくされたら、自分は簡単に決意を覆してしまうかもしれない。
そうなる前に、きちんとすべての思いを伝えなければいけなかった。
涙が流れても、声が震えても、芳乃は暁人に訴えた。
「私がいると、暁人さんのためになりません。私は愛し合う人たちを引き裂く、破壊者です。あなたの事が好きだから、不幸にしないために……どうか、離れさせてください」
静まりかえった広いリビングに、芳乃の声が響く。
その微かな残響すらも消えた頃、暁人が無言で肩を掴んできた。
肩に指が食い込み、少し痛いとすら感じる力に、芳乃は驚いて顔を上げる。
「…………っ」
そして、彼の表情を目にして静かに瞠目した。
暁人の方こそ、つらくて堪らないという顔をして歯を食いしばっている。
顔を小さく震わせ、荒れ狂う激情を必死に押し殺していた。
「……っ、勝手に俺が不幸になると決めるな!」
彼の言葉が、スパンと芳乃の心を射貫く。
同時に、自分が身勝手な感情で暁人の気持ちを勝手に決めていたのに気づき、恥じた。
けれど、芳乃にだって譲れないものがある。
「駄目なんです! 暁人さんと一緒にいられません!」
ムキになって言い返すと、彼は一瞬口を開いて何かを言いかけ、悔しそうに言葉を殺す。
そのあと、芳乃をかき抱いてきた。
「絶対に離さない」
耳元で聞こえた熱く震えた声に、別れを告げている時だというのに芳乃の体の奥に火が灯った。
「俺はあなたを自分のものにすると、ずっと決めていたんです」
暁人の口調が変わり、芳乃は驚いて顔を上げようとする。
けれど彼の手に力がこもり、その表情を見せてもらえないままだ。
「あなたに相応しい男になると自分に言い聞かせて、ここまできたのに……っ」
グツグツと、マグマが煮え立っているような声だ。
そして芳乃は彼が何を言っているか分からないまま――。
「あ……っ」
背中と膝の裏に手が回り、抱き上げられてしまった。
「待ってください!」
このままではなし崩しに抱かれてしまう。
そうなれば自分は抵抗できず、快楽に呑まれて伝えたい事も伝えられなくなる。
「こんなの嫌! 抱いて誤魔化さないで!」
暁人の腕の中で暴れると、乱暴な足取りで寝室に向かう彼が、怒った表情のままで言う。
「――何も、思い出していないくせに」
――え?
ずっと彼を目の前にしているのに、何か大きな見落としをしている。
「あ……っ」
考えようとしたが、キングサイズのベッドの上に横たえられ、すぐさま暁人がのしかかってきた。
スーツのジャケットを脱ぎ、ベストのボタンを外してネクタイを緩め、シャツのボタンを外していく。
その目は怒りとも何とも言えない表情に彩られていて、理由は分からないが彼が抱いている感情は正当性のあるものだと直感した。
「お願いです……っ。何か機嫌を損ねてしまったのなら、話してください! 暁人さんは秘密主義で、私はあなたの事を何一つとして知りません!」
涙で歪んだ声で訴えるも、彼はつらそうに眉を寄せ、強すぎる感情のあまり涙すら浮かべてこちらを見下ろしていた。
やがて上半身裸になりベルトを外した彼は、芳乃のワンピースの裾から手を入れてきた。
「……俺だって、こんな感情であなたを抱きたくなかった……っ」
「ん……っ」
噛み付くようにキスをされ、抵抗しようと思ったのにヌルリと舌が入り込んできて芳乃は身を震わせた。
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