40 / 63
一番聞きたくなかった声
しおりを挟む
彼に笑いかけられ心を寄せてもらうほど、芳乃は恋の蟻地獄に嵌まって身動きが取れなくなっていた。
一つだけ変わったと思ったのは、暁人が以前のようにセックスを求めてこなくなった事だ。
一緒にソファに座ってテレビを見ていると、肩を抱かれたり太腿に触られたり、膝枕を求められる事もある。
時に胸に触られたりもしたが、彼は無理強いをして芳乃をベッドにつれて行かなくなった。
自分からグレースに申し訳ないから、セックスには応じられないと決意したはずなのに、それを寂しく想ってしまう我が儘な自分がいる。
日に日に暁人への恋慕は強くなり、この心地よい生活を手放したくないと思ってしまうようになった。
十月になったある日、そんな想いもひっくり返す出来事が起こった。
**
フロントに立っている芳乃は、今日〝ゴールデン・ターナー〟の役員たちがホテルにチェックインすると聞いていて、朝から倒れそうな程の緊張に包まれていた。
同僚たちには、まさか〝ゴールデン・ターナー〟のCOOと関係があっただなんて言えない。
昨晩は暁人に大丈夫か尋ねられたが、彼には柊壱からウィリアムたちが来る事を聞かされたと言っていない。
卑怯だが「生理前に調子が悪くなっただけだから」と言うと、彼は若干動揺しつつも「あまり重いようだったらきちんと上司に伝えて」と気遣ってくれた。
午前中発のフライトとして、羽田に着くのは昼過ぎだ。
気を引き締めていなければ……と思っていた時、耳につけていたインカムから「ターナー様いらっしゃいました」とドアマンの声が聞こえた。
目の前にいる他の客の対応をし終えた芳乃は、お辞儀をして頭を上げた時、ウィリアムがレティを伴ってホテルのロビーに入っていくのを目撃した。
ウィリアムはレティの腰を抱いていて、二人とも親しげに話し笑い合っている。
もう彼の事は吹っ切れて、今自分の心を占めるのは暁人だと思っていた。
しかしクリスマス前に酷い振られ方をされた心の傷は、少しの刺激を受けてまたかさぶたを剥がし、血を滲ませた。
二人は初めて訪れるホテルのロビーを見回し、和とモダンが混じった内装に感動しているようだった。
レティはさっそくロビーを背景に自撮りを始め、ウィリアムは内装のどの部分に金を掛けているかなど、見回しながらチェックしているようだった。
――と、彼と目が合い、遠目にもウィリアムが目を大きく見開いたのが分かった。
(やめて。気付かないで。こっちに来ないで)
その他にもウィリアムの弟であるマーティンに部下たちもいて、接待している暁人や柊壱の姿も見えた。
微笑んだまま表情を強ばらせている芳乃のもとに、ウィリアムがまっすぐ足を運ぼうとする。
――のを、暁人が呼び止めた。
《ミスター? どうかなさいましたか? チェックインは秘書が済ませる手はずでは?》
《失礼。私のホテルで働いていた優秀なスタッフがいたんです。まさかこのホテルで彼女に再会できるとは……》
今さらな事を言い、ウィリアムは構わずフロントまでやってくる。
目の前に長身の彼が迫り、芳乃は観念して業務的にお辞儀をした。
《いらっしゃいませ、ターナー様》
《つれないじゃないか、芳乃》
彼は肘をつきニヤニヤと笑ってくる。
(仕事の邪魔をしないで)
心の中で思いきりしかめっつらをしたが、表向きビジネススマイルは崩さなかった。
《やはり日本に戻ってもホテル業界で働いていたんだね。実に君らしい》
《ミスター、うちの社員とどのような関係ですか?》
そこに、フロントへやって来た暁人に話しかけられ、ウィリアムは《おっと、失礼》と姿勢を正す。
《彼女は昨年末までNYにある〝ゴールデン・ターナー〟のフロントをしていたんです。事情があり辞めたあと、有望な人材なだけにどうしていたのかずっと気にしていました》
社交的な笑みを浮かべながら、ウィリアムは欠片も思っていないだろう事を口にする。
(……いや、仮にそう思っていたとしても、『いい遊び相手がいなくなった』でしょうね)
心の中で皮肉を言い、芳乃は耳に入ってきたインカムの情報から、パソコンを操作する。
《嫌だわ。こんな所にこの子がいるの?》
その時、一番聞きたくなかった声がした。
パソコンの画面から視線を外したくない。
一つだけ変わったと思ったのは、暁人が以前のようにセックスを求めてこなくなった事だ。
一緒にソファに座ってテレビを見ていると、肩を抱かれたり太腿に触られたり、膝枕を求められる事もある。
時に胸に触られたりもしたが、彼は無理強いをして芳乃をベッドにつれて行かなくなった。
自分からグレースに申し訳ないから、セックスには応じられないと決意したはずなのに、それを寂しく想ってしまう我が儘な自分がいる。
日に日に暁人への恋慕は強くなり、この心地よい生活を手放したくないと思ってしまうようになった。
十月になったある日、そんな想いもひっくり返す出来事が起こった。
**
フロントに立っている芳乃は、今日〝ゴールデン・ターナー〟の役員たちがホテルにチェックインすると聞いていて、朝から倒れそうな程の緊張に包まれていた。
同僚たちには、まさか〝ゴールデン・ターナー〟のCOOと関係があっただなんて言えない。
昨晩は暁人に大丈夫か尋ねられたが、彼には柊壱からウィリアムたちが来る事を聞かされたと言っていない。
卑怯だが「生理前に調子が悪くなっただけだから」と言うと、彼は若干動揺しつつも「あまり重いようだったらきちんと上司に伝えて」と気遣ってくれた。
午前中発のフライトとして、羽田に着くのは昼過ぎだ。
気を引き締めていなければ……と思っていた時、耳につけていたインカムから「ターナー様いらっしゃいました」とドアマンの声が聞こえた。
目の前にいる他の客の対応をし終えた芳乃は、お辞儀をして頭を上げた時、ウィリアムがレティを伴ってホテルのロビーに入っていくのを目撃した。
ウィリアムはレティの腰を抱いていて、二人とも親しげに話し笑い合っている。
もう彼の事は吹っ切れて、今自分の心を占めるのは暁人だと思っていた。
しかしクリスマス前に酷い振られ方をされた心の傷は、少しの刺激を受けてまたかさぶたを剥がし、血を滲ませた。
二人は初めて訪れるホテルのロビーを見回し、和とモダンが混じった内装に感動しているようだった。
レティはさっそくロビーを背景に自撮りを始め、ウィリアムは内装のどの部分に金を掛けているかなど、見回しながらチェックしているようだった。
――と、彼と目が合い、遠目にもウィリアムが目を大きく見開いたのが分かった。
(やめて。気付かないで。こっちに来ないで)
その他にもウィリアムの弟であるマーティンに部下たちもいて、接待している暁人や柊壱の姿も見えた。
微笑んだまま表情を強ばらせている芳乃のもとに、ウィリアムがまっすぐ足を運ぼうとする。
――のを、暁人が呼び止めた。
《ミスター? どうかなさいましたか? チェックインは秘書が済ませる手はずでは?》
《失礼。私のホテルで働いていた優秀なスタッフがいたんです。まさかこのホテルで彼女に再会できるとは……》
今さらな事を言い、ウィリアムは構わずフロントまでやってくる。
目の前に長身の彼が迫り、芳乃は観念して業務的にお辞儀をした。
《いらっしゃいませ、ターナー様》
《つれないじゃないか、芳乃》
彼は肘をつきニヤニヤと笑ってくる。
(仕事の邪魔をしないで)
心の中で思いきりしかめっつらをしたが、表向きビジネススマイルは崩さなかった。
《やはり日本に戻ってもホテル業界で働いていたんだね。実に君らしい》
《ミスター、うちの社員とどのような関係ですか?》
そこに、フロントへやって来た暁人に話しかけられ、ウィリアムは《おっと、失礼》と姿勢を正す。
《彼女は昨年末までNYにある〝ゴールデン・ターナー〟のフロントをしていたんです。事情があり辞めたあと、有望な人材なだけにどうしていたのかずっと気にしていました》
社交的な笑みを浮かべながら、ウィリアムは欠片も思っていないだろう事を口にする。
(……いや、仮にそう思っていたとしても、『いい遊び相手がいなくなった』でしょうね)
心の中で皮肉を言い、芳乃は耳に入ってきたインカムの情報から、パソコンを操作する。
《嫌だわ。こんな所にこの子がいるの?》
その時、一番聞きたくなかった声がした。
パソコンの画面から視線を外したくない。
10
お気に入りに追加
658
あなたにおすすめの小説
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~
菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。
だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。
車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。
あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
『逃れられない淫らな三角関係』番外編 ヘルプラインを活用せよ!
臣桜
恋愛
『逃れられない淫らな三角関係』の番外編です。
やりとりのある特定の読者さまに向けた番外編(小冊子)です。
他にも色々あるのですが、差し障りのなさそうなものなので公開します。
(他の番外編は、リアルブランド名とかを出してしまっている配慮していないものなので、ここに載せるかは検討中)

溺愛彼氏は消防士!?
すずなり。
恋愛
彼氏から突然言われた言葉。
「別れよう。」
その言葉はちゃんと受け取ったけど、飲み込むことができない私は友達を呼び出してやけ酒を飲んだ。
飲み過ぎた帰り、イケメン消防士さんに助けられて・・・新しい恋が始まっていく。
「男ならキスの先をは期待させないとな。」
「俺とこの先・・・してみない?」
「もっと・・・甘い声を聞かせて・・?」
私の身は持つの!?
※お話は全て想像の世界になります。現実世界と何ら関係はありません。
※コメントや乾燥を受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる