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君が遠い
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「放っておいていい。彼は甘党だけど、なかなか女性が大勢いる店に一人で行けないとぼやいている。今回は丁度良かったんだろう」
「そうなんですね。クールそうですが、ちょっと可愛いですね」
柊壱を褒めたからか、暁人が少しつまらなさそうな表情をする。
が、すぐに気を取り直して提案してきた。
「せっかくだし、どこかに食べに行かないか? もう夕食時だし、……腹が空いてたらだけど」
「喜んで」
自分と彼の関係に、果たして何と言う名前をつけたらいいのか分からない。
それでも、彼がウィリアムのように掌返しをして、自分を裏切る姿はどうしても想像できなかった。
夕食は東京駅近くの居酒屋に入り、新鮮な刺身の盛り合わせや、定番メニューながら工夫の利いているお洒落なメニューを頼んだ。
個室だからかどこか居心地が悪く、芳乃は向かいに座っている暁人の顔を見られない。
「面接……、は、どういうつもりだった?」
食事の途中で静かに尋ねられ、無意識に溜め息が出る。
「……何が何でもお金をお返しするために、もっと必死にならないといけないと思いました」
「君は現在、順調に返済できている。こちらも金額を提示していなかったのは非があるが、一回君と関係を結んだら幾らと明示するのも、気分が悪いだろうと思っていたから黙っていた」
「お気遣いありがとうございます」
その点は、暁人の優しさからだろうというのは分かっていた。
「何も別の所で、余計なストレスを抱えて働こうとしなくていい。それに、神楽坂グループの副社長として言わせてもらうと、君にはホテルでの仕事に集中してほしい。夜の副業は、許可できない」
「……はい。仰る通りです」
確かに、うかつすぎた。
日比谷にある〝エデンズ・ホテル東京〟から、面接を受けようとした銀座の店までは、線路を挟んですぐだ。
下手をすれば宿泊客が店に来る可能性だってある。
「……申し訳ございません」
再度謝る彼女を見て、暁人は溜め息をつく。
「違う。こうやって責めたい訳じゃないんだ。どうして君が夜の仕事をしようと思ったのか、今の生活にどんな不満があるのか、きちんとヒアリングしたい」
柊壱には、グレースの事は黙っているべきと言われた。
それを思いだし口をつぐんでいると、暁人はビールのジョッキを飲み干して静かにテーブルに置く。
「俺の事を好きになってしまうから困る。……そう言って寝るのを拒んだアレは、どういう意図だったんだ?」
あれはとっさに出た言葉だったので、どういう意図と言われても困ってしまう。
(暁人さんの事は好き。……でも、本当の気持ちだけは伝えたら駄目だ)
表面上、〝大人の恋人ごっこ〟をしていて、好きになったという事にはなっているが、〝妻帯者の暁人〟を想っている事実は隠し通すべきだ。
うまく答えられずに黙っていると、暁人が溜め息をついた。
「……君が遠い」
強い言葉で責められた訳ではないのに、そのつぶやきを聞いただけで胸がズグリと痛んだ。
**
その後、ハッキリとした結論は出ないまま、芳乃は変わらず〝エデンズ・ホテル東京〟のフロントで働き続けた。
住まいは暁人のマンションで同棲したままで、彼のために手料理を作り、一週間に数度は二人で外食をする。
柊壱はグレースはマンションには来ないと断言したが、四月に同棲を始めて半年が経つ九月になるまで、確かに彼女が訪れる気配もなかった。
暁人との生活は優しく穏やかなもので、借金とグレースの存在さえなければ、まるで新婚生活を送っているかのようだ。
副社長としての彼は決断力がありリーダーシップのあるタイプで、私生活でもいざという時に頼れるのは変わらない。
けれど甘い物を避けるところや、朝に寝癖で髪を爆発させて起きてくるところ、夏になり家の中では裸足で過ごすようになり、彼の足の甲にほくろを見つけたところなどは、自分しか知らない面だと思いたかった。
彼のプライベートを知れば知るほど、どんどん欲が増していく。
今何を考えているのか不安になってチラチラ伺っていると、芳乃の視線に気付いて「ん?」と優しく微笑んでくる。
「そうなんですね。クールそうですが、ちょっと可愛いですね」
柊壱を褒めたからか、暁人が少しつまらなさそうな表情をする。
が、すぐに気を取り直して提案してきた。
「せっかくだし、どこかに食べに行かないか? もう夕食時だし、……腹が空いてたらだけど」
「喜んで」
自分と彼の関係に、果たして何と言う名前をつけたらいいのか分からない。
それでも、彼がウィリアムのように掌返しをして、自分を裏切る姿はどうしても想像できなかった。
夕食は東京駅近くの居酒屋に入り、新鮮な刺身の盛り合わせや、定番メニューながら工夫の利いているお洒落なメニューを頼んだ。
個室だからかどこか居心地が悪く、芳乃は向かいに座っている暁人の顔を見られない。
「面接……、は、どういうつもりだった?」
食事の途中で静かに尋ねられ、無意識に溜め息が出る。
「……何が何でもお金をお返しするために、もっと必死にならないといけないと思いました」
「君は現在、順調に返済できている。こちらも金額を提示していなかったのは非があるが、一回君と関係を結んだら幾らと明示するのも、気分が悪いだろうと思っていたから黙っていた」
「お気遣いありがとうございます」
その点は、暁人の優しさからだろうというのは分かっていた。
「何も別の所で、余計なストレスを抱えて働こうとしなくていい。それに、神楽坂グループの副社長として言わせてもらうと、君にはホテルでの仕事に集中してほしい。夜の副業は、許可できない」
「……はい。仰る通りです」
確かに、うかつすぎた。
日比谷にある〝エデンズ・ホテル東京〟から、面接を受けようとした銀座の店までは、線路を挟んですぐだ。
下手をすれば宿泊客が店に来る可能性だってある。
「……申し訳ございません」
再度謝る彼女を見て、暁人は溜め息をつく。
「違う。こうやって責めたい訳じゃないんだ。どうして君が夜の仕事をしようと思ったのか、今の生活にどんな不満があるのか、きちんとヒアリングしたい」
柊壱には、グレースの事は黙っているべきと言われた。
それを思いだし口をつぐんでいると、暁人はビールのジョッキを飲み干して静かにテーブルに置く。
「俺の事を好きになってしまうから困る。……そう言って寝るのを拒んだアレは、どういう意図だったんだ?」
あれはとっさに出た言葉だったので、どういう意図と言われても困ってしまう。
(暁人さんの事は好き。……でも、本当の気持ちだけは伝えたら駄目だ)
表面上、〝大人の恋人ごっこ〟をしていて、好きになったという事にはなっているが、〝妻帯者の暁人〟を想っている事実は隠し通すべきだ。
うまく答えられずに黙っていると、暁人が溜め息をついた。
「……君が遠い」
強い言葉で責められた訳ではないのに、そのつぶやきを聞いただけで胸がズグリと痛んだ。
**
その後、ハッキリとした結論は出ないまま、芳乃は変わらず〝エデンズ・ホテル東京〟のフロントで働き続けた。
住まいは暁人のマンションで同棲したままで、彼のために手料理を作り、一週間に数度は二人で外食をする。
柊壱はグレースはマンションには来ないと断言したが、四月に同棲を始めて半年が経つ九月になるまで、確かに彼女が訪れる気配もなかった。
暁人との生活は優しく穏やかなもので、借金とグレースの存在さえなければ、まるで新婚生活を送っているかのようだ。
副社長としての彼は決断力がありリーダーシップのあるタイプで、私生活でもいざという時に頼れるのは変わらない。
けれど甘い物を避けるところや、朝に寝癖で髪を爆発させて起きてくるところ、夏になり家の中では裸足で過ごすようになり、彼の足の甲にほくろを見つけたところなどは、自分しか知らない面だと思いたかった。
彼のプライベートを知れば知るほど、どんどん欲が増していく。
今何を考えているのか不安になってチラチラ伺っていると、芳乃の視線に気付いて「ん?」と優しく微笑んでくる。
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