【R-18】八年執着されましたが、幸せです

臣桜

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君が遠い

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「放っておいていい。彼は甘党だけど、なかなか女性が大勢いる店に一人で行けないとぼやいている。今回は丁度良かったんだろう」

「そうなんですね。クールそうですが、ちょっと可愛いですね」

 柊壱を褒めたからか、暁人が少しつまらなさそうな表情をする。
 が、すぐに気を取り直して提案してきた。

「せっかくだし、どこかに食べに行かないか? もう夕食時だし、……腹が空いてたらだけど」

「喜んで」

 自分と彼の関係に、果たして何と言う名前をつけたらいいのか分からない。

 それでも、彼がウィリアムのように掌返しをして、自分を裏切る姿はどうしても想像できなかった。





 夕食は東京駅近くの居酒屋に入り、新鮮な刺身の盛り合わせや、定番メニューながら工夫の利いているお洒落なメニューを頼んだ。

 個室だからかどこか居心地が悪く、芳乃は向かいに座っている暁人の顔を見られない。

「面接……、は、どういうつもりだった?」

 食事の途中で静かに尋ねられ、無意識に溜め息が出る。

「……何が何でもお金をお返しするために、もっと必死にならないといけないと思いました」

「君は現在、順調に返済できている。こちらも金額を提示していなかったのは非があるが、一回君と関係を結んだら幾らと明示するのも、気分が悪いだろうと思っていたから黙っていた」

「お気遣いありがとうございます」

 その点は、暁人の優しさからだろうというのは分かっていた。

「何も別の所で、余計なストレスを抱えて働こうとしなくていい。それに、神楽坂グループの副社長として言わせてもらうと、君にはホテルでの仕事に集中してほしい。夜の副業は、許可できない」

「……はい。仰る通りです」

 確かに、うかつすぎた。

 日比谷にある〝エデンズ・ホテル東京〟から、面接を受けようとした銀座の店までは、線路を挟んですぐだ。
 下手をすれば宿泊客が店に来る可能性だってある。

「……申し訳ございません」

 再度謝る彼女を見て、暁人は溜め息をつく。

「違う。こうやって責めたい訳じゃないんだ。どうして君が夜の仕事をしようと思ったのか、今の生活にどんな不満があるのか、きちんとヒアリングしたい」

 柊壱には、グレースの事は黙っているべきと言われた。
 それを思いだし口をつぐんでいると、暁人はビールのジョッキを飲み干して静かにテーブルに置く。

「俺の事を好きになってしまうから困る。……そう言って寝るのを拒んだアレは、どういう意図だったんだ?」

 あれはとっさに出た言葉だったので、どういう意図と言われても困ってしまう。

(暁人さんの事は好き。……でも、本当の気持ちだけは伝えたら駄目だ)

 表面上、〝大人の恋人ごっこ〟をしていて、好きになったという事にはなっているが、〝妻帯者の暁人〟を想っている事実は隠し通すべきだ。

 うまく答えられずに黙っていると、暁人が溜め息をついた。

「……君が遠い」

 強い言葉で責められた訳ではないのに、そのつぶやきを聞いただけで胸がズグリと痛んだ。



**



 その後、ハッキリとした結論は出ないまま、芳乃は変わらず〝エデンズ・ホテル東京〟のフロントで働き続けた。

 住まいは暁人のマンションで同棲したままで、彼のために手料理を作り、一週間に数度は二人で外食をする。

 柊壱はグレースはマンションには来ないと断言したが、四月に同棲を始めて半年が経つ九月になるまで、確かに彼女が訪れる気配もなかった。

 暁人との生活は優しく穏やかなもので、借金とグレースの存在さえなければ、まるで新婚生活を送っているかのようだ。

 副社長としての彼は決断力がありリーダーシップのあるタイプで、私生活でもいざという時に頼れるのは変わらない。

 けれど甘い物を避けるところや、朝に寝癖で髪を爆発させて起きてくるところ、夏になり家の中では裸足で過ごすようになり、彼の足の甲にほくろを見つけたところなどは、自分しか知らない面だと思いたかった。

 彼のプライベートを知れば知るほど、どんどん欲が増していく。

 今何を考えているのか不安になってチラチラ伺っていると、芳乃の視線に気付いて「ん?」と優しく微笑んでくる。
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