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帰って来てしまった
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どうすべきか……、とまた思考がスタート地点に戻り、柊壱が現状維持を唱えたところまで考えが進み――、隣で彼のスマホが着信を告げた。
「失礼。副社長からです」
柊壱は短く断り、電話に出る。
「もしもし、白銀です」
少しの間、彼は暁人から急にいなくなった事への文句を言われていたようだった。
「はい。三峯さんと一緒にいます。彼女は安全ですのでご心配なく」
彼はしばらく暁人と会話を重ねたあと、とんでもない事を言い出した。
「私はこれから、三峯さんとスイーツデートです。羨ましいでしょう。しばらく指を咥えて黙っていてください」
「!?」
仕えるべき副社長に向かって暴言を吐いたあと、柊壱は涼しい顔で電話を切り、ポケットにスマホを入れた。
「あ……、あの……」
「え? あぁ、行き先を伝えていませんでしたね。私がひいきにしているカフェがあるので、そこで甘い物でも食べましょう。奢りますよ。落ち込んだ時は美味しい物を食べて気分を上げるに限ります。そのあと、またゆっくり考えるといいでしょう」
つかみ所のないマイペースな柊壱ながら、芳乃を気遣ってくれているのは分かった。
「ありがとうございます」
急にこのクールな秘書を身近に感じ、芳乃は微笑む。
「最後の挑発は、あなたの落ち込みを少し代弁しました。確かに三峯さんが置かれている状況には、少し同情しますからね」
理解を示してくれ、先ほどより落ち着いて今の状況を考える事ができた。
「白銀さんは、すぐに今住んでいるマンションを出る必要はないと思われますか? 私は不誠実な事をしたくないと思っています。暁人さんからは色々……求められていますが、奥さんがいると知ってしまった以上、素直に受け入れがたいです」
昨晩抱かれた時は、肉体的にも気持ちよく、自分だけを見てくれているという願望に浸ってしまった。
だが同時に、とてつもない罪悪観にまみれ、良心が引きちぎられそうになった。
あんな思いをしながら、不誠実な付き合いを重ねるのは不可能だ。
もう、これっきり暁人とは関係を結ばない。
そう誓って自立しようと思った矢先だったからこそ、今の彼女はとても不安定だった。
「なるようになりますよ。それよりも、キャリアはあっても新人なんですから、新居を探すとかで私生活をゴタつかせるよりも、仕事に集中してください」
「……そうですね」
彼の言う事はもっともだ。
「あと、三峯さんが〝気付いている〟件については、副社長から直接何か言われるまで黙っていた方がいいでしょう。余計な仕事を増やす結果になります」
「分かりました」
やがて車は池袋に到着し、柊壱は「かき氷が食べたかったんですよ」と言う。
行列に並んでたっぷりシロップが掛かったフワフワの、それでいてフルーツがふんだんに使われたかき氷を食べた。
そのあと柊壱は「大人しく家に帰ってくださいね」と芳乃をタクシーに乗せ、その手に一万円札を押し込んだあと、運転手にマンションの住所を告げた。
(……帰って来てしまった)
麹町のマンションまで戻り、芳乃は部屋に戻る勇気がなくロビーにあるソファで時間を過ごそうと足を向ける。
――が、座ろうと思っていた場所にはすでに、暁人がいて難しい顔をして本を読んでいた。
(……待っていてくれたんだ)
しばらく遠くから彼の姿を見ていたが、本のページはまったく捲られない。
それほど自分が彼を悩ませているのだと理解し、きちんと責任を取るために芳乃は声を出した。
「……あの」
その一言だけで、暁人はハッと顔を上げすぐにこちらへやってくる。
「芳乃」
彼は早足で、その勢いから叱られるのかと思った。
だが芳乃まであと数歩というところで歩調を緩め、こみ上げた感情を自身の中に押し込み冷静さを取り戻そうとしているのが分かる。
(私も、冷静にならないと)
「……急に、すみません」
「いいや、俺もつけてしまってすまない。心配だったとはいえ、やりすぎだった」
彼が穏やかな対応をしてくれたので、怒られるかもしれないという不安は薄れていった。
「白銀とスイーツデートだって?」
「美味しいかき氷をご馳走になりました。タクシー代まで頂いてしまって……。後日お返ししないと」
「失礼。副社長からです」
柊壱は短く断り、電話に出る。
「もしもし、白銀です」
少しの間、彼は暁人から急にいなくなった事への文句を言われていたようだった。
「はい。三峯さんと一緒にいます。彼女は安全ですのでご心配なく」
彼はしばらく暁人と会話を重ねたあと、とんでもない事を言い出した。
「私はこれから、三峯さんとスイーツデートです。羨ましいでしょう。しばらく指を咥えて黙っていてください」
「!?」
仕えるべき副社長に向かって暴言を吐いたあと、柊壱は涼しい顔で電話を切り、ポケットにスマホを入れた。
「あ……、あの……」
「え? あぁ、行き先を伝えていませんでしたね。私がひいきにしているカフェがあるので、そこで甘い物でも食べましょう。奢りますよ。落ち込んだ時は美味しい物を食べて気分を上げるに限ります。そのあと、またゆっくり考えるといいでしょう」
つかみ所のないマイペースな柊壱ながら、芳乃を気遣ってくれているのは分かった。
「ありがとうございます」
急にこのクールな秘書を身近に感じ、芳乃は微笑む。
「最後の挑発は、あなたの落ち込みを少し代弁しました。確かに三峯さんが置かれている状況には、少し同情しますからね」
理解を示してくれ、先ほどより落ち着いて今の状況を考える事ができた。
「白銀さんは、すぐに今住んでいるマンションを出る必要はないと思われますか? 私は不誠実な事をしたくないと思っています。暁人さんからは色々……求められていますが、奥さんがいると知ってしまった以上、素直に受け入れがたいです」
昨晩抱かれた時は、肉体的にも気持ちよく、自分だけを見てくれているという願望に浸ってしまった。
だが同時に、とてつもない罪悪観にまみれ、良心が引きちぎられそうになった。
あんな思いをしながら、不誠実な付き合いを重ねるのは不可能だ。
もう、これっきり暁人とは関係を結ばない。
そう誓って自立しようと思った矢先だったからこそ、今の彼女はとても不安定だった。
「なるようになりますよ。それよりも、キャリアはあっても新人なんですから、新居を探すとかで私生活をゴタつかせるよりも、仕事に集中してください」
「……そうですね」
彼の言う事はもっともだ。
「あと、三峯さんが〝気付いている〟件については、副社長から直接何か言われるまで黙っていた方がいいでしょう。余計な仕事を増やす結果になります」
「分かりました」
やがて車は池袋に到着し、柊壱は「かき氷が食べたかったんですよ」と言う。
行列に並んでたっぷりシロップが掛かったフワフワの、それでいてフルーツがふんだんに使われたかき氷を食べた。
そのあと柊壱は「大人しく家に帰ってくださいね」と芳乃をタクシーに乗せ、その手に一万円札を押し込んだあと、運転手にマンションの住所を告げた。
(……帰って来てしまった)
麹町のマンションまで戻り、芳乃は部屋に戻る勇気がなくロビーにあるソファで時間を過ごそうと足を向ける。
――が、座ろうと思っていた場所にはすでに、暁人がいて難しい顔をして本を読んでいた。
(……待っていてくれたんだ)
しばらく遠くから彼の姿を見ていたが、本のページはまったく捲られない。
それほど自分が彼を悩ませているのだと理解し、きちんと責任を取るために芳乃は声を出した。
「……あの」
その一言だけで、暁人はハッと顔を上げすぐにこちらへやってくる。
「芳乃」
彼は早足で、その勢いから叱られるのかと思った。
だが芳乃まであと数歩というところで歩調を緩め、こみ上げた感情を自身の中に押し込み冷静さを取り戻そうとしているのが分かる。
(私も、冷静にならないと)
「……急に、すみません」
「いいや、俺もつけてしまってすまない。心配だったとはいえ、やりすぎだった」
彼が穏やかな対応をしてくれたので、怒られるかもしれないという不安は薄れていった。
「白銀とスイーツデートだって?」
「美味しいかき氷をご馳走になりました。タクシー代まで頂いてしまって……。後日お返ししないと」
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