36 / 63
それほど悲観しなくていいと思いますよ
しおりを挟む
休日なので私服姿だが、スラリと背が高く眼鏡を掛けていて、インテリな印象のある彼は暁人の秘書だ。
確か白銀柊壱といったはずだ。
名前を思い出した芳乃に、彼は「お渡ししていませんでしたね」と名刺を差し出してきた。
「移動中の息を荒げた副社長に呼びつけられたと思えば、銀座に集合でした。ハンズフリーで通話をして大の男が二人そろって走り、ようやくあなたを見つけた」
柊壱の言葉は淡々としていて、怒っているのか分からない。
だが好意的に話されていると思うほど、芳乃はめでたくなかった。
「副社長がご執心しているあなたを手放せば、あの方は大荒れします。逃げたくなる気持ちも分かりますが、大人しくしていてください」
「……ご迷惑をおかけして、すみません」
素直に謝ると、柊壱は「そうですね」というように頷いた。
「しかしなぜここに? 副社長に生活の面倒を見てもらい、借金はいつ返してもいい事になっています。あの方はあなたの健康と幸せが大切なのであって、『身を粉にして働き完全返済しろ』など言っていないはずです」
それは分かっている。
暁人は自分に対し、何一つ強制していない。
〝大人の恋人ごっこ〟の相手は求められているが、ベッドでの事だって乗り気でなければ無体を働かない。
とても優遇された状態なのに、芳乃がなぜ自ら夜の仕事をしようとしているのか、柊壱が疑問に思うのは当然だ。
「私から見れば、あなたの行動は不可解そのものです。大人しく守られた場所で愛され、好きな仕事をしていればいいのに、なぜ……」
柊壱の嘆息を聞き、芳乃は彼になら打ち明けられると思った。
「……暁人さんのいない場所でお話できませんか? まだ彼の目の前で言う勇気はないんです」
申し出ると、〝事情あり〟と察したのか柊壱は「いいでしょう」と頷き歩き出した。
「あの……暁人さんは」
「メッセージを入れておきます。今はあなたから本当の事を聞く方が大事ですから」
雑居ビルから離れてタクシーを拾える場所まで行くと、暁人は車に乗って渋谷区方面を告げた。
車が動き出したあと、柊壱は「失礼」と断りを入れ、スマホで暁人にメッセージを打ち始める。
それが終わった頃、「話を聞きましょうか」と芳乃の言葉を促した。
芳乃はしばらく両手を組み、指を絡ませて玩んでいた。
が、溜め息をつき観念して話し始める。
「……先日、暁人さんが奥さんと一緒にいるのを見てしまったんです」
「奥さん?」
柊壱が言葉尻を上げ、目を瞬かせて尋ねてくる。
「グレースさんという名前の金髪美女です」
「……あぁ……」
名前を聞いて、柊壱は納得した声を出し前を向く。
「彼女の存在を知って、怖じ気づいたと?」
「怖じ気づくって……。当たり前じゃないですか。私は浮気相手なんですよ? 許されない事をしているんです」
自分の行為を棚に上げ、芳乃は柊壱が何を言っているのか分からず反論する。
「あなたの副社長への想いは、そんなものなんですか?」
眼鏡の奥からジッと見つめられ、芳乃は戸惑う。
(この人、何を言っているの?)
まるで「浮気相手でもいいから、好きなら好きと言え」と言われている気持ちになる。
「……白銀さんは、副社長が不倫で週刊誌にすっぱ抜かれてもいいんですか?」
「それは困りますね」
サラリと返事をするのに、柊壱は「暁人から手を引け」という言葉を口にしない。
「……普通、秘書という存在は、主人のためにならない者を排除するんじゃないですか?」
「そういう事もたまにしますね」
「なら……!」
のらりくらりと言葉を躱す柊壱に業を煮やし、芳乃は声を荒げる。
「あなたは〝特別〟なんです」
言われて、困惑のあまり思考が止まった。
「……白銀さんが何を言っているのか分かりません……」
「あなたが混乱しているのは理解します。私が三峯さんの立場なら、自分の立ち位置が分からずつらい思いをするでしょう」
彼は〝何か〟を知っている。
すがるように柊壱を見たが、彼はゆるりと首を左右に振った。
「副社長が何も仰っていないのなら、私からは何も申し上げられません」
芳乃の目の奥に失望が宿ったのを見て取って、彼は軽く息をつき慰めるように言った。
「それほど悲観しなくていいと思いますよ」
確か白銀柊壱といったはずだ。
名前を思い出した芳乃に、彼は「お渡ししていませんでしたね」と名刺を差し出してきた。
「移動中の息を荒げた副社長に呼びつけられたと思えば、銀座に集合でした。ハンズフリーで通話をして大の男が二人そろって走り、ようやくあなたを見つけた」
柊壱の言葉は淡々としていて、怒っているのか分からない。
だが好意的に話されていると思うほど、芳乃はめでたくなかった。
「副社長がご執心しているあなたを手放せば、あの方は大荒れします。逃げたくなる気持ちも分かりますが、大人しくしていてください」
「……ご迷惑をおかけして、すみません」
素直に謝ると、柊壱は「そうですね」というように頷いた。
「しかしなぜここに? 副社長に生活の面倒を見てもらい、借金はいつ返してもいい事になっています。あの方はあなたの健康と幸せが大切なのであって、『身を粉にして働き完全返済しろ』など言っていないはずです」
それは分かっている。
暁人は自分に対し、何一つ強制していない。
〝大人の恋人ごっこ〟の相手は求められているが、ベッドでの事だって乗り気でなければ無体を働かない。
とても優遇された状態なのに、芳乃がなぜ自ら夜の仕事をしようとしているのか、柊壱が疑問に思うのは当然だ。
「私から見れば、あなたの行動は不可解そのものです。大人しく守られた場所で愛され、好きな仕事をしていればいいのに、なぜ……」
柊壱の嘆息を聞き、芳乃は彼になら打ち明けられると思った。
「……暁人さんのいない場所でお話できませんか? まだ彼の目の前で言う勇気はないんです」
申し出ると、〝事情あり〟と察したのか柊壱は「いいでしょう」と頷き歩き出した。
「あの……暁人さんは」
「メッセージを入れておきます。今はあなたから本当の事を聞く方が大事ですから」
雑居ビルから離れてタクシーを拾える場所まで行くと、暁人は車に乗って渋谷区方面を告げた。
車が動き出したあと、柊壱は「失礼」と断りを入れ、スマホで暁人にメッセージを打ち始める。
それが終わった頃、「話を聞きましょうか」と芳乃の言葉を促した。
芳乃はしばらく両手を組み、指を絡ませて玩んでいた。
が、溜め息をつき観念して話し始める。
「……先日、暁人さんが奥さんと一緒にいるのを見てしまったんです」
「奥さん?」
柊壱が言葉尻を上げ、目を瞬かせて尋ねてくる。
「グレースさんという名前の金髪美女です」
「……あぁ……」
名前を聞いて、柊壱は納得した声を出し前を向く。
「彼女の存在を知って、怖じ気づいたと?」
「怖じ気づくって……。当たり前じゃないですか。私は浮気相手なんですよ? 許されない事をしているんです」
自分の行為を棚に上げ、芳乃は柊壱が何を言っているのか分からず反論する。
「あなたの副社長への想いは、そんなものなんですか?」
眼鏡の奥からジッと見つめられ、芳乃は戸惑う。
(この人、何を言っているの?)
まるで「浮気相手でもいいから、好きなら好きと言え」と言われている気持ちになる。
「……白銀さんは、副社長が不倫で週刊誌にすっぱ抜かれてもいいんですか?」
「それは困りますね」
サラリと返事をするのに、柊壱は「暁人から手を引け」という言葉を口にしない。
「……普通、秘書という存在は、主人のためにならない者を排除するんじゃないですか?」
「そういう事もたまにしますね」
「なら……!」
のらりくらりと言葉を躱す柊壱に業を煮やし、芳乃は声を荒げる。
「あなたは〝特別〟なんです」
言われて、困惑のあまり思考が止まった。
「……白銀さんが何を言っているのか分かりません……」
「あなたが混乱しているのは理解します。私が三峯さんの立場なら、自分の立ち位置が分からずつらい思いをするでしょう」
彼は〝何か〟を知っている。
すがるように柊壱を見たが、彼はゆるりと首を左右に振った。
「副社長が何も仰っていないのなら、私からは何も申し上げられません」
芳乃の目の奥に失望が宿ったのを見て取って、彼は軽く息をつき慰めるように言った。
「それほど悲観しなくていいと思いますよ」
11
お気に入りに追加
650
あなたにおすすめの小説
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~
ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。
2021/3/10
しおりを挟んでくださっている皆様へ。
こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。
しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗)
楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。
申しわけありません。
新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。
お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。
修正していないのと、若かりし頃の作品のため、
甘めに見てくださいm(__)m
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~
あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
若社長な旦那様は欲望に正直~新妻が可愛すぎて仕事が手につかない~
雪宮凛
恋愛
「来週からしばらく、在宅ワークをすることになった」
夕食時、突如告げられた夫の言葉に驚く静香。だけど、大好きな旦那様のために、少しでも良い仕事環境を整えようと奮闘する。
そんな健気な妻の姿を目の当たりにした夫の至は、仕事中にも関わらずムラムラしてしまい――。
全3話 ※タグにご注意ください/ムーンライトノベルズより転載
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる