【R-18】八年執着されましたが、幸せです

臣桜

文字の大きさ
上 下
28 / 63

〝特別〟になりたかった

しおりを挟む
 ――やはり、いい男にはいい女がいる。
 ――期待するだけ無駄なのだ。

(暁人さんの厚意に甘えて、ホテルでの勤務と、他の事できちんと二億を返していかないと。昔、テレビのバラエティ番組で、一般人の女性が億単位のお金を完済したって言っていた。不可能じゃない)

 これからの事を考え、カクテルを口にする。

(奥さんに悪いから、もう体の関係を持つのはきっぱりやめよう。彼が望んでも断らなきゃ)

 暁人の事は好ましく思っていたが、妻がいるのに他の女性と関係を持つのは駄目だ。

 彼に求められると嬉しいと思ってしまったが、その誘惑を断たなければいけない。
 暁人としては金を払った代わりに抱いているかもしれないが、妻にはそんな事は関係ない。

(彼女が私の存在を知ったら、絶対に不愉快に思う。まずはあのマンションを出て、一人暮らしできる物件を探さないと。何もかも暁人さんに甘えすぎた。いい加減、傷ついたとかつらい目に遭ったとかを言い訳にしないで、自分の足でしっかり立って現実を生きなきゃ)

 決意を固めたあと、芳乃はグラスに残っていたカクテルをグイッと飲み干し、立ち上がって会計をした。

 カクテル一杯飲んだだけで、少しリッチなランチコースを食べられるほどの額になったが、真実を知られたのでよしとする。

 店を出たあとは、ぼんやりとしたまま自転車を引き取りに〝エデンズ・ホテル東京〟に向かった。

 考えるべき事が沢山あるはずなのに、頭の中は暁人と妻の事で飽和状態になっている。





 気がつけば芳乃はマンションに帰っていて、広いリビングをぼんやりと見ていた。

(本来ならここには彼女……グレースさんがいて、一緒に暮らしていたはずだったんだ)

 とうとう、我慢しきれずに目から涙が零れ、頬を伝っていく。

(……私、……暁人さんの事が好きだったんだ)

 こんな残酷な形で、自分の気持ちを再確認するとは思っていなかった。

 自分に向けられる優しげな目も、真剣に何かを訴える視線も、肌に触れる手も、温かな舌も、熱い屹立も、すべて独り占めできていたと勘違いしていた。

 あれらはすべて、人の物だ。

「…………っ、バカみたい……っ」

 暁人を責めるなんてできない。

 彼は絶望の淵に立っていた自分に手を差し伸べてくれた、大恩人だ。
 妻がいながら芳乃に手を出してきたのは彼だけれど、知らなかったとはいえ受け入れてしまったのは自分だ。

「…………好き……っ、――なの、……に……っ」

 涙が次から次に零れ、止まってくれない。

 芳乃はその場にしゃがみ込み、激しく嗚咽した。

 ウィリアムに振られた時だって、こんなに傷つかなかった。
 父の葬式でも、こんなに泣けなかった。

 悲しみの種類が違ったのかもしれない。

 けれど今、芳乃は人生で一番の悲しみに翻弄されていた。

「……っ、暁人さんの……っ、本当の〝特別〟に、――なり、たかった……っ」

 胸の奥が痛くなるほど泣いて、涙が涸れた頃になり、芳乃はノロノロと立ち上がった。

(きっとメイクが落ちて顔がグシャグシャだ。帰ってくる前に、何事もなかったようにしないと)

 時間は二十四時前で、芳乃は急いでシャワーに入った。

 バーなどは、大体深夜一時ぐらいで閉まる。

 悠長にしていられないので、なるべく何も考えないようにしてメイクを落とし、髪と体を洗った。
 寝る支度を終えてベッドに潜り込んだが、頭が興奮していてなかなか寝付けない。

(明日、休みで良かった。……色々、調べて準備をしよう)

 体にはアルコールが残っている。

 強めの物を一気に呷ってしまったからか、体はまだ熱く大人しくしていると頭の中でドッドッと心臓が鳴っているような感覚に陥った。

 そうしているうちに、玄関の鍵が開けられ暁人が帰宅した物音が聞こえた。

 一瞬、グレースも一緒に帰って来たのでは? と思い、芳乃は息を潜める。
 けれど聞こえるのは暁人の気配のみで、誰かと会話している様子もない。

(奥さんは別の所に泊まるの?)

 彼に尋ねたい気持ちはあるが、今日尾行してしまった事は誰にも秘密でいようと決めた。

 気になってしまったとはいえ、一方的な恋心から暁人をつけ回しただなんて、まるでストーカーだ。

 自分の恋心は、もっと正当化のできる綺麗なものでありたい。

 勝手ながらそんな感情を抱き、芳乃は今からでも必死にグレースに誠実な対応ができるよう、挽回しようと思っていた。
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。 幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。 幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。 関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

処理中です...