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〝特別〟になりたかった
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――やはり、いい男にはいい女がいる。
――期待するだけ無駄なのだ。
(暁人さんの厚意に甘えて、ホテルでの勤務と、他の事できちんと二億を返していかないと。昔、テレビのバラエティ番組で、一般人の女性が億単位のお金を完済したって言っていた。不可能じゃない)
これからの事を考え、カクテルを口にする。
(奥さんに悪いから、もう体の関係を持つのはきっぱりやめよう。彼が望んでも断らなきゃ)
暁人の事は好ましく思っていたが、妻がいるのに他の女性と関係を持つのは駄目だ。
彼に求められると嬉しいと思ってしまったが、その誘惑を断たなければいけない。
暁人としては金を払った代わりに抱いているかもしれないが、妻にはそんな事は関係ない。
(彼女が私の存在を知ったら、絶対に不愉快に思う。まずはあのマンションを出て、一人暮らしできる物件を探さないと。何もかも暁人さんに甘えすぎた。いい加減、傷ついたとかつらい目に遭ったとかを言い訳にしないで、自分の足でしっかり立って現実を生きなきゃ)
決意を固めたあと、芳乃はグラスに残っていたカクテルをグイッと飲み干し、立ち上がって会計をした。
カクテル一杯飲んだだけで、少しリッチなランチコースを食べられるほどの額になったが、真実を知られたのでよしとする。
店を出たあとは、ぼんやりとしたまま自転車を引き取りに〝エデンズ・ホテル東京〟に向かった。
考えるべき事が沢山あるはずなのに、頭の中は暁人と妻の事で飽和状態になっている。
気がつけば芳乃はマンションに帰っていて、広いリビングをぼんやりと見ていた。
(本来ならここには彼女……グレースさんがいて、一緒に暮らしていたはずだったんだ)
とうとう、我慢しきれずに目から涙が零れ、頬を伝っていく。
(……私、……暁人さんの事が好きだったんだ)
こんな残酷な形で、自分の気持ちを再確認するとは思っていなかった。
自分に向けられる優しげな目も、真剣に何かを訴える視線も、肌に触れる手も、温かな舌も、熱い屹立も、すべて独り占めできていたと勘違いしていた。
あれらはすべて、人の物だ。
「…………っ、バカみたい……っ」
暁人を責めるなんてできない。
彼は絶望の淵に立っていた自分に手を差し伸べてくれた、大恩人だ。
妻がいながら芳乃に手を出してきたのは彼だけれど、知らなかったとはいえ受け入れてしまったのは自分だ。
「…………好き……っ、――なの、……に……っ」
涙が次から次に零れ、止まってくれない。
芳乃はその場にしゃがみ込み、激しく嗚咽した。
ウィリアムに振られた時だって、こんなに傷つかなかった。
父の葬式でも、こんなに泣けなかった。
悲しみの種類が違ったのかもしれない。
けれど今、芳乃は人生で一番の悲しみに翻弄されていた。
「……っ、暁人さんの……っ、本当の〝特別〟に、――なり、たかった……っ」
胸の奥が痛くなるほど泣いて、涙が涸れた頃になり、芳乃はノロノロと立ち上がった。
(きっとメイクが落ちて顔がグシャグシャだ。帰ってくる前に、何事もなかったようにしないと)
時間は二十四時前で、芳乃は急いでシャワーに入った。
バーなどは、大体深夜一時ぐらいで閉まる。
悠長にしていられないので、なるべく何も考えないようにしてメイクを落とし、髪と体を洗った。
寝る支度を終えてベッドに潜り込んだが、頭が興奮していてなかなか寝付けない。
(明日、休みで良かった。……色々、調べて準備をしよう)
体にはアルコールが残っている。
強めの物を一気に呷ってしまったからか、体はまだ熱く大人しくしていると頭の中でドッドッと心臓が鳴っているような感覚に陥った。
そうしているうちに、玄関の鍵が開けられ暁人が帰宅した物音が聞こえた。
一瞬、グレースも一緒に帰って来たのでは? と思い、芳乃は息を潜める。
けれど聞こえるのは暁人の気配のみで、誰かと会話している様子もない。
(奥さんは別の所に泊まるの?)
彼に尋ねたい気持ちはあるが、今日尾行してしまった事は誰にも秘密でいようと決めた。
気になってしまったとはいえ、一方的な恋心から暁人をつけ回しただなんて、まるでストーカーだ。
自分の恋心は、もっと正当化のできる綺麗なものでありたい。
勝手ながらそんな感情を抱き、芳乃は今からでも必死にグレースに誠実な対応ができるよう、挽回しようと思っていた。
――期待するだけ無駄なのだ。
(暁人さんの厚意に甘えて、ホテルでの勤務と、他の事できちんと二億を返していかないと。昔、テレビのバラエティ番組で、一般人の女性が億単位のお金を完済したって言っていた。不可能じゃない)
これからの事を考え、カクテルを口にする。
(奥さんに悪いから、もう体の関係を持つのはきっぱりやめよう。彼が望んでも断らなきゃ)
暁人の事は好ましく思っていたが、妻がいるのに他の女性と関係を持つのは駄目だ。
彼に求められると嬉しいと思ってしまったが、その誘惑を断たなければいけない。
暁人としては金を払った代わりに抱いているかもしれないが、妻にはそんな事は関係ない。
(彼女が私の存在を知ったら、絶対に不愉快に思う。まずはあのマンションを出て、一人暮らしできる物件を探さないと。何もかも暁人さんに甘えすぎた。いい加減、傷ついたとかつらい目に遭ったとかを言い訳にしないで、自分の足でしっかり立って現実を生きなきゃ)
決意を固めたあと、芳乃はグラスに残っていたカクテルをグイッと飲み干し、立ち上がって会計をした。
カクテル一杯飲んだだけで、少しリッチなランチコースを食べられるほどの額になったが、真実を知られたのでよしとする。
店を出たあとは、ぼんやりとしたまま自転車を引き取りに〝エデンズ・ホテル東京〟に向かった。
考えるべき事が沢山あるはずなのに、頭の中は暁人と妻の事で飽和状態になっている。
気がつけば芳乃はマンションに帰っていて、広いリビングをぼんやりと見ていた。
(本来ならここには彼女……グレースさんがいて、一緒に暮らしていたはずだったんだ)
とうとう、我慢しきれずに目から涙が零れ、頬を伝っていく。
(……私、……暁人さんの事が好きだったんだ)
こんな残酷な形で、自分の気持ちを再確認するとは思っていなかった。
自分に向けられる優しげな目も、真剣に何かを訴える視線も、肌に触れる手も、温かな舌も、熱い屹立も、すべて独り占めできていたと勘違いしていた。
あれらはすべて、人の物だ。
「…………っ、バカみたい……っ」
暁人を責めるなんてできない。
彼は絶望の淵に立っていた自分に手を差し伸べてくれた、大恩人だ。
妻がいながら芳乃に手を出してきたのは彼だけれど、知らなかったとはいえ受け入れてしまったのは自分だ。
「…………好き……っ、――なの、……に……っ」
涙が次から次に零れ、止まってくれない。
芳乃はその場にしゃがみ込み、激しく嗚咽した。
ウィリアムに振られた時だって、こんなに傷つかなかった。
父の葬式でも、こんなに泣けなかった。
悲しみの種類が違ったのかもしれない。
けれど今、芳乃は人生で一番の悲しみに翻弄されていた。
「……っ、暁人さんの……っ、本当の〝特別〟に、――なり、たかった……っ」
胸の奥が痛くなるほど泣いて、涙が涸れた頃になり、芳乃はノロノロと立ち上がった。
(きっとメイクが落ちて顔がグシャグシャだ。帰ってくる前に、何事もなかったようにしないと)
時間は二十四時前で、芳乃は急いでシャワーに入った。
バーなどは、大体深夜一時ぐらいで閉まる。
悠長にしていられないので、なるべく何も考えないようにしてメイクを落とし、髪と体を洗った。
寝る支度を終えてベッドに潜り込んだが、頭が興奮していてなかなか寝付けない。
(明日、休みで良かった。……色々、調べて準備をしよう)
体にはアルコールが残っている。
強めの物を一気に呷ってしまったからか、体はまだ熱く大人しくしていると頭の中でドッドッと心臓が鳴っているような感覚に陥った。
そうしているうちに、玄関の鍵が開けられ暁人が帰宅した物音が聞こえた。
一瞬、グレースも一緒に帰って来たのでは? と思い、芳乃は息を潜める。
けれど聞こえるのは暁人の気配のみで、誰かと会話している様子もない。
(奥さんは別の所に泊まるの?)
彼に尋ねたい気持ちはあるが、今日尾行してしまった事は誰にも秘密でいようと決めた。
気になってしまったとはいえ、一方的な恋心から暁人をつけ回しただなんて、まるでストーカーだ。
自分の恋心は、もっと正当化のできる綺麗なものでありたい。
勝手ながらそんな感情を抱き、芳乃は今からでも必死にグレースに誠実な対応ができるよう、挽回しようと思っていた。
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