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指輪
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金持ちのお遊びでは、からかわれているのでは、と思っても、彼がそんな人ではないのは芳乃が一番分かっている。
最終的に、この状況の「なぜ」はお蔵入りになってしまう。
(暁人さんが分からない。感謝はしているけれど、彼と自分の関係が分からない)
誰よりも暁人の側にいるはずなのに、芳乃は孤独を感じていた。
それでも暁人との暮らしは楽しく、彼が疲れて帰って来た時に「お帰りなさい」と言えるのが嬉しかった。
彼が自分の作った物をパクパク食べてくれるのを見るのも気持ちいいし、時間があると一緒にプロジェクターで映画を見たりゆったりクラシックを聴く時間も心地いい。
彼に求められ、抱かれる気持ちよさも覚えた。
相変わらず暁人は芳乃の気持ちを一番に考えてくれ、気が乗らない時、体調の悪い時は無理に抱こうとしなかった。
OKを出した時は心底嬉しそうに笑い、たっぷりとろかすような愛撫をして芳乃に幸せを与えてくれた。
最初に暁人が言った通り、芳乃は彼に大切にされ愛されるたび、自分は無価値だと思っていた気持ちがどんどん癒やされていくのを感じる。
自分は誰にとっても害悪で、疫病神のようと思っていた気持ちが、「そんな事はない。君は最高の女性だ。何より俺が愛し敬っている」という彼の気持ちによって、温かく回復していったのだった。
**
七月のある日、暁人が朝にこう言ってきた。
「今日は人と食事をする予定があるから、悪いけど一人で食事をしてもらっていいかな? 帰りも何時になるか分からないから、遅かったら待たずに寝ていていい」
「分かりました」
その時は、「仕事で会食か何かがあるんだな」としか思っていなかった。
芳乃はその日、日勤Bのシフトだったので、昼過ぎに出勤して二十二時までの仕事だった。
シフトは暁人とアプリで共有していて、それに合わせ、芳乃が夜勤の時に暁人は作り置きの物を食べる、外食などで済ませてくれている。
二十二時になりホテルを出た芳乃は、休憩時間に手製のおにぎりを一つ食べたきりで、どことなく空腹を感じていた。
(暁人さんとは別行動だし、たまにラーメンでも食べようかな)
そう思い、芳乃はホテルを出て線路を越えると、銀座にあるラーメン屋に向かった。
自転車に乗って銀座の店に入るのは憚られるので、自転車はホテルに置き、帰りに寄って引き取るつもりだ。
もともとラーメンは大好きで、暁人のマンションに越してからも週に数回は彼が「好きな物を食べられるように」と言って外食デーを作ってくれていた。
そんな中で東京駅近辺の洋食、和食、中華を楽しむ中で、ラーメン屋にも詳しくなっていったのだ。
行こうと思った店は、少し高級感がありながら、オシャレで鶏白湯を売りにしたスープがとても美味しい。
好きな物が食べられるとウキウキして歩いていたのだが、スクランブル交差点を歩いている時に、暁人を見た気がして足が止まった。
(……ん?)
雑踏の向こうで見え隠れしている、背の高い人物を凝視する。
芳乃の足は、自然とラーメン屋を通り過ぎていた。
彼が来ているスーツは、暁人が朝着ていた物によく似ている。スーツを着た体のシルエットも、モデルのようなスタイルも酷似している。
――なら、隣を歩いている金髪の女性は?
「……グレース……」
思わず、先日彼が電話をしていた女性の名前が口から漏れた。
呆然としたまま芳乃は無自覚に二人のあとをついて行く。
尾行するなんて悪い事だ。
そもそも、自分には二人を気にして尾行する権利がない。
自分に言い聞かせるも、彼女の足はどんどん前に進んでいく。
やがて二人は高級そうなバーの前で立ち止まり、中に入るか話し合っているようだった。
その時、彼が暁人だと芳乃はしっかり確認した。
暁人はスーツのポケットからスマホを取り出して、何か操作をする。
(あ……っ)
その瞬間、芳乃は目撃してしまった。
普段は何もついていない暁人の、左手の薬指に指輪が嵌められていた。
目を見開いたまま、芳乃は遠くから女性の左手を凝視する。
彼女も暁人がスマホを弄っている間、バッグからスマホを取り出して誰かと電話を始める。
そしてやはり、彼女の同じ指にも指輪がチラリと見えた。
最終的に、この状況の「なぜ」はお蔵入りになってしまう。
(暁人さんが分からない。感謝はしているけれど、彼と自分の関係が分からない)
誰よりも暁人の側にいるはずなのに、芳乃は孤独を感じていた。
それでも暁人との暮らしは楽しく、彼が疲れて帰って来た時に「お帰りなさい」と言えるのが嬉しかった。
彼が自分の作った物をパクパク食べてくれるのを見るのも気持ちいいし、時間があると一緒にプロジェクターで映画を見たりゆったりクラシックを聴く時間も心地いい。
彼に求められ、抱かれる気持ちよさも覚えた。
相変わらず暁人は芳乃の気持ちを一番に考えてくれ、気が乗らない時、体調の悪い時は無理に抱こうとしなかった。
OKを出した時は心底嬉しそうに笑い、たっぷりとろかすような愛撫をして芳乃に幸せを与えてくれた。
最初に暁人が言った通り、芳乃は彼に大切にされ愛されるたび、自分は無価値だと思っていた気持ちがどんどん癒やされていくのを感じる。
自分は誰にとっても害悪で、疫病神のようと思っていた気持ちが、「そんな事はない。君は最高の女性だ。何より俺が愛し敬っている」という彼の気持ちによって、温かく回復していったのだった。
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七月のある日、暁人が朝にこう言ってきた。
「今日は人と食事をする予定があるから、悪いけど一人で食事をしてもらっていいかな? 帰りも何時になるか分からないから、遅かったら待たずに寝ていていい」
「分かりました」
その時は、「仕事で会食か何かがあるんだな」としか思っていなかった。
芳乃はその日、日勤Bのシフトだったので、昼過ぎに出勤して二十二時までの仕事だった。
シフトは暁人とアプリで共有していて、それに合わせ、芳乃が夜勤の時に暁人は作り置きの物を食べる、外食などで済ませてくれている。
二十二時になりホテルを出た芳乃は、休憩時間に手製のおにぎりを一つ食べたきりで、どことなく空腹を感じていた。
(暁人さんとは別行動だし、たまにラーメンでも食べようかな)
そう思い、芳乃はホテルを出て線路を越えると、銀座にあるラーメン屋に向かった。
自転車に乗って銀座の店に入るのは憚られるので、自転車はホテルに置き、帰りに寄って引き取るつもりだ。
もともとラーメンは大好きで、暁人のマンションに越してからも週に数回は彼が「好きな物を食べられるように」と言って外食デーを作ってくれていた。
そんな中で東京駅近辺の洋食、和食、中華を楽しむ中で、ラーメン屋にも詳しくなっていったのだ。
行こうと思った店は、少し高級感がありながら、オシャレで鶏白湯を売りにしたスープがとても美味しい。
好きな物が食べられるとウキウキして歩いていたのだが、スクランブル交差点を歩いている時に、暁人を見た気がして足が止まった。
(……ん?)
雑踏の向こうで見え隠れしている、背の高い人物を凝視する。
芳乃の足は、自然とラーメン屋を通り過ぎていた。
彼が来ているスーツは、暁人が朝着ていた物によく似ている。スーツを着た体のシルエットも、モデルのようなスタイルも酷似している。
――なら、隣を歩いている金髪の女性は?
「……グレース……」
思わず、先日彼が電話をしていた女性の名前が口から漏れた。
呆然としたまま芳乃は無自覚に二人のあとをついて行く。
尾行するなんて悪い事だ。
そもそも、自分には二人を気にして尾行する権利がない。
自分に言い聞かせるも、彼女の足はどんどん前に進んでいく。
やがて二人は高級そうなバーの前で立ち止まり、中に入るか話し合っているようだった。
その時、彼が暁人だと芳乃はしっかり確認した。
暁人はスーツのポケットからスマホを取り出して、何か操作をする。
(あ……っ)
その瞬間、芳乃は目撃してしまった。
普段は何もついていない暁人の、左手の薬指に指輪が嵌められていた。
目を見開いたまま、芳乃は遠くから女性の左手を凝視する。
彼女も暁人がスマホを弄っている間、バッグからスマホを取り出して誰かと電話を始める。
そしてやはり、彼女の同じ指にも指輪がチラリと見えた。
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