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出社日
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トクン、トクン……と彼の鼓動が聞こえてくる。
(かりそめの関係でもいい。今は仕事に真剣に取り組んで、彼の要望に応えるのみ。何よりも家族を安心させたい)
本来の目的を思い出し、そのためなら恋心の一つや二つ、封印するのは簡単だと自分に言い聞かせた。
暁人はそんな彼女の心境を知らず、乱れた髪を撫でては芳乃の香りをそっと吸う。
優しい愛撫に芳乃はうっとりとしていたけれど、――不意に、グゥゥ……とお腹を鳴らしてしまった。
「!!」
(そうだ! 朝急いでて食べられてなくて……。もともと、ここずっと不調で食が細かったのもあって……)
心の中で言い訳をしたが、その前にすでに暁人がクツクツ笑っていた。
「ごめん。無理させたな。飯…………、は、無理そうだから、何かデリバリー頼もうか」
「い、いえ! 私が作りま……っ、んぅっ」
慌てて起き上がろうとするも、体内に入っていた屹立を引き抜かれ色っぽい声が漏れてしまう。
そのあとまた起きようとするも、腰に力が入らず、べちゃっとシーツの上に伏せてしまう。
「???」
こんな状態になった事がない芳乃は、自分の体が言う事をきかない事態に首を傾げている。
「だから、無理しなくていいって」
暁人は明るく笑い、避妊具を処理したあと、下着をはいて「何を食べる?」とタブレット端末でデリバリーサイトを開き、芳乃に見せてきた。
「よ、夜からちゃんと働きますから」
「分かったよ」
クスクス笑う暁人は、まるで恋人のように接してくれる。
〝副社長〟としての威厳はどこかへ、今は二十五歳の男性そのままだ。
社員たちが憧れる神楽坂暁人のこんな顔を、自分が知っていいのだろうかと思いながら、芳乃はひとまず空腹を満たすためにメニューを覗き込んだ。
**
芳乃が暁人のマンションに住み始めたのは、四月半ばだった。
採用の連絡があったあと、実際に働き始めるのは四月の最後の週からとなっていたので、もしかしたら暁人が調整してくれたのかもしれない。
それまでの間、芳乃はスーパーやコンビニ、郵便局などの場所を散歩がてらに覚えた。
暁人はまったく料理を作らないというので、ガランとしていたキッチンにも調理器具、食材を買って補充し、いつでも料理が作る事のできる環境を整える。
初めて暁人と体を重ねた日、腰が立つようになってから一緒に買い物に行き、夜は彼のリクエストでハンバーグを作った。
口に合うかどうかドキドキしたが、「美味い」と言ってくれ、胸をなで下ろす。
そのあと芳乃が作る、煮物やベーシックな洋食、丼ものに中華なども、暁人はすべて「美味い、美味い」と言ってペロッと食べてくれた。
どうやら好き嫌いはないようで、そこも嬉しかった。
初めは料理を作ってほしいと言われたので、プロ並みの腕を期待されているのかと思って緊張していた。
が、実際に暁人と暮らしてみると、彼は本当に肩肘張らない自然体の男性で、一緒にいるのがとても楽だった。
やがて芳乃の出社日になり、彼女は自転車で〝エデンズ・ホテル東京〟まで向かい、支給された制服に着替えたあと、指導員に挨拶をした。
彼女と暁人が同棲している事は、彼の秘書や総支配人ぐらいしか知らないらしい。
勤務時は暁人の事を〝副社長〟として考えるに徹する。
ホテルで実際働くスタッフには、宿泊関係の他に、料理、宴会や結婚式などの部門がある。
他に一般の会社のように営業や広報、人事、総務、経理などがある。
神楽坂グループの本社ビルは都内の割と近い場所にあり、暁人はそこに主にいて、全国または海外にあるリゾートホテルなどにも出張に行き、現地の責任者やスタッフたちと様々な調整をしているようだ。
さしあたって芳乃は〝ゴールデン・ターナー〟で三年間フロントをしていた経歴を見込まれ、即戦力としてフロントに配置された。
フロントはホテルの顔とも言われ、重要な役割にある。
大きいホテルなので常に数名いる状態だが、芳乃は経験はあってもここでは新人なので、すでに勤務している先輩フロントの様子を見ながら、当面の間は補助しながら仕事を覚えていく事になった。
(かりそめの関係でもいい。今は仕事に真剣に取り組んで、彼の要望に応えるのみ。何よりも家族を安心させたい)
本来の目的を思い出し、そのためなら恋心の一つや二つ、封印するのは簡単だと自分に言い聞かせた。
暁人はそんな彼女の心境を知らず、乱れた髪を撫でては芳乃の香りをそっと吸う。
優しい愛撫に芳乃はうっとりとしていたけれど、――不意に、グゥゥ……とお腹を鳴らしてしまった。
「!!」
(そうだ! 朝急いでて食べられてなくて……。もともと、ここずっと不調で食が細かったのもあって……)
心の中で言い訳をしたが、その前にすでに暁人がクツクツ笑っていた。
「ごめん。無理させたな。飯…………、は、無理そうだから、何かデリバリー頼もうか」
「い、いえ! 私が作りま……っ、んぅっ」
慌てて起き上がろうとするも、体内に入っていた屹立を引き抜かれ色っぽい声が漏れてしまう。
そのあとまた起きようとするも、腰に力が入らず、べちゃっとシーツの上に伏せてしまう。
「???」
こんな状態になった事がない芳乃は、自分の体が言う事をきかない事態に首を傾げている。
「だから、無理しなくていいって」
暁人は明るく笑い、避妊具を処理したあと、下着をはいて「何を食べる?」とタブレット端末でデリバリーサイトを開き、芳乃に見せてきた。
「よ、夜からちゃんと働きますから」
「分かったよ」
クスクス笑う暁人は、まるで恋人のように接してくれる。
〝副社長〟としての威厳はどこかへ、今は二十五歳の男性そのままだ。
社員たちが憧れる神楽坂暁人のこんな顔を、自分が知っていいのだろうかと思いながら、芳乃はひとまず空腹を満たすためにメニューを覗き込んだ。
**
芳乃が暁人のマンションに住み始めたのは、四月半ばだった。
採用の連絡があったあと、実際に働き始めるのは四月の最後の週からとなっていたので、もしかしたら暁人が調整してくれたのかもしれない。
それまでの間、芳乃はスーパーやコンビニ、郵便局などの場所を散歩がてらに覚えた。
暁人はまったく料理を作らないというので、ガランとしていたキッチンにも調理器具、食材を買って補充し、いつでも料理が作る事のできる環境を整える。
初めて暁人と体を重ねた日、腰が立つようになってから一緒に買い物に行き、夜は彼のリクエストでハンバーグを作った。
口に合うかどうかドキドキしたが、「美味い」と言ってくれ、胸をなで下ろす。
そのあと芳乃が作る、煮物やベーシックな洋食、丼ものに中華なども、暁人はすべて「美味い、美味い」と言ってペロッと食べてくれた。
どうやら好き嫌いはないようで、そこも嬉しかった。
初めは料理を作ってほしいと言われたので、プロ並みの腕を期待されているのかと思って緊張していた。
が、実際に暁人と暮らしてみると、彼は本当に肩肘張らない自然体の男性で、一緒にいるのがとても楽だった。
やがて芳乃の出社日になり、彼女は自転車で〝エデンズ・ホテル東京〟まで向かい、支給された制服に着替えたあと、指導員に挨拶をした。
彼女と暁人が同棲している事は、彼の秘書や総支配人ぐらいしか知らないらしい。
勤務時は暁人の事を〝副社長〟として考えるに徹する。
ホテルで実際働くスタッフには、宿泊関係の他に、料理、宴会や結婚式などの部門がある。
他に一般の会社のように営業や広報、人事、総務、経理などがある。
神楽坂グループの本社ビルは都内の割と近い場所にあり、暁人はそこに主にいて、全国または海外にあるリゾートホテルなどにも出張に行き、現地の責任者やスタッフたちと様々な調整をしているようだ。
さしあたって芳乃は〝ゴールデン・ターナー〟で三年間フロントをしていた経歴を見込まれ、即戦力としてフロントに配置された。
フロントはホテルの顔とも言われ、重要な役割にある。
大きいホテルなので常に数名いる状態だが、芳乃は経験はあってもここでは新人なので、すでに勤務している先輩フロントの様子を見ながら、当面の間は補助しながら仕事を覚えていく事になった。
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