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『私なんか』って言ったらキスをするって言った
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今度は迫るでも、退くでもない。
目の前に立ち、俯いた芳乃の顔を覗き込んでくる。
頬を撫でられ、宥めるように尋ねられ、芳乃はコクンと頷いた。
「……話してくれるか? 俺は君を抱きたいと思っている。君の体に誰かがすでに触れていたなら、今の〝恋人〟として聞いておきたい」
感情を押し殺した声で言われ、芳乃は断る理由もなく頷いていた。
場所を移動し、二人はリビングのソファに並んで座った。
そして芳乃は先ほど思い出した事を、ポツリポツリと語ってゆく。
加えて、話すまいと思っていたのに、自分が〝ゴールデン・ターナー〟を失恋により辞めた事も打ち明けた。
暁人は無言で手を握ってくる。
「……ごめんなさい」
ポツリと謝った言葉は、何に対してなのか自分でも分からなかった。
失恋で仕事を辞め、父も亡くなったショックもあり、投資金をコントロールできなかったので、大負けしました。御社で雇ってください。
面接でそう言ったら、恐らく誰も雇ってくれないだろう。
自分の恥部をすべて曝け出した芳乃は、断罪されるのを待つ罪人に似た気持ちで俯いていた。
「……何への『ごめんなさい』?」
けれど暁人に尋ねられ、思わず「え?」と彼を見上げた。
暁人はガラス越しに見える皇居に目を向け、淡々と事実を述べる。
「雇用する側からすれば、相手がどんな理由で前職を辞めたかは、さほど重要じゃない。問題を起こしての懲戒解雇なら別だけど、海外なら日本より転職に対して抵抗がないだろう? 『環境、人、金銭面において自分に合わなかった』と理由をつけて辞めて、次に自分に合いそうな仕事をフットワーク軽く見つける。それが普通だ。だから、〝ゴールデン・ターナー〟をどんな理由で辞めたかなんて、俺にとっては大して問題ではない。勿論、神楽坂グループの副社長としても」
そう言われ、芳乃は安堵した。
「ありがとうございます。……あなたをガッカリさせてしまったら、嫌だと思ったんです。私は何一ついい所がない〝訳あり品〟。今は自分をそんな風に思ってしまっているから」
暁人は大きな溜め息をついた。
「はい、駄目」
「えっ?」
たった今、謝らなくていいというニュアンスの事を言ったのに、「駄目」と言われた。
理由が分からなくて彼を見るが、不機嫌そうに睨まれるのみだ。
「こっち来て」
「あっ……、あ」
手を握られ、リビングダイニングを出て向かった先は、マスターベッドルームと彼が先ほど紹介した部屋だった。
ベッドルームに連れて行かれ、何が起こるのか想像できないほど子供ではない。
「あの……」
手を離され、目の前で暁人がTシャツを脱ぐ姿を呆然と見る。
見た目はスラリとしているのに、隠れマッチョと言うのか、厚い胸板や割れた腹筋が目に焼き付き、ドキンッと心臓が高鳴った。
とっさに横を向いて固まった芳乃の前に、暁人が立つ。
「面接のあった日、ホテルで『私なんか』って言ったらキスをするって言った」
「は、はい。……覚えています」
自分を卑下する言葉を言ってはいけないと、NYにいた時も同僚たちに散々注意された。
渡米当初、日本人的な感覚を色々矯正され、向こうでの強気なマインドに慣れたはずだった。
培ったはずのマインドも、ウィリアムに振られてから不幸が重なった事で、すべて失われてしまった。
ポジティブに考えようとしても、「私のどこにそう思える魅力がある?」ともう一人の自分が悪魔のように囁いてくるのだ。
だからつい、暁人の前でもポロポロと彼を不快にさせる言葉を口にしてしまっていた。
気を付けようと思っていても、無意識なのだからどうしようもない。
「……すみません」
「直していってほしい」
「はい」
言われて、その通りだと思った。
自分と同居する人間が、常にネガティブ発言する存在なら、誰だって気が滅入る。
――恥ずかしい。
仕方のない事だったとはいえ、不幸ばかりを見つめ、自分の人生はそれ一色だという振る舞いをしていたと言われたも同然だ。
目の前に立ち、俯いた芳乃の顔を覗き込んでくる。
頬を撫でられ、宥めるように尋ねられ、芳乃はコクンと頷いた。
「……話してくれるか? 俺は君を抱きたいと思っている。君の体に誰かがすでに触れていたなら、今の〝恋人〟として聞いておきたい」
感情を押し殺した声で言われ、芳乃は断る理由もなく頷いていた。
場所を移動し、二人はリビングのソファに並んで座った。
そして芳乃は先ほど思い出した事を、ポツリポツリと語ってゆく。
加えて、話すまいと思っていたのに、自分が〝ゴールデン・ターナー〟を失恋により辞めた事も打ち明けた。
暁人は無言で手を握ってくる。
「……ごめんなさい」
ポツリと謝った言葉は、何に対してなのか自分でも分からなかった。
失恋で仕事を辞め、父も亡くなったショックもあり、投資金をコントロールできなかったので、大負けしました。御社で雇ってください。
面接でそう言ったら、恐らく誰も雇ってくれないだろう。
自分の恥部をすべて曝け出した芳乃は、断罪されるのを待つ罪人に似た気持ちで俯いていた。
「……何への『ごめんなさい』?」
けれど暁人に尋ねられ、思わず「え?」と彼を見上げた。
暁人はガラス越しに見える皇居に目を向け、淡々と事実を述べる。
「雇用する側からすれば、相手がどんな理由で前職を辞めたかは、さほど重要じゃない。問題を起こしての懲戒解雇なら別だけど、海外なら日本より転職に対して抵抗がないだろう? 『環境、人、金銭面において自分に合わなかった』と理由をつけて辞めて、次に自分に合いそうな仕事をフットワーク軽く見つける。それが普通だ。だから、〝ゴールデン・ターナー〟をどんな理由で辞めたかなんて、俺にとっては大して問題ではない。勿論、神楽坂グループの副社長としても」
そう言われ、芳乃は安堵した。
「ありがとうございます。……あなたをガッカリさせてしまったら、嫌だと思ったんです。私は何一ついい所がない〝訳あり品〟。今は自分をそんな風に思ってしまっているから」
暁人は大きな溜め息をついた。
「はい、駄目」
「えっ?」
たった今、謝らなくていいというニュアンスの事を言ったのに、「駄目」と言われた。
理由が分からなくて彼を見るが、不機嫌そうに睨まれるのみだ。
「こっち来て」
「あっ……、あ」
手を握られ、リビングダイニングを出て向かった先は、マスターベッドルームと彼が先ほど紹介した部屋だった。
ベッドルームに連れて行かれ、何が起こるのか想像できないほど子供ではない。
「あの……」
手を離され、目の前で暁人がTシャツを脱ぐ姿を呆然と見る。
見た目はスラリとしているのに、隠れマッチョと言うのか、厚い胸板や割れた腹筋が目に焼き付き、ドキンッと心臓が高鳴った。
とっさに横を向いて固まった芳乃の前に、暁人が立つ。
「面接のあった日、ホテルで『私なんか』って言ったらキスをするって言った」
「は、はい。……覚えています」
自分を卑下する言葉を言ってはいけないと、NYにいた時も同僚たちに散々注意された。
渡米当初、日本人的な感覚を色々矯正され、向こうでの強気なマインドに慣れたはずだった。
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ポジティブに考えようとしても、「私のどこにそう思える魅力がある?」ともう一人の自分が悪魔のように囁いてくるのだ。
だからつい、暁人の前でもポロポロと彼を不快にさせる言葉を口にしてしまっていた。
気を付けようと思っていても、無意識なのだからどうしようもない。
「……すみません」
「直していってほしい」
「はい」
言われて、その通りだと思った。
自分と同居する人間が、常にネガティブ発言する存在なら、誰だって気が滅入る。
――恥ずかしい。
仕方のない事だったとはいえ、不幸ばかりを見つめ、自分の人生はそれ一色だという振る舞いをしていたと言われたも同然だ。
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