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契約恋人
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『そうか? なら良かった。それで提案なんだけど、君、料理はできるだろうか?』
「? はい……。普通の家庭料理なら……」
『通勤しやすい場所に、俺のマンションがある。そこで一緒に住まないか?』
「えっ?」
突然の提案に、芳乃は声を上げ、誰もいないというのに周囲を見回す。
『理由は、まず恋人ごっこをしやすい点にある。それに俺は、今は面倒であまりマンションに帰っておらず、ホテルにばかりいて食生活は外食かルームサービスだ。……でも、やっぱり家庭料理を食べたいという気持ちがある。掃除などは家政婦さんに任せているから、週に何回かでいいから、君の料理が食べられるのなら嬉しい』
「……そ、そんな事でいいのなら……」
電話の向こうで、暁人が嬉しそうに笑ったのが聞こえた。
『良かった。なら決定だ。近いうちに荷物をまとめて東京駅まで来てほしい。日程が決まったら、スケジュールを調整して迎えに行く』
「承知いたしました」
あっという間に引っ越しが決まり、電話が終わったあとに芳乃は荷物をまとめ始めた。
母と弟には〝大人の恋人ごっこ〟の事は話さず、副社長が境遇に同情してくれて金を無利子で貸してくれたという旨を話した。
詐欺を疑われたが、世間的に名前の知れている大企業の御曹司であり、副社長があくどい事をするはずもない。
芳乃自身いまだ信じられてはいないが、このまま家族全員で借金まみれになり疲弊していくよりは、ずっといいと思っていた。
「いずれきちんとご挨拶をしないとね」
母はいまだ釈然としていない様子だが、無理はない。
「就職先の副社長さんがたまたまいい人で良かった。宝くじみたいな確率での幸運だし、今後〝エデンズ・ホテル東京〟のために身を粉にして働くつもりだよ」
勇気づけるように言った芳乃を、母は様々な感情のこもった表情で見て、苦く笑う。
「……芳乃にばかり苦労を掛けてしまうわね」
「そんな事、考えなくていいの! 今までNYに行って好き勝手させてもらっていたんだから、今度は家族のために過ごせて嬉しいよ」
もう金は受け取ってしまったあとだし、状況は覆せない。
「私は自分の選んだ道を信じたい。お父さんが投資で失敗してしまったのも、持病の発作で死んでしまったのも、不測の事態だった。でもお金を貸してくれているのは、これから毎日のように職場で顔を合わせる副社長だし、いいコミュニケーションを取れば事態はいい方向に転んでいくと信じてる」
「……そうね。人と人のお付き合いなら、誠実に接していけば良い方向に転がるかもしれない。お母さんも近いうちに、きちんとご挨拶するからね」
「うん、分かった」
「東京ではどこに住むんだ?」
弟に尋ねられ、芳乃は半分ごまかしつつ答える。
「副社長が所有しているマンションの一室に空きがあるから、そこに住まわせてもらうの。代わりにご飯を作ったり、雑用とかもあるけれど、それも借金返済の一部の条件に入ってる。体調を崩すような事はさせず、本業であるホテルの仕事を優先させてくれるって言っていたから、そこは安心して?」
「俺も給料の一部を返済に充てるけど、姉ちゃんの給料だけで二億、返せるのかよ」
痛いところを突かれ、芳乃は微妙に笑う。
「分からない。けど堅実に働いて返してくつもり。何かあったらすぐ相談する」
母も弟も不安で堪らないという表情をしていたが、「すぐ相談する」と聞いて安心したようだった。
「こまめに連絡すれよ」
「分かった。ありがとう」
そして芳乃は暁人のマンションに向かう準備をした。
NYにいたのでもともと荷物は少なく、纏めたあとはすぐに麹町にある暁人のマンションに引っ越した。
スーツケース一つと大きなリュック一つを担いで現れた芳乃を見て、東京駅まで迎えに来た私服の暁人は「それだけ?」と目を瞬かせる。
「私、もともとアメリカにいたので、実家にそれほど荷物がないんです。その前も一人暮らしをしていましたし、渡米前に余計な物はすべて処分してしまったんです。なので、家財道具的な物は何も……」
「あぁ……、そうか」
履歴書は見ていたはずだが、もう一度説明されて彼は深く納得したようだった。
「とにかく、行こう」
暁人は車で迎えに来ていて、ロータリーで車に乗り込んだあと、数分で彼のマンションに着いた。
「? はい……。普通の家庭料理なら……」
『通勤しやすい場所に、俺のマンションがある。そこで一緒に住まないか?』
「えっ?」
突然の提案に、芳乃は声を上げ、誰もいないというのに周囲を見回す。
『理由は、まず恋人ごっこをしやすい点にある。それに俺は、今は面倒であまりマンションに帰っておらず、ホテルにばかりいて食生活は外食かルームサービスだ。……でも、やっぱり家庭料理を食べたいという気持ちがある。掃除などは家政婦さんに任せているから、週に何回かでいいから、君の料理が食べられるのなら嬉しい』
「……そ、そんな事でいいのなら……」
電話の向こうで、暁人が嬉しそうに笑ったのが聞こえた。
『良かった。なら決定だ。近いうちに荷物をまとめて東京駅まで来てほしい。日程が決まったら、スケジュールを調整して迎えに行く』
「承知いたしました」
あっという間に引っ越しが決まり、電話が終わったあとに芳乃は荷物をまとめ始めた。
母と弟には〝大人の恋人ごっこ〟の事は話さず、副社長が境遇に同情してくれて金を無利子で貸してくれたという旨を話した。
詐欺を疑われたが、世間的に名前の知れている大企業の御曹司であり、副社長があくどい事をするはずもない。
芳乃自身いまだ信じられてはいないが、このまま家族全員で借金まみれになり疲弊していくよりは、ずっといいと思っていた。
「いずれきちんとご挨拶をしないとね」
母はいまだ釈然としていない様子だが、無理はない。
「就職先の副社長さんがたまたまいい人で良かった。宝くじみたいな確率での幸運だし、今後〝エデンズ・ホテル東京〟のために身を粉にして働くつもりだよ」
勇気づけるように言った芳乃を、母は様々な感情のこもった表情で見て、苦く笑う。
「……芳乃にばかり苦労を掛けてしまうわね」
「そんな事、考えなくていいの! 今までNYに行って好き勝手させてもらっていたんだから、今度は家族のために過ごせて嬉しいよ」
もう金は受け取ってしまったあとだし、状況は覆せない。
「私は自分の選んだ道を信じたい。お父さんが投資で失敗してしまったのも、持病の発作で死んでしまったのも、不測の事態だった。でもお金を貸してくれているのは、これから毎日のように職場で顔を合わせる副社長だし、いいコミュニケーションを取れば事態はいい方向に転んでいくと信じてる」
「……そうね。人と人のお付き合いなら、誠実に接していけば良い方向に転がるかもしれない。お母さんも近いうちに、きちんとご挨拶するからね」
「うん、分かった」
「東京ではどこに住むんだ?」
弟に尋ねられ、芳乃は半分ごまかしつつ答える。
「副社長が所有しているマンションの一室に空きがあるから、そこに住まわせてもらうの。代わりにご飯を作ったり、雑用とかもあるけれど、それも借金返済の一部の条件に入ってる。体調を崩すような事はさせず、本業であるホテルの仕事を優先させてくれるって言っていたから、そこは安心して?」
「俺も給料の一部を返済に充てるけど、姉ちゃんの給料だけで二億、返せるのかよ」
痛いところを突かれ、芳乃は微妙に笑う。
「分からない。けど堅実に働いて返してくつもり。何かあったらすぐ相談する」
母も弟も不安で堪らないという表情をしていたが、「すぐ相談する」と聞いて安心したようだった。
「こまめに連絡すれよ」
「分かった。ありがとう」
そして芳乃は暁人のマンションに向かう準備をした。
NYにいたのでもともと荷物は少なく、纏めたあとはすぐに麹町にある暁人のマンションに引っ越した。
スーツケース一つと大きなリュック一つを担いで現れた芳乃を見て、東京駅まで迎えに来た私服の暁人は「それだけ?」と目を瞬かせる。
「私、もともとアメリカにいたので、実家にそれほど荷物がないんです。その前も一人暮らしをしていましたし、渡米前に余計な物はすべて処分してしまったんです。なので、家財道具的な物は何も……」
「あぁ……、そうか」
履歴書は見ていたはずだが、もう一度説明されて彼は深く納得したようだった。
「とにかく、行こう」
暁人は車で迎えに来ていて、ロータリーで車に乗り込んだあと、数分で彼のマンションに着いた。
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