上 下
9 / 63

一つ、提案させてもらっていいだろうか?

しおりを挟む
 ラグジュアリーホテルだからこそ、その中に抱えているレストランやカフェで出す物にも価値がつく。

 星付きレストランで修業したシェフやパティシエを雇っているのは勿論、宿泊しない一般客が〝至高のK〟だからこそ求める魅力がある。

「甘い物を食べると気持ちが安らぐから、食べて」

「い、いただきます……」

 テーブルの上にショートケーキとコーヒーカップが置かれる。
 きちんとミルクポットと砂糖もあった。

 暁人はケーキを食べず、コーヒーをブラックで飲む。

「さっきも言った通り、この部屋は私物化しているから、コーヒーの粉も好きな物を自由に置いているんだ」

「そうなんですね」

 いまだ暁人に対して、どの程度の距離感で接したらいいのか分からない。

 ひとまず「いただきます」ともう一度呟いて会釈をしてから、ミルクを入れたノンシュガーのコーヒーを飲み、恐れ多いと思いながらケーキにフォークを入れた。

 食べている間、暁人は世間話をしてくれた。
 この部屋にまつわる情報や、ケーキや一階にあるラウンジカフェについてなど。

 やがて食べ終わって、温かいコーヒーで体が温まった頃、彼が切り出した。

「どうして具合を悪くしていたのか、聞いても?」

 尋ねられ、芳乃は「とても私的な事なのですが……」と前置きして、帰国したあとに父が亡くなった事など、一連の出来事を話した。

 さすがに面接を受けた以上、〝ゴールデン・ターナー〟を失恋が原因で辞めたとは言えなかったが。

「……大変だったね。俺も投資をしているから、暴落の時期と理由は分かっている。それで、資産はどれぐらいマイナスに?」

「…………」

 自分でも青ざめる額なので、なかなか言えない。

「三百万ぐらい?」

 尋ねられた金額に、芳乃は顔を左右に振る。

「五百? 八百?」

 数字を調整してさらに尋ねる彼に、手間を掛けさせるのも申し訳ないと思い、勇気を出して口を動かした。

「……は、……八千……万……」

 目の前で暁人が無言で目を見開く。
 信じられない金額だが、現実だ。

「父が興味を持って『教えてほしい』と言われた時から、もっと慎重にリスクについて話すべきだったんです。それなのに、自分が得た知識を披露するのが気持ちよくて、一番大切なところを強調するのを忘れてしまっていました」

 芳乃は膝の上に置いた手で、ゆっくりと拳を握り震わせる。

「……どうしたらいいのか、分からないんです。私がNYに行っていた間、家族にただでさえ心配させていたというのに、私のせいで父が借金を作ってしまって……。母はもっとパートを増やすと言っていますが、がむしゃらに働いて体を壊したら元も子もありません。弟は都内で働いていて、結婚を考えている彼女がいます。ですが家に借金があると知れば、いくら愛していても避けられるかもしれません。……どうして、何もかも失う前に時間が戻ってくれないんだろうって……」

 話しているうちに、感情の収拾が付かなくなってポロポロと涙が零れる。

「……すみません……。こんな女、雇いたくないですよね……。諦めますから……っ」

 化粧をしていたのも忘れて泣いてしまったので、マスカラが滲んでしまっているかもしれない。

(こんな格好いい人の前で、情けない姿を晒したくなかった)

 誰よりも自分に失望しているのは、芳乃自身だ。

 自分は何をやらせても、人並み以上にできるという驕りがあった。
 人生はすべてうまくいくなど思い込んでいた自分が、恥ずかしくて堪らない。

 ――情けない。

 新たな涙が手に滴った時、立ち上がった暁人が蒔絵のティッシュボックスを持ってきた。

「まず、涙を拭いて」

 言われて、頷くとティッシュをもらって涙を拭き、鼻をかんだ。

「一つ、提案させてもらっていいだろうか?」

「はい」

 彼がどう感じたか分からないが、ここまで立ち入った事を話してしまった以上、彼にも何かしら言う権利がある。

 ――きっと、軽蔑されたに違いない。

 覚悟していた時、彼が尋ねてくる。

「君の元々の売却前の資産は?」

「……八百万ほどです」

「じゃあ、俺が二億出す」

「えっ!?」

 彼の言っている事が理解できず、思わず声が出た。
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

辣腕同期が終業後に淫獣になって襲ってきます

鳴宮鶉子
恋愛
辣腕同期が終業後に淫獣になって襲ってきます

不埒な一級建築士と一夜を過ごしたら、溺愛が待っていました

入海月子
恋愛
有本瑞希 仕事に燃える設計士 27歳 × 黒瀬諒 飄々として軽い一級建築士 35歳 女たらしと嫌厭していた黒瀬と一緒に働くことになった瑞希。 彼の言動は軽いけど、腕は確かで、真摯な仕事ぶりに惹かれていく。 ある日、同僚のミスが発覚して――。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

上司は初恋の幼馴染です~社内での秘め事は控えめに~

けもこ
恋愛
高辻綾香はホテルグループの秘書課で働いている。先輩の退職に伴って、その後の仕事を引き継ぎ、専務秘書となったが、その専務は自分の幼馴染だった。 秘めた思いを抱えながら、オフィスで毎日ドキドキしながら過ごしていると、彼がアメリカ時代に一緒に暮らしていたという女性が現れ、心中は穏やかではない。 グイグイと距離を縮めようとする幼馴染に自分の思いをどうしていいかわからない日々。 初恋こじらせオフィスラブ

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

ハメられ婚〜最低な元彼とでき婚しますか?〜

鳴宮鶉子
恋愛
久しぶりに会った元彼のアイツと一夜の過ちで赤ちゃんができてしまった。どうしよう……。

処理中です...