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気絶、そして
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「三峯さんは素晴らしい経歴をお持ちですね」
物腰柔らかに微笑んだ暁人は、芳乃が卒業した大学の名前を出し、「私の母校なんです」と共通点を出した。
それで緊張がいくばくか取れた気がし、芳乃も暁人に話し掛けられるまま、母校の思い出や学んでいた学科などについて語った。
やがて話題は卒業後に勤務した都内のホテル、そしてNYのゴールデン・ターナーに及んだ。
「なぜここまでのキャリアを持ちながら、帰国されたのですか?」
そう尋ねられるだろうと思い、芳乃は動じずに答える。
「NYでも一流と呼ばれる所で修行しましたが、私の根幹にあるのは子供時代に宿泊した、箱根にある温泉ホテルです。〝海の詩(うた)〟という名前のホテルで、細やかなサービスに感銘を受けました。NYで華やかな世界に身を置いたのは良い経験でした。ですが『本当に自分がしたい事はなんだろう?』と考え、やはり日本のホテルで働きたいと思ったのです」
芳乃の答えを聞き、暁人は微笑んだ。
そのままこちらをしばらく見つめていたので、「何か変な事を言ってしまっただろうか?」と不安になる。
不安になった途端、ウィリアムに婚約破棄を言い渡された時のショックや、父を喪った喪失感が一気に襲ってきた。
芳乃はしばしばこうやって不安が波のように押し寄せる、発作ともいうべきものに苦しめられていた。
面接の時だけはこないでほしいと思っていたのに、よりにもよって……。
どうしようもなく不安で怖くなり、膝の上にのせていた手がブルブルと震える。
胸の中には残り七千万以上の負債と、自分と母、弟がどうやって暮らしていくかという圧倒的な不安がある。
母が気苦労と働き過ぎとで倒れてしまわないだろうか、弟は大好きな彼女ときちんと結婚できるだろうか、という不安が押し寄せた。
「大丈夫ですか?」
芳乃の変化に目ざとく気付いた暁人に尋ねられ、彼女は自分の手を隠すように握る。
そして「はい」と表情筋を総動員させ、六年間板に付けた品のいい笑みを浮かべた。
いまだ心臓はドッドッと早鐘を打っているが、なんとか持ちこたえなければと自分に言い聞かせる。
先ほどの回答に何かフォローしたほうがいいだろうかと思った時、暁人が視線を外し手元の用紙にサラサラと何かを書く。
その後、志望動機を尋ねられてそつなく答え、採用が決まった場合〝エデンズ・ホテル東京〟のどの部署で働きたいかを聞かれた。
最後に給与や勤務態勢などの条件を確認し、芳乃からも数個質問をしたあと、面接が終わった。
(死ぬかと思った……)
途中でトラウマが押し寄せ、ピンチに陥るとは思わなかった。
(立ち直ったと思ったのに、まだ復活しきれていないのかもしれない)
受付の前を通ってパブリックスペースまで出たあと、エレベーターホールまで歩いてしゃがみ込んでしまった。
ドッドッドッ……、と胸が高鳴り、嫌な感情が胸いっぱいに広がる。
呼吸が荒くなり、貧血を起こしたように脳天からサァ……と血の気が引いたように感じられた。
そのまま気が遠くなりそうになり、必死に壁に縋る。
その時――、
「大丈夫ですか!?」
男性の声がしたかと思うと、走る足音が聞こえ、誰かが側に跪いた。
背中をさすられ、額に手を当てられる。
(温かい。……力強い手……)
昔、父に頭を撫でられた時の事を思い出し、安心した芳乃はスゥッと気を失ってしまった。
**
人の話し声が聞こえ、芳乃は意識を浮上させる。
目を開けると知らない天井が目に入り、自分が横たわっているのを自覚した。
慌てて起き上がると、キングサイズのベッドにいる。
向かいの壁には液晶テレビがあり、窓からは木々の緑が色を濃くした皇居が見える。
眺望の良い部屋なので、窓辺には一人掛けのリクライニングソファがあった。
マンションなのか、ホテルのスイートルームなのか分からない。
声量を抑えた男性の声は、続き部屋の向こうから聞こえるようだった。
(しっかりしないと)
ベッドから下りて、念のため確認したが衣服や下着に乱れはない。
足元には自分のパンプスがあったので、履く。
物腰柔らかに微笑んだ暁人は、芳乃が卒業した大学の名前を出し、「私の母校なんです」と共通点を出した。
それで緊張がいくばくか取れた気がし、芳乃も暁人に話し掛けられるまま、母校の思い出や学んでいた学科などについて語った。
やがて話題は卒業後に勤務した都内のホテル、そしてNYのゴールデン・ターナーに及んだ。
「なぜここまでのキャリアを持ちながら、帰国されたのですか?」
そう尋ねられるだろうと思い、芳乃は動じずに答える。
「NYでも一流と呼ばれる所で修行しましたが、私の根幹にあるのは子供時代に宿泊した、箱根にある温泉ホテルです。〝海の詩(うた)〟という名前のホテルで、細やかなサービスに感銘を受けました。NYで華やかな世界に身を置いたのは良い経験でした。ですが『本当に自分がしたい事はなんだろう?』と考え、やはり日本のホテルで働きたいと思ったのです」
芳乃の答えを聞き、暁人は微笑んだ。
そのままこちらをしばらく見つめていたので、「何か変な事を言ってしまっただろうか?」と不安になる。
不安になった途端、ウィリアムに婚約破棄を言い渡された時のショックや、父を喪った喪失感が一気に襲ってきた。
芳乃はしばしばこうやって不安が波のように押し寄せる、発作ともいうべきものに苦しめられていた。
面接の時だけはこないでほしいと思っていたのに、よりにもよって……。
どうしようもなく不安で怖くなり、膝の上にのせていた手がブルブルと震える。
胸の中には残り七千万以上の負債と、自分と母、弟がどうやって暮らしていくかという圧倒的な不安がある。
母が気苦労と働き過ぎとで倒れてしまわないだろうか、弟は大好きな彼女ときちんと結婚できるだろうか、という不安が押し寄せた。
「大丈夫ですか?」
芳乃の変化に目ざとく気付いた暁人に尋ねられ、彼女は自分の手を隠すように握る。
そして「はい」と表情筋を総動員させ、六年間板に付けた品のいい笑みを浮かべた。
いまだ心臓はドッドッと早鐘を打っているが、なんとか持ちこたえなければと自分に言い聞かせる。
先ほどの回答に何かフォローしたほうがいいだろうかと思った時、暁人が視線を外し手元の用紙にサラサラと何かを書く。
その後、志望動機を尋ねられてそつなく答え、採用が決まった場合〝エデンズ・ホテル東京〟のどの部署で働きたいかを聞かれた。
最後に給与や勤務態勢などの条件を確認し、芳乃からも数個質問をしたあと、面接が終わった。
(死ぬかと思った……)
途中でトラウマが押し寄せ、ピンチに陥るとは思わなかった。
(立ち直ったと思ったのに、まだ復活しきれていないのかもしれない)
受付の前を通ってパブリックスペースまで出たあと、エレベーターホールまで歩いてしゃがみ込んでしまった。
ドッドッドッ……、と胸が高鳴り、嫌な感情が胸いっぱいに広がる。
呼吸が荒くなり、貧血を起こしたように脳天からサァ……と血の気が引いたように感じられた。
そのまま気が遠くなりそうになり、必死に壁に縋る。
その時――、
「大丈夫ですか!?」
男性の声がしたかと思うと、走る足音が聞こえ、誰かが側に跪いた。
背中をさすられ、額に手を当てられる。
(温かい。……力強い手……)
昔、父に頭を撫でられた時の事を思い出し、安心した芳乃はスゥッと気を失ってしまった。
**
人の話し声が聞こえ、芳乃は意識を浮上させる。
目を開けると知らない天井が目に入り、自分が横たわっているのを自覚した。
慌てて起き上がると、キングサイズのベッドにいる。
向かいの壁には液晶テレビがあり、窓からは木々の緑が色を濃くした皇居が見える。
眺望の良い部屋なので、窓辺には一人掛けのリクライニングソファがあった。
マンションなのか、ホテルのスイートルームなのか分からない。
声量を抑えた男性の声は、続き部屋の向こうから聞こえるようだった。
(しっかりしないと)
ベッドから下りて、念のため確認したが衣服や下着に乱れはない。
足元には自分のパンプスがあったので、履く。
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