6 / 63
面接
しおりを挟む
幸いな事に、芳乃の家族はそう思える優しい家族たちだった。
ゆっくりと起き上がると、一本に縛っていた髪をポンと背中によける。
視界に入るのは、向かいのソファに座った弟と、ハーフパンツをはいた自分の膝。そして十日以上前に塗って放置されたままの、剥がれたポリッシュネイルの爪。
(このままじゃ駄目だ)
自分に言い聞かせ、芳乃はピシャン! と自身の頬を両手で叩いた。
「都心のホテルの面接を受ける!」
気力を取り戻した姉を見て、健太は安心したように微笑んだ。
「都内勤務になるなら、いつでも連絡くれよ」
「彼女を大切にしてあげて」
家族想いなのは嬉しいが、そればかりになっても彼女に寂しい思いをさせてしまう。
そう指摘すると、健太は嬉しそうに笑った。
その後、芳乃は都内にある有名ホテルの求人情報をノートパソコンで探し、条件などを表計算ソフトにまとめた。
一社ずつアタックし、まず堅実に働けるところを見つけるつもりだった。
母は芳乃がやる気を取り戻した事を喜び、自分の事はいいからと言ってくれた。
けれど父の死で一番憔悴しているのは母だ。
(絶対、老後は楽させてあげるから待ってて!)
リクルート用のスーツも用意し、日本の就職面接用に薄化粧をして、黒に染め直した髪をきっちり纏めた。
開くのが怖いと思っていた投資アプリも、また開けば指数は上昇していた。
――一度底値まで落ちたら、あとは上がる。
それを自分の人生にも当てはめ、言い聞かせる。
「行ってきます!」
胸元まである長い髪は、シニョンにした。
濃紺のリクルートスーツを着て、アイメイクは薄めのブラウン。リップはピンクベージュ。
――もうあの濃いルージュは塗らない。
かつてウィリアムに贈られたハイブランドのルージュは、燃えないゴミに捨ててしまった。
日本で自分らしく生きていくために、芳乃は神楽坂グループの代表的ホテル、〝エデンズ・ホテル東京〟へ向かった。
**
面接時間の三十分前には日比谷にある〝エデンズ・ホテル東京〟に着き、十分ほどロビーで客層やコンシェルジュ、フロントの対応などを観察した。
皇居に近い場所にある五つ星ホテルだけあり、ロビーは上品な空間だった。
床は黒い大理石で、磨き抜かれたそれは鏡のようだ。一方で壁は優しいクリーム色の大理石や白壁を使い、温かみのある照明やゴールドのシャンデリアを使っている。
黒い床に金色のシャンデリアが反射し、とてもゴージャスだ。
それでいてフロントには組子細工を使い、和風のテイストと温もりを醸し出している。
ホテルマンたちはモカブラウンとベージュを基調にした制服を着ていて、品のいい笑みを浮かべていた。
やがて面接時間が迫り、芳乃は面接会場があるフロアに向かう。
パブリックスペースのあるフロアの奥に、打ち合わせ室がある。
その前に〝受付〟と紙をつけた会議用テーブルがあり、女性がいた。
「本日十一時から面接を予定しております、三峯芳乃と申します」
「お待ちしておりました」
受付を済ませたあとは、面接会場となる部屋の前の椅子に座り、スマホを開いてもう一度神楽坂グループの理念などを確認した。
やがて芳乃の前に面接を受けていた人が退室し、ほどなくして彼女の名前が呼ばれた。
入室して自己紹介をし、着席してから本格的な面接が始まった。
面接官は四人いて、真ん中に二十代半ばの男性、と五十代の男性、そして両脇には三十代ほどの男性と、四十代の女性がいた。
真ん中の男性は、ネットでも確認した、神楽坂グループの御曹司で副社長の暁人に違いない。
暁人は座っていても背が高いと分かる。
黒髪はビジネス用にセットされ、身に纏っている濃紺のスリーピーススーツは高級そうだ。
キリリとした眉に、二重の幅が広い大きな目。白目は少し青みがかって見えるほどで、黒目が引き立って目力がある。
鼻筋は高く通り、その下にある唇はほんの少し薄めで潔癖そうだ。
緊張した芳乃は背筋を伸ばし、手元にある履歴書に目を落とした暁人をまっすぐ見た。
ゆっくりと起き上がると、一本に縛っていた髪をポンと背中によける。
視界に入るのは、向かいのソファに座った弟と、ハーフパンツをはいた自分の膝。そして十日以上前に塗って放置されたままの、剥がれたポリッシュネイルの爪。
(このままじゃ駄目だ)
自分に言い聞かせ、芳乃はピシャン! と自身の頬を両手で叩いた。
「都心のホテルの面接を受ける!」
気力を取り戻した姉を見て、健太は安心したように微笑んだ。
「都内勤務になるなら、いつでも連絡くれよ」
「彼女を大切にしてあげて」
家族想いなのは嬉しいが、そればかりになっても彼女に寂しい思いをさせてしまう。
そう指摘すると、健太は嬉しそうに笑った。
その後、芳乃は都内にある有名ホテルの求人情報をノートパソコンで探し、条件などを表計算ソフトにまとめた。
一社ずつアタックし、まず堅実に働けるところを見つけるつもりだった。
母は芳乃がやる気を取り戻した事を喜び、自分の事はいいからと言ってくれた。
けれど父の死で一番憔悴しているのは母だ。
(絶対、老後は楽させてあげるから待ってて!)
リクルート用のスーツも用意し、日本の就職面接用に薄化粧をして、黒に染め直した髪をきっちり纏めた。
開くのが怖いと思っていた投資アプリも、また開けば指数は上昇していた。
――一度底値まで落ちたら、あとは上がる。
それを自分の人生にも当てはめ、言い聞かせる。
「行ってきます!」
胸元まである長い髪は、シニョンにした。
濃紺のリクルートスーツを着て、アイメイクは薄めのブラウン。リップはピンクベージュ。
――もうあの濃いルージュは塗らない。
かつてウィリアムに贈られたハイブランドのルージュは、燃えないゴミに捨ててしまった。
日本で自分らしく生きていくために、芳乃は神楽坂グループの代表的ホテル、〝エデンズ・ホテル東京〟へ向かった。
**
面接時間の三十分前には日比谷にある〝エデンズ・ホテル東京〟に着き、十分ほどロビーで客層やコンシェルジュ、フロントの対応などを観察した。
皇居に近い場所にある五つ星ホテルだけあり、ロビーは上品な空間だった。
床は黒い大理石で、磨き抜かれたそれは鏡のようだ。一方で壁は優しいクリーム色の大理石や白壁を使い、温かみのある照明やゴールドのシャンデリアを使っている。
黒い床に金色のシャンデリアが反射し、とてもゴージャスだ。
それでいてフロントには組子細工を使い、和風のテイストと温もりを醸し出している。
ホテルマンたちはモカブラウンとベージュを基調にした制服を着ていて、品のいい笑みを浮かべていた。
やがて面接時間が迫り、芳乃は面接会場があるフロアに向かう。
パブリックスペースのあるフロアの奥に、打ち合わせ室がある。
その前に〝受付〟と紙をつけた会議用テーブルがあり、女性がいた。
「本日十一時から面接を予定しております、三峯芳乃と申します」
「お待ちしておりました」
受付を済ませたあとは、面接会場となる部屋の前の椅子に座り、スマホを開いてもう一度神楽坂グループの理念などを確認した。
やがて芳乃の前に面接を受けていた人が退室し、ほどなくして彼女の名前が呼ばれた。
入室して自己紹介をし、着席してから本格的な面接が始まった。
面接官は四人いて、真ん中に二十代半ばの男性、と五十代の男性、そして両脇には三十代ほどの男性と、四十代の女性がいた。
真ん中の男性は、ネットでも確認した、神楽坂グループの御曹司で副社長の暁人に違いない。
暁人は座っていても背が高いと分かる。
黒髪はビジネス用にセットされ、身に纏っている濃紺のスリーピーススーツは高級そうだ。
キリリとした眉に、二重の幅が広い大きな目。白目は少し青みがかって見えるほどで、黒目が引き立って目力がある。
鼻筋は高く通り、その下にある唇はほんの少し薄めで潔癖そうだ。
緊張した芳乃は背筋を伸ばし、手元にある履歴書に目を落とした暁人をまっすぐ見た。
21
お気に入りに追加
663
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる
奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。
だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。
「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」
どう尋ねる兄の真意は……
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~
吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。
結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。
何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。

手を伸ばした先にいるのは誰ですか~愛しくて切なくて…憎らしいほど愛してる~【完結】
まぁ
恋愛
ワイン、ホテルの企画業務など大人の仕事、そして大人に切り離せない恋愛と…
「Ninagawa Queen's Hotel」
若きホテル王 蜷川朱鷺
妹 蜷川美鳥
人気美容家 佐井友理奈
「オークワイナリー」
国内ワイナリー最大手創業者一族 柏木龍之介
血縁関係のない兄妹と、その周辺の何角関係…?
華やかな人々が繰り広げる、フィクションです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる