【R-18】八年執着されましたが、幸せです

臣桜

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……帰ろう

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《……君は勘違いしていないかい? 僕は一度たりとも、君にプロポーズをしなかった》

 皮肉げに笑ったウィリアムの氷のような美貌を前に、芳乃は何度目かになるか分からない衝撃を受ける。

《確かに君の事は気に入っていた。可愛いと思ったし、勤勉で好ましく思った。社員以上の関係になったのも認めよう。……だが僕らは大人の男女だ。体の関係になる事もあるし、それが結婚に繋がらない事も分かってるはずだ》

 困ったように笑うウィリアムは、まるで芳乃の事を問題児か何かのように扱っている。
 言う事を聞かない子供に言い含めるように、簡単な英語を使って明らかに芳乃を軽んじて話している。

 それが堪らなく芳乃のプライドを傷付けた。

《……分かりました。すべて遊びだったんですね》

 努めて冷静に言っても、ウィリアムは笑うのみだ。

《僕がプレイボーイみたいな言い方はよしてくれ。君の純情を弄んだつもりはないよ。君も分かっていると思っていたんだ》

 ――あぁ、何を言っても通じない。
 ――所詮、この人は住む世界の違う人なんだ。

 百年の恋も冷めるというのは、この事をいうのだろうか。

 スゥッと全身から、情熱や真心などの温かな気持ちが消え去った。

 このホテルで働くのを誇りに思っていた気持ちも、何もかもなくなった。

《……残念です》

 それまでグツグツと煮えたぎっていたどす黒い感情も、もう凪ぎつつある。

 ――終わったんだ。

《私は、このホテルを出ていきますね。近日中に支配人にご連絡します》

《僕こそ残念だよ。君は優秀なスタッフだったのに》

 ウィリアムは肩をすくめて笑う。

 そんな彼にもう何も言う事はなく、芳乃は重たい足を引きずってドアに向かった。
 彼の秘書は表情を動かさず、ドアを開く。

 ヨーロピアンテイストの重厚な作りの廊下に出ると、後ろで静かにドアが閉まった。
 廊下を歩き、エレベーターを呼び出した時、男性の声がした。

《あれ? 芳乃。どうかした? 今日、兄さんとは……》

 声を掛けてきたのは、ウィリアムの弟のマーティンだ。

 彼もまた、〝ターナー&リゾーツ〟で役員をしている。

 マーティンの恋人と一緒に四人でダブルデートをして、テーマパークに行った事もあった。
 兄との関係を応援されていて、彼は味方だと思い好ましく思っていた。

 けれど、今は自分によくしてくれた彼の顔すら、まともに見られない。

 ともすれば、彼もウィリアムの心変わりを知っていて、本当は自分をあざ笑っていたのでは……など考えてしまう。

 クリスマスを目前にして、様々な予定を思い描いていた時期だからこそ、余計につらくなった。

《何でもありません》

 強ばった表情で返事をした時、タイミング良くゴンドラがフロアに到着した。
 マーティンに会釈をすると、中に入ってボタンを押す。

「……惨め」

 呟いて、芳乃はゴンドラの壁に寄りかかる。

 視線を上げると、鏡の壁に自分が映っていた。

 平凡な顔立ちの、ごく普通の日本人女性だ。
 高身長でもないし、レティのようにハイブランドの服やジュエリーを着こなす事もできない。

 こちらにいると、メイクはくっきりハッキリするようにと言われる。
 初めは厚化粧をしているような気持ちで慣れなかったが、ウィリアムがくれた一本のルージュをきっかけに、濃い色のリップが好きになった。

 そんなささやかな思い出も、すべて踏みにじられた。

「……似合わない……」

 濃い色のルージュが自分の顔立ちから浮いているように思え、滑稽で、情けなくて、唇が震える。

 自分は、レティのようにすべてを魅力的に纏う事ができない。

 瞬きをすると、涙が頬を伝う。

 自分の恋は終わったし、恐らくこれ以上NYにいても前向きにはなれないだろう。

 このビルにウィリアムがいて、レティが出入りしていると分かっているのに、今のまま働いていられない。

「……帰ろう」

 懐かしい日本の風景を思い出し、感傷に駆られた芳乃はポツリと呟いた。。



**



 その半年後。

「ん……っ、んぅ、――――う、……む」

 芳乃は高級マンションのリビングで、カウチソファに押し倒され唇を奪われていた。
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