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……帰ろう
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《……君は勘違いしていないかい? 僕は一度たりとも、君にプロポーズをしなかった》
皮肉げに笑ったウィリアムの氷のような美貌を前に、芳乃は何度目かになるか分からない衝撃を受ける。
《確かに君の事は気に入っていた。可愛いと思ったし、勤勉で好ましく思った。社員以上の関係になったのも認めよう。……だが僕らは大人の男女だ。体の関係になる事もあるし、それが結婚に繋がらない事も分かってるはずだ》
困ったように笑うウィリアムは、まるで芳乃の事を問題児か何かのように扱っている。
言う事を聞かない子供に言い含めるように、簡単な英語を使って明らかに芳乃を軽んじて話している。
それが堪らなく芳乃のプライドを傷付けた。
《……分かりました。すべて遊びだったんですね》
努めて冷静に言っても、ウィリアムは笑うのみだ。
《僕がプレイボーイみたいな言い方はよしてくれ。君の純情を弄んだつもりはないよ。君も分かっていると思っていたんだ》
――あぁ、何を言っても通じない。
――所詮、この人は住む世界の違う人なんだ。
百年の恋も冷めるというのは、この事をいうのだろうか。
スゥッと全身から、情熱や真心などの温かな気持ちが消え去った。
このホテルで働くのを誇りに思っていた気持ちも、何もかもなくなった。
《……残念です》
それまでグツグツと煮えたぎっていたどす黒い感情も、もう凪ぎつつある。
――終わったんだ。
《私は、このホテルを出ていきますね。近日中に支配人にご連絡します》
《僕こそ残念だよ。君は優秀なスタッフだったのに》
ウィリアムは肩をすくめて笑う。
そんな彼にもう何も言う事はなく、芳乃は重たい足を引きずってドアに向かった。
彼の秘書は表情を動かさず、ドアを開く。
ヨーロピアンテイストの重厚な作りの廊下に出ると、後ろで静かにドアが閉まった。
廊下を歩き、エレベーターを呼び出した時、男性の声がした。
《あれ? 芳乃。どうかした? 今日、兄さんとは……》
声を掛けてきたのは、ウィリアムの弟のマーティンだ。
彼もまた、〝ターナー&リゾーツ〟で役員をしている。
マーティンの恋人と一緒に四人でダブルデートをして、テーマパークに行った事もあった。
兄との関係を応援されていて、彼は味方だと思い好ましく思っていた。
けれど、今は自分によくしてくれた彼の顔すら、まともに見られない。
ともすれば、彼もウィリアムの心変わりを知っていて、本当は自分をあざ笑っていたのでは……など考えてしまう。
クリスマスを目前にして、様々な予定を思い描いていた時期だからこそ、余計につらくなった。
《何でもありません》
強ばった表情で返事をした時、タイミング良くゴンドラがフロアに到着した。
マーティンに会釈をすると、中に入ってボタンを押す。
「……惨め」
呟いて、芳乃はゴンドラの壁に寄りかかる。
視線を上げると、鏡の壁に自分が映っていた。
平凡な顔立ちの、ごく普通の日本人女性だ。
高身長でもないし、レティのようにハイブランドの服やジュエリーを着こなす事もできない。
こちらにいると、メイクはくっきりハッキリするようにと言われる。
初めは厚化粧をしているような気持ちで慣れなかったが、ウィリアムがくれた一本のルージュをきっかけに、濃い色のリップが好きになった。
そんなささやかな思い出も、すべて踏みにじられた。
「……似合わない……」
濃い色のルージュが自分の顔立ちから浮いているように思え、滑稽で、情けなくて、唇が震える。
自分は、レティのようにすべてを魅力的に纏う事ができない。
瞬きをすると、涙が頬を伝う。
自分の恋は終わったし、恐らくこれ以上NYにいても前向きにはなれないだろう。
このビルにウィリアムがいて、レティが出入りしていると分かっているのに、今のまま働いていられない。
「……帰ろう」
懐かしい日本の風景を思い出し、感傷に駆られた芳乃はポツリと呟いた。。
**
その半年後。
「ん……っ、んぅ、――――う、……む」
芳乃は高級マンションのリビングで、カウチソファに押し倒され唇を奪われていた。
皮肉げに笑ったウィリアムの氷のような美貌を前に、芳乃は何度目かになるか分からない衝撃を受ける。
《確かに君の事は気に入っていた。可愛いと思ったし、勤勉で好ましく思った。社員以上の関係になったのも認めよう。……だが僕らは大人の男女だ。体の関係になる事もあるし、それが結婚に繋がらない事も分かってるはずだ》
困ったように笑うウィリアムは、まるで芳乃の事を問題児か何かのように扱っている。
言う事を聞かない子供に言い含めるように、簡単な英語を使って明らかに芳乃を軽んじて話している。
それが堪らなく芳乃のプライドを傷付けた。
《……分かりました。すべて遊びだったんですね》
努めて冷静に言っても、ウィリアムは笑うのみだ。
《僕がプレイボーイみたいな言い方はよしてくれ。君の純情を弄んだつもりはないよ。君も分かっていると思っていたんだ》
――あぁ、何を言っても通じない。
――所詮、この人は住む世界の違う人なんだ。
百年の恋も冷めるというのは、この事をいうのだろうか。
スゥッと全身から、情熱や真心などの温かな気持ちが消え去った。
このホテルで働くのを誇りに思っていた気持ちも、何もかもなくなった。
《……残念です》
それまでグツグツと煮えたぎっていたどす黒い感情も、もう凪ぎつつある。
――終わったんだ。
《私は、このホテルを出ていきますね。近日中に支配人にご連絡します》
《僕こそ残念だよ。君は優秀なスタッフだったのに》
ウィリアムは肩をすくめて笑う。
そんな彼にもう何も言う事はなく、芳乃は重たい足を引きずってドアに向かった。
彼の秘書は表情を動かさず、ドアを開く。
ヨーロピアンテイストの重厚な作りの廊下に出ると、後ろで静かにドアが閉まった。
廊下を歩き、エレベーターを呼び出した時、男性の声がした。
《あれ? 芳乃。どうかした? 今日、兄さんとは……》
声を掛けてきたのは、ウィリアムの弟のマーティンだ。
彼もまた、〝ターナー&リゾーツ〟で役員をしている。
マーティンの恋人と一緒に四人でダブルデートをして、テーマパークに行った事もあった。
兄との関係を応援されていて、彼は味方だと思い好ましく思っていた。
けれど、今は自分によくしてくれた彼の顔すら、まともに見られない。
ともすれば、彼もウィリアムの心変わりを知っていて、本当は自分をあざ笑っていたのでは……など考えてしまう。
クリスマスを目前にして、様々な予定を思い描いていた時期だからこそ、余計につらくなった。
《何でもありません》
強ばった表情で返事をした時、タイミング良くゴンドラがフロアに到着した。
マーティンに会釈をすると、中に入ってボタンを押す。
「……惨め」
呟いて、芳乃はゴンドラの壁に寄りかかる。
視線を上げると、鏡の壁に自分が映っていた。
平凡な顔立ちの、ごく普通の日本人女性だ。
高身長でもないし、レティのようにハイブランドの服やジュエリーを着こなす事もできない。
こちらにいると、メイクはくっきりハッキリするようにと言われる。
初めは厚化粧をしているような気持ちで慣れなかったが、ウィリアムがくれた一本のルージュをきっかけに、濃い色のリップが好きになった。
そんなささやかな思い出も、すべて踏みにじられた。
「……似合わない……」
濃い色のルージュが自分の顔立ちから浮いているように思え、滑稽で、情けなくて、唇が震える。
自分は、レティのようにすべてを魅力的に纏う事ができない。
瞬きをすると、涙が頬を伝う。
自分の恋は終わったし、恐らくこれ以上NYにいても前向きにはなれないだろう。
このビルにウィリアムがいて、レティが出入りしていると分かっているのに、今のまま働いていられない。
「……帰ろう」
懐かしい日本の風景を思い出し、感傷に駆られた芳乃はポツリと呟いた。。
**
その半年後。
「ん……っ、んぅ、――――う、……む」
芳乃は高級マンションのリビングで、カウチソファに押し倒され唇を奪われていた。
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