上 下
2 / 63

〝本当の〟婚約指輪

しおりを挟む
 名目はCOOとして空き時間に、様々なホテルスタッフに話を聞き、現在の労働環境や気付きなどをリスニングしている……という体だった。

 だがその後、明らかに仕事のリスニング以外の目的で呼ばれる事が多くなった。

《一緒に食事に行かないか?》

 そう言われて、高級レストランで仕事をするのも経験のためといって、芳乃一人では行く事のできない店へ連れて行ってくれた。

 他にも芳乃が生活しているアパートメントまで高級車で迎えにきてくれて、ドライブにも行った。
 誕生日、クリスマスに贈り物をされ、事ある毎に花をくれる。

 芳乃は学生時代から、海外の一流ホテルで働くのだという夢を胸に邁進し続けた。
 男性とまともに付き合った事もなく、まじめで初心だった。

 だからすぐにウィリアムに恋をしてしまったのだ。

 仕事に恋に恵まれ、心の底からNYに来て良かったと感じた。
 初めは渡米するのに家族に心配され、「上手くいかなかったらいつでも戻っておいで」と言われていたが、これで日本に戻らず、アメリカに骨を埋める心づもりでいた。

 つい先日だって、母にビデオ通話で「プロポーズされたの!」と報告したばかりだ。

 ――そう。プロポーズをされたのだ。





 走馬灯のように今までの事を思い出した芳乃は、ぼんやりと目の前で抱き合っている高身長の美男美女を見る。

 視線を落とすと、自分の指にはキラリと光るダイヤの嵌まった華奢なリングがある。
 これはウィリアムに《プレゼントだよ》と贈られた物だ。

(……てっきりこれは、プロポーズの意味だと思っていたのだけれど……)

 今になって思えば、ここ三か月ほどウィリアムの態度がおかしかった気がする。

 メッセージアプリで次のデートの予定を尋ねても、予定を調整中だから待ってほしいと言われ、そのまま放置されていた。

 今までは仕事が終わる時間にCOOルームに呼ばれ、彼の仕事が終わるのを待たせてもらった。
 ウィリアムの仕事が終わったら《お疲れ様》とキスをして、そのあとディナーに向かった。

 そのような恋人らしい過ごし方が、まったくなくなってしまった。

 彼はCOOだし忙しいから……と自分に理由をつけても、「なら今までは何だったの?」と意見を言う自分も出てくる。

 その結果が、これだ。

《嫌だわ。あの子ったら物欲しそうに見てる》

 ウィリアムからキスをされていたレティという女性が、芳乃の視線に気付いてクスクス笑い、彼から離れた。
 そしてレティは、芳乃の指に嵌められている指輪に気付き、クスッと笑う。

《もしかしてそれ、ウィルにプレゼントされたの?》

 嘲るように笑われ、芳乃は思わず手を後ろに隠した。

 レティはゆっくりと小首を傾げ、しなやかで白い手をかざす。
 美しくネイルの施された指には、芳乃がしている物など比べ物にならない、大粒のダイヤモンドが嵌まった指輪があった。

 彼女が意味深に微笑んだのを見て、すべてを理解した。

 ――彼女が本命の婚約者なんだ。
 ――私は、……遊ばれた。

 無力感と脱力感が、全身を襲う。

 今までしてきた事すべてが徒労に終わった感覚に陥る。

 芳乃自身が沢山学び、このホテルで培った経験は無駄にはならない。

 だがNYに来てからの生活も、何なら日本にいた頃からホテル業界に憧れた気持ちすらも、すべて意味のないものに思えてしまった。

(恋をして結婚するために働いていたんじゃないのに……)

 自分には、もっと崇高な思いがあったはずだ。
 思い出そうとしても、真っ黒でグチャグチャになった醜い感情に支配され、綺麗な気持ちを取り戻せない。

「……どうして……」

 思わず日本語で口走った芳乃を、レティは哀れむような目で見て、肩をすくめる。

《仮にもウィルが好きだったなら、彼を困らせないでちょうだい。別れ際にギャーギャー言う女はクールじゃないわよ》

(なんであなたに、そんな事を言われなきゃいけないの……)

 心の中で反抗し、芳乃はウィリアムに訴える。

《いつからこうなっていたんですか?》

 どうせなら、引導は彼に渡されたい。

 沢山キスをし、体を重ねた愛しい人に、キッパリと振られたい。

 そう思ったのは、芳乃の中にあるささやかなプライドだ。

 けれど――。
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~

あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

若社長な旦那様は欲望に正直~新妻が可愛すぎて仕事が手につかない~

雪宮凛
恋愛
「来週からしばらく、在宅ワークをすることになった」 夕食時、突如告げられた夫の言葉に驚く静香。だけど、大好きな旦那様のために、少しでも良い仕事環境を整えようと奮闘する。 そんな健気な妻の姿を目の当たりにした夫の至は、仕事中にも関わらずムラムラしてしまい――。 全3話 ※タグにご注意ください/ムーンライトノベルズより転載

辣腕同期が終業後に淫獣になって襲ってきます

鳴宮鶉子
恋愛
辣腕同期が終業後に淫獣になって襲ってきます

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

処理中です...