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母が愛したのはダメな男でした
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「アナ……って、母さんのことですか?」
聞きなれない名前に私が首を傾げると、母さんがうなずく。
「ジェシカは私の洗礼名で、本名はアナなの」
そのあとにエデンのお父さま――ブランドンさんが、ことのいきさつを説明をしてくれた。
「私がまだ魔王だったころに、最後の生贄にしようと思った女性がアナだった。エデンの母は病死してしまってね。私はこのとおり魅力的で財もあり余る男だから、同じ悪魔族の女性を中心にやたらとモテていたんだ。
……けれど、君たち人間には想像もつかない永い時を生きていると、そういうのも飽きてしまっていたんだ。一時の快楽とか、狂ったような酒宴の席とか。
そういう誘いを断るようになり、私は落ちついた場所に身をおくようになっていた。でも一人で死にたくない。だから、この優しそうなシスターを見つけた時、彼女に賭けてみようと思ったんだ」
ブランドンさんはそう言って隣に座る母さんに優しげな視線を向け、それに母さんも微笑みかえす。
はたから見ても二人が心から通じあって、愛しあっているのは私にも分かる。
「母さんは……ブランドンさんを好きになったの?」
「そうねぇ。最初は私は神さまのしもべだと思っていたし、魔王に言い寄られても堕落してはならないと思っていた
わ。でもこの人は私にとても良くしてくれて……、おまけにダメな男だったの」
「えっ? ダメな男?」
キョトンとする私に、母さんはヘーゼルの瞳を真剣に細めさせてブランドンさんを見る。
「脱いだ物は散らかしっぱなしでね、食事の時もだらしないの。朝、私に挨拶をしにきた時、頭の角に靴下が引っかかっていた時もあったわ」
それは……さすがにダメな男ですね。
「だから私、清い行いをすればこの人も改心すると思って、まずは身のまわりのお掃除から始めたの。そうしたらなんだか、だんだん放っておけなくなってしまって……」
「母さん……、うちの孤児院にそうやって犬や猫が増えていったの覚えてる?」
「あぁ、こいつは犬猫並みだったのか……」
「エデンさん、お父さまに向かって『こいつ』はいけないわ」
エデンのつっこみを母さんがたしなめ、みんなが笑う。
まるで私たちは、昔からの家族のようだった。
「それで私はブランドンさんに求婚されたわけなんだけれど、やっぱりシスターが魔王と結婚するわけにはいかないわよね。それをお伝えしたら、この人『魔王をやめる』って言い出したのよ」
柔らかい日差しが差しこむなか、母さんは立ち上がってキッチンの方からフルーツナイフを持ってくる。
伏し目がちにリンゴの皮をむき始めると、続きを口にする。
「そう言われても信じられないし……と思っていたけれど、この人、たくさんいる子供たちの中から跡継ぎ探しに奔走したあと、本当にこの通り……人間になっちゃってね。そうなったら私も約束を守らないと……と思って。
……あなたや孤児院のことはもちろんずっと気になっていたの。でもこの人が村に戻ってはいけないって言って……。どうしてなのか分からないけれど、そのまま連絡を取りたくても取れなくて……。ごめんなさいね」
「ううん。それは正しい判断だと思うわ」
私はこの身をもって知っている。
村の安全と引きかえに捧げられた生贄が下手に戻れば、どんな扱いを受けるのか――。
それが母さんでなくて良かった。
「それで……エデンは母さんのことを知っていたんですね?」
「あぁ、だが俺はこの女性のことをアナと認識していて、お前の探すシスタージェシカだとは知らなかった。お前の望みは叶えてやるつもりだったが……。相手がこの女性じゃあ、あの万望の鏡でも見つけられなかった訳だ」
エデンはあの不思議な鏡のことを言い、どこでも見られる魔法の鏡なのにそれが母さんを映さなかったことを、彼は一人で納得していた。
「どういうことですか? エデン」
「親父は人間にはなったが、この地は悪魔からも人間からも目をつけられないように、強力な結界が張られてある」
「はぁ……、結界……ですか。魔法の力が働いているのなら……、見つけられなくても仕方がないですね」
あの時のガッカリした気持ちを思い出しつつも、今はこうやって母さんに会えたんだから「まぁいいや」と、現金にも思ってしまう。
「アメリアさん。君や孤児院からアナを奪ってしまってすまないね」
アップルパイを食べ終えてから、ブランドンさんがすまなそうに言う。
私は久しぶりに母さんに会えた嬉しさで、心のなかは幸せで満ちている。だからいつもよりもずっと寛容になっていたのかもしれない。
聞きなれない名前に私が首を傾げると、母さんがうなずく。
「ジェシカは私の洗礼名で、本名はアナなの」
そのあとにエデンのお父さま――ブランドンさんが、ことのいきさつを説明をしてくれた。
「私がまだ魔王だったころに、最後の生贄にしようと思った女性がアナだった。エデンの母は病死してしまってね。私はこのとおり魅力的で財もあり余る男だから、同じ悪魔族の女性を中心にやたらとモテていたんだ。
……けれど、君たち人間には想像もつかない永い時を生きていると、そういうのも飽きてしまっていたんだ。一時の快楽とか、狂ったような酒宴の席とか。
そういう誘いを断るようになり、私は落ちついた場所に身をおくようになっていた。でも一人で死にたくない。だから、この優しそうなシスターを見つけた時、彼女に賭けてみようと思ったんだ」
ブランドンさんはそう言って隣に座る母さんに優しげな視線を向け、それに母さんも微笑みかえす。
はたから見ても二人が心から通じあって、愛しあっているのは私にも分かる。
「母さんは……ブランドンさんを好きになったの?」
「そうねぇ。最初は私は神さまのしもべだと思っていたし、魔王に言い寄られても堕落してはならないと思っていた
わ。でもこの人は私にとても良くしてくれて……、おまけにダメな男だったの」
「えっ? ダメな男?」
キョトンとする私に、母さんはヘーゼルの瞳を真剣に細めさせてブランドンさんを見る。
「脱いだ物は散らかしっぱなしでね、食事の時もだらしないの。朝、私に挨拶をしにきた時、頭の角に靴下が引っかかっていた時もあったわ」
それは……さすがにダメな男ですね。
「だから私、清い行いをすればこの人も改心すると思って、まずは身のまわりのお掃除から始めたの。そうしたらなんだか、だんだん放っておけなくなってしまって……」
「母さん……、うちの孤児院にそうやって犬や猫が増えていったの覚えてる?」
「あぁ、こいつは犬猫並みだったのか……」
「エデンさん、お父さまに向かって『こいつ』はいけないわ」
エデンのつっこみを母さんがたしなめ、みんなが笑う。
まるで私たちは、昔からの家族のようだった。
「それで私はブランドンさんに求婚されたわけなんだけれど、やっぱりシスターが魔王と結婚するわけにはいかないわよね。それをお伝えしたら、この人『魔王をやめる』って言い出したのよ」
柔らかい日差しが差しこむなか、母さんは立ち上がってキッチンの方からフルーツナイフを持ってくる。
伏し目がちにリンゴの皮をむき始めると、続きを口にする。
「そう言われても信じられないし……と思っていたけれど、この人、たくさんいる子供たちの中から跡継ぎ探しに奔走したあと、本当にこの通り……人間になっちゃってね。そうなったら私も約束を守らないと……と思って。
……あなたや孤児院のことはもちろんずっと気になっていたの。でもこの人が村に戻ってはいけないって言って……。どうしてなのか分からないけれど、そのまま連絡を取りたくても取れなくて……。ごめんなさいね」
「ううん。それは正しい判断だと思うわ」
私はこの身をもって知っている。
村の安全と引きかえに捧げられた生贄が下手に戻れば、どんな扱いを受けるのか――。
それが母さんでなくて良かった。
「それで……エデンは母さんのことを知っていたんですね?」
「あぁ、だが俺はこの女性のことをアナと認識していて、お前の探すシスタージェシカだとは知らなかった。お前の望みは叶えてやるつもりだったが……。相手がこの女性じゃあ、あの万望の鏡でも見つけられなかった訳だ」
エデンはあの不思議な鏡のことを言い、どこでも見られる魔法の鏡なのにそれが母さんを映さなかったことを、彼は一人で納得していた。
「どういうことですか? エデン」
「親父は人間にはなったが、この地は悪魔からも人間からも目をつけられないように、強力な結界が張られてある」
「はぁ……、結界……ですか。魔法の力が働いているのなら……、見つけられなくても仕方がないですね」
あの時のガッカリした気持ちを思い出しつつも、今はこうやって母さんに会えたんだから「まぁいいや」と、現金にも思ってしまう。
「アメリアさん。君や孤児院からアナを奪ってしまってすまないね」
アップルパイを食べ終えてから、ブランドンさんがすまなそうに言う。
私は久しぶりに母さんに会えた嬉しさで、心のなかは幸せで満ちている。だからいつもよりもずっと寛容になっていたのかもしれない。
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