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仲なおりをしようか

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 くしゅん! とくしゃみが出たあとに、私は体が寒気をうったえているのに気づいた。

 村に帰ってからは色んなことがあっという間で、雨に濡れて風邪を引くかもしれないまでは気がまわらなかったのだ。

「大丈夫か? 風呂に入った方がいい」

 城の廊下を一緒に歩いていたエデンはそう気づかってくれる。彼の優しさがお風呂よりも温かく心に染み入っていくのを感じた私は、ほっこりするのだった。

「エデン……その、……一緒に入ったらいけないかしら?」

「構わない。では沸かしてこよう」

 試しにほんのちょっと甘えてみると、彼は優しく笑って快諾してくれた。

 部屋に着いて着替えを用意していると、エデンは隣のバスルームに行ってしまう。

 お風呂を入れるのに水音が聞こえるものと思えばそれがなく、不思議に思って覗いてみると、バスルームはもうはや湯気に包まれていた。

「あいかわらず魔法の力は凄いんですね」

「俺にとっては当たり前のものだが、お前には便利かもな。俺としてもお前を甘やかす能力として考えるのなら、いいものかもしれない」

 惚れぼれするような笑みを浮かべてから、エデンはネクタイの結び目をクイと引っ張る。その仕草に私はドキッとして見入ってしまった。

「……何だ?」

 長い指がネクタイの結び目を緩めてはずし、シャツのボタンに手がかかる。

 彼はただ服を脱いでいるだけだというのに、一連の動作にとてつもない色気を感じた私は、こっそり興奮してしまっていた。

「い……いいえ……」

 こんなはしたない子だと知られてはいけないわ。と思い、私は彼に背中を向けて少し湿ったナイトドレスを脱ぐ。

 恥ずかしいけれど、彼とはもう夫婦なんだからこういう日常的なことは慣れないと……。

 二人が入ってもお風呂はひろびろとしていて、お湯はあふれるものの、どちらかの足がはみ出たりなんてことはない。

 白い大理石の柱がバスタブの端にあり、洗い場からバスタブを遮るような薄いカーテンまでもがある、本当に贅沢な作りだ。

 チャプンと水音がしてエデンの大きな手が私の肌をすべり、その心地良さに私はうっとりとした吐息をついていた。けれど、彼の指先がくにゅと胸の膨らみにくい込むと、私の頬は熱を持ってしまう。

「傷は完全に治したはずだが、……本当にもう痛まないか? 他に危害を加えられたところはないか?」

「……うふふ、エデンは心配性ですね。本当に大丈夫です」

「……だが、ここは傷ついたままではないのか?」

 トン、とエデンの指先が私の心臓のあたりに触れ、私は目蓋を伏せる。

「確かに思い出すだけでも怖いです。『いい人』だと思っていた村の人たちが、自分たちの安全を大事にするという当たり前を守ろうとするだけで、あんなに恐ろしく変わってしまうだなんて……。

 けれどきっとあれは……私のなかにもある獣なのかもしれないんです。いつか私がエデンとの生活……それこそ子供が生まれた時にもなれば、大切な夫や子供を守るために、私は変わってしまうかもしれない」

「そうだな。神とやらの博愛というものは、万物に分け隔てない愛を注ぎ、誰かをひいきしない。そのぶん人間の愛情というものは、もっと生々しく偏ったものだ」

 目を閉じてエデンの指先の感触に身を任せながら、私は自分の中の絶対的存在が変わっているのを感じていた。

 以前は神さまを盲目に信じていたけれど、いまは頼りがいがあって博識で、強くて優しい魔王さま――エデンが、私の心を占めていた。

 神さまを信じて生きてきた十八年を否定するつもりはないけれど、今は目の前に信じたいと強く思う存在ができている。

 それはとても……われながら進歩したように思えた。



**



 お風呂から出ると、エデンは当たり前のような顔で私をベッドへ連れてゆき、そっと横たえた。

「ケンカはしていないが……、仲なおりをしようか」

 見おろしてくる紫暗の瞳も、頬に影を落とした長いまつげも、前髪の影も、その下のたくましい胸板も――全部私のものなんだ。

 きゅうっと胸が締めつけられ、私は気がつけばエデンに抱きついていた。

 彼の香りに包まれ、胸がもっと甘酸っぱい感情に支配される。お風呂上がりの熱い体温を感じたまま、私はエデンに甘えてみせる。
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