30 / 38
仲なおりをしようか
しおりを挟む
くしゅん! とくしゃみが出たあとに、私は体が寒気をうったえているのに気づいた。
村に帰ってからは色んなことがあっという間で、雨に濡れて風邪を引くかもしれないまでは気がまわらなかったのだ。
「大丈夫か? 風呂に入った方がいい」
城の廊下を一緒に歩いていたエデンはそう気づかってくれる。彼の優しさがお風呂よりも温かく心に染み入っていくのを感じた私は、ほっこりするのだった。
「エデン……その、……一緒に入ったらいけないかしら?」
「構わない。では沸かしてこよう」
試しにほんのちょっと甘えてみると、彼は優しく笑って快諾してくれた。
部屋に着いて着替えを用意していると、エデンは隣のバスルームに行ってしまう。
お風呂を入れるのに水音が聞こえるものと思えばそれがなく、不思議に思って覗いてみると、バスルームはもうはや湯気に包まれていた。
「あいかわらず魔法の力は凄いんですね」
「俺にとっては当たり前のものだが、お前には便利かもな。俺としてもお前を甘やかす能力として考えるのなら、いいものかもしれない」
惚れぼれするような笑みを浮かべてから、エデンはネクタイの結び目をクイと引っ張る。その仕草に私はドキッとして見入ってしまった。
「……何だ?」
長い指がネクタイの結び目を緩めてはずし、シャツのボタンに手がかかる。
彼はただ服を脱いでいるだけだというのに、一連の動作にとてつもない色気を感じた私は、こっそり興奮してしまっていた。
「い……いいえ……」
こんなはしたない子だと知られてはいけないわ。と思い、私は彼に背中を向けて少し湿ったナイトドレスを脱ぐ。
恥ずかしいけれど、彼とはもう夫婦なんだからこういう日常的なことは慣れないと……。
二人が入ってもお風呂はひろびろとしていて、お湯はあふれるものの、どちらかの足がはみ出たりなんてことはない。
白い大理石の柱がバスタブの端にあり、洗い場からバスタブを遮るような薄いカーテンまでもがある、本当に贅沢な作りだ。
チャプンと水音がしてエデンの大きな手が私の肌をすべり、その心地良さに私はうっとりとした吐息をついていた。けれど、彼の指先がくにゅと胸の膨らみにくい込むと、私の頬は熱を持ってしまう。
「傷は完全に治したはずだが、……本当にもう痛まないか? 他に危害を加えられたところはないか?」
「……うふふ、エデンは心配性ですね。本当に大丈夫です」
「……だが、ここは傷ついたままではないのか?」
トン、とエデンの指先が私の心臓のあたりに触れ、私は目蓋を伏せる。
「確かに思い出すだけでも怖いです。『いい人』だと思っていた村の人たちが、自分たちの安全を大事にするという当たり前を守ろうとするだけで、あんなに恐ろしく変わってしまうだなんて……。
けれどきっとあれは……私のなかにもある獣なのかもしれないんです。いつか私がエデンとの生活……それこそ子供が生まれた時にもなれば、大切な夫や子供を守るために、私は変わってしまうかもしれない」
「そうだな。神とやらの博愛というものは、万物に分け隔てない愛を注ぎ、誰かをひいきしない。そのぶん人間の愛情というものは、もっと生々しく偏ったものだ」
目を閉じてエデンの指先の感触に身を任せながら、私は自分の中の絶対的存在が変わっているのを感じていた。
以前は神さまを盲目に信じていたけれど、いまは頼りがいがあって博識で、強くて優しい魔王さま――エデンが、私の心を占めていた。
神さまを信じて生きてきた十八年を否定するつもりはないけれど、今は目の前に信じたいと強く思う存在ができている。
それはとても……われながら進歩したように思えた。
**
お風呂から出ると、エデンは当たり前のような顔で私をベッドへ連れてゆき、そっと横たえた。
「ケンカはしていないが……、仲なおりをしようか」
見おろしてくる紫暗の瞳も、頬に影を落とした長いまつげも、前髪の影も、その下のたくましい胸板も――全部私のものなんだ。
きゅうっと胸が締めつけられ、私は気がつけばエデンに抱きついていた。
彼の香りに包まれ、胸がもっと甘酸っぱい感情に支配される。お風呂上がりの熱い体温を感じたまま、私はエデンに甘えてみせる。
村に帰ってからは色んなことがあっという間で、雨に濡れて風邪を引くかもしれないまでは気がまわらなかったのだ。
「大丈夫か? 風呂に入った方がいい」
城の廊下を一緒に歩いていたエデンはそう気づかってくれる。彼の優しさがお風呂よりも温かく心に染み入っていくのを感じた私は、ほっこりするのだった。
「エデン……その、……一緒に入ったらいけないかしら?」
「構わない。では沸かしてこよう」
試しにほんのちょっと甘えてみると、彼は優しく笑って快諾してくれた。
部屋に着いて着替えを用意していると、エデンは隣のバスルームに行ってしまう。
お風呂を入れるのに水音が聞こえるものと思えばそれがなく、不思議に思って覗いてみると、バスルームはもうはや湯気に包まれていた。
「あいかわらず魔法の力は凄いんですね」
「俺にとっては当たり前のものだが、お前には便利かもな。俺としてもお前を甘やかす能力として考えるのなら、いいものかもしれない」
惚れぼれするような笑みを浮かべてから、エデンはネクタイの結び目をクイと引っ張る。その仕草に私はドキッとして見入ってしまった。
「……何だ?」
長い指がネクタイの結び目を緩めてはずし、シャツのボタンに手がかかる。
彼はただ服を脱いでいるだけだというのに、一連の動作にとてつもない色気を感じた私は、こっそり興奮してしまっていた。
「い……いいえ……」
こんなはしたない子だと知られてはいけないわ。と思い、私は彼に背中を向けて少し湿ったナイトドレスを脱ぐ。
恥ずかしいけれど、彼とはもう夫婦なんだからこういう日常的なことは慣れないと……。
二人が入ってもお風呂はひろびろとしていて、お湯はあふれるものの、どちらかの足がはみ出たりなんてことはない。
白い大理石の柱がバスタブの端にあり、洗い場からバスタブを遮るような薄いカーテンまでもがある、本当に贅沢な作りだ。
チャプンと水音がしてエデンの大きな手が私の肌をすべり、その心地良さに私はうっとりとした吐息をついていた。けれど、彼の指先がくにゅと胸の膨らみにくい込むと、私の頬は熱を持ってしまう。
「傷は完全に治したはずだが、……本当にもう痛まないか? 他に危害を加えられたところはないか?」
「……うふふ、エデンは心配性ですね。本当に大丈夫です」
「……だが、ここは傷ついたままではないのか?」
トン、とエデンの指先が私の心臓のあたりに触れ、私は目蓋を伏せる。
「確かに思い出すだけでも怖いです。『いい人』だと思っていた村の人たちが、自分たちの安全を大事にするという当たり前を守ろうとするだけで、あんなに恐ろしく変わってしまうだなんて……。
けれどきっとあれは……私のなかにもある獣なのかもしれないんです。いつか私がエデンとの生活……それこそ子供が生まれた時にもなれば、大切な夫や子供を守るために、私は変わってしまうかもしれない」
「そうだな。神とやらの博愛というものは、万物に分け隔てない愛を注ぎ、誰かをひいきしない。そのぶん人間の愛情というものは、もっと生々しく偏ったものだ」
目を閉じてエデンの指先の感触に身を任せながら、私は自分の中の絶対的存在が変わっているのを感じていた。
以前は神さまを盲目に信じていたけれど、いまは頼りがいがあって博識で、強くて優しい魔王さま――エデンが、私の心を占めていた。
神さまを信じて生きてきた十八年を否定するつもりはないけれど、今は目の前に信じたいと強く思う存在ができている。
それはとても……われながら進歩したように思えた。
**
お風呂から出ると、エデンは当たり前のような顔で私をベッドへ連れてゆき、そっと横たえた。
「ケンカはしていないが……、仲なおりをしようか」
見おろしてくる紫暗の瞳も、頬に影を落とした長いまつげも、前髪の影も、その下のたくましい胸板も――全部私のものなんだ。
きゅうっと胸が締めつけられ、私は気がつけばエデンに抱きついていた。
彼の香りに包まれ、胸がもっと甘酸っぱい感情に支配される。お風呂上がりの熱い体温を感じたまま、私はエデンに甘えてみせる。
0
お気に入りに追加
406
あなたにおすすめの小説

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて
アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。
二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた
狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている
いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった
そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた
しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた
当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった
この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。
男装騎士はエリート騎士団長から離れられません!
Canaan
恋愛
女性騎士で伯爵令嬢のテレサは配置換えで騎士団長となった陰険エリート魔術師・エリオットに反発心を抱いていた。剣で戦わない団長なんてありえない! そんなテレサだったが、ある日、魔法薬の事故でエリオットから一定以上の距離をとろうとすると、淫らな気分に襲われる体質になってしまい!? 目の前で発情する彼女を見たエリオットは仕方なく『治療』をはじめるが、男だと思い込んでいたテレサが女性だと気が付き……。インテリ騎士の硬い指先が、火照った肌を滑る。誰にも触れられたことのない場所を優しくほぐされると、身体はとろとろに蕩けてしまって――。二十四時間離れられない二人の恋の行く末は?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる