24 / 38
まるで夜逃げみたい
しおりを挟む
「……私、知らない場所に来て少し感覚が狂っていたのかもしれません。やっぱり私のような平凡な小娘は……、平凡に生きたほうがいいのだと思います。身の丈に合った生き方をして、身の丈に合った……」
「そこまでご自分を卑下されずともようございます。……私もうかつなことを口にしてしまいました」
相変わらず表情を変えず言うイグニスさんに、私は決意を秘めて伝えた。
「イグニスさん。どうか私を村に帰して下さい。エデンには……きっともっとお似合いの人がいます」
「……いいのですか?」
「ええ。目が覚めました」
嘘だ。私の意識はショックで混濁していて、まともな判断が下せなくなっている。
けれど今は――、ここから逃げ出したい。私の頭の中はそれ一色だった。
「……馬車の用意をして参ります」
余計なことを言わない彼はそれだけを言うと、少し離れた場所にある厩へ行く。
しばらくしてから車輪に火をまとわせた黒い馬車が私の前へ現れた。
「お乗りください。エデンさまへのご伝言は、馬車の中に筆記具を用意してあります」
目を赤くさせた私は、イグニスさんの手を借りて馬車に乗り込んだ。
テーブルの引き出しに綺麗な便箋と封筒、ペンがあったので、まずはまたハンカチを借りて涙を拭う。
そのあいだにも、馬車は静かに動き出して夜空を飛んでいた。
「……まるで夜逃げみたい」
村からここへ来るときも夜で、この城から出るときも夜で。
私の存在そのものが、お日さまの下にいてはいけないのだと言われているような気持ちだった。
「ごめんなさい。……エデン」
彼が立派な魔王になるのを応援しようとしたのに、私は自分が憐れで逃げ出した。
どこをどうしたら自分に自信を持って彼に向き合えるのかも分からず、私はただ白い便箋にエデンへのいい訳をつらねていた。
**
ずいぶんと長い手紙を折りたたんで封筒に入れ、ボーッと外を眺めているうちに車窓の景色は見覚えのあるものになった。
やがて私がかつてこの足で歩きまわった場所になったと思うと、馬車は降下しだした。
真夜中なので村の家々には明かりはほとんど灯っておらず、外灯の温かな光がポツンポツンとあるだけだ。
もちろん誰も外を歩いていないけれど、私はよく知った道の形を目にしただけで、安堵で泣きだしてしまった。
馬車は村のはずれに音もなく着地し、ドアが開く。
「どうぞ、ご自身の道を歩んで下さい」
「短いあいだでしたが、どうもありがとうございました。馬車の中にエデンへの手紙があるので、どうぞよろしくお願いします」
結婚指輪は封筒の中に入れておいた。これできっと、私とあの人を繋ぐものもなくなってしまうのだろう。
「私、お城で知ったことで、人に言ってはいけない余計なことは、決して言いませんから」
「承知いたしました」
私がそう言うと、イグニスさんは初めてほんの少し表情を緩めた。
きっとこの人は、エデンに忠誠を誓ったまじめな人なんだな、と直感で分かるような顔だ。
「アメリアさま、この護符をお持ちください。しばらくの間あなたさまの存在を、エデンさまの感知能力から守ってくれます。
私が作ったものですからエデンさまの魔力よりは弱いですが、ないよりはいいでしょう。この村で近親者に挨拶をされたあと、早いうちにこの村を離れることをお勧めいたします」
「……はい、色々とありがとうございます」
エデンから離れ、村から離れた私はどうなってしまうんだろう。
まずは村長にあいさつをして、シスターサマンサと神学校に行く話とかをしたらいいんだろうか。
受け取った護符はペンダント型の物で、銀色のシンプルな護符を私は首にさげた。
「それじゃあ……」
ペコリと小さく頭をさげて歩きだし、しばらく歩いてから後ろをふり向くと、イグニスさんはまだ馬車の前で見送ってくれていた。
もう一度私が頭を下げると、彼は遠くから礼を返してくれた。
「まずは……、シスターに会いに行きたいけれど、村長に報告をしないと」
夜風がゆるく私の赤毛を揺らし、よく知った村の匂いがする。
はずれの方には家畜小屋や柵に囲われた牧場、小麦や野菜を作る土地が開けている。
静まり返った小道をずっと歩いていってからまたふり向くと、遠い空の上に赤い火があるような気がした。
民家が並ぶ場所まで歩いて少し大きな村長の家までつくと、もう遅い時間だなと申し訳なく思いながら、控えめにノッカーを鳴らす。
「そこまでご自分を卑下されずともようございます。……私もうかつなことを口にしてしまいました」
相変わらず表情を変えず言うイグニスさんに、私は決意を秘めて伝えた。
「イグニスさん。どうか私を村に帰して下さい。エデンには……きっともっとお似合いの人がいます」
「……いいのですか?」
「ええ。目が覚めました」
嘘だ。私の意識はショックで混濁していて、まともな判断が下せなくなっている。
けれど今は――、ここから逃げ出したい。私の頭の中はそれ一色だった。
「……馬車の用意をして参ります」
余計なことを言わない彼はそれだけを言うと、少し離れた場所にある厩へ行く。
しばらくしてから車輪に火をまとわせた黒い馬車が私の前へ現れた。
「お乗りください。エデンさまへのご伝言は、馬車の中に筆記具を用意してあります」
目を赤くさせた私は、イグニスさんの手を借りて馬車に乗り込んだ。
テーブルの引き出しに綺麗な便箋と封筒、ペンがあったので、まずはまたハンカチを借りて涙を拭う。
そのあいだにも、馬車は静かに動き出して夜空を飛んでいた。
「……まるで夜逃げみたい」
村からここへ来るときも夜で、この城から出るときも夜で。
私の存在そのものが、お日さまの下にいてはいけないのだと言われているような気持ちだった。
「ごめんなさい。……エデン」
彼が立派な魔王になるのを応援しようとしたのに、私は自分が憐れで逃げ出した。
どこをどうしたら自分に自信を持って彼に向き合えるのかも分からず、私はただ白い便箋にエデンへのいい訳をつらねていた。
**
ずいぶんと長い手紙を折りたたんで封筒に入れ、ボーッと外を眺めているうちに車窓の景色は見覚えのあるものになった。
やがて私がかつてこの足で歩きまわった場所になったと思うと、馬車は降下しだした。
真夜中なので村の家々には明かりはほとんど灯っておらず、外灯の温かな光がポツンポツンとあるだけだ。
もちろん誰も外を歩いていないけれど、私はよく知った道の形を目にしただけで、安堵で泣きだしてしまった。
馬車は村のはずれに音もなく着地し、ドアが開く。
「どうぞ、ご自身の道を歩んで下さい」
「短いあいだでしたが、どうもありがとうございました。馬車の中にエデンへの手紙があるので、どうぞよろしくお願いします」
結婚指輪は封筒の中に入れておいた。これできっと、私とあの人を繋ぐものもなくなってしまうのだろう。
「私、お城で知ったことで、人に言ってはいけない余計なことは、決して言いませんから」
「承知いたしました」
私がそう言うと、イグニスさんは初めてほんの少し表情を緩めた。
きっとこの人は、エデンに忠誠を誓ったまじめな人なんだな、と直感で分かるような顔だ。
「アメリアさま、この護符をお持ちください。しばらくの間あなたさまの存在を、エデンさまの感知能力から守ってくれます。
私が作ったものですからエデンさまの魔力よりは弱いですが、ないよりはいいでしょう。この村で近親者に挨拶をされたあと、早いうちにこの村を離れることをお勧めいたします」
「……はい、色々とありがとうございます」
エデンから離れ、村から離れた私はどうなってしまうんだろう。
まずは村長にあいさつをして、シスターサマンサと神学校に行く話とかをしたらいいんだろうか。
受け取った護符はペンダント型の物で、銀色のシンプルな護符を私は首にさげた。
「それじゃあ……」
ペコリと小さく頭をさげて歩きだし、しばらく歩いてから後ろをふり向くと、イグニスさんはまだ馬車の前で見送ってくれていた。
もう一度私が頭を下げると、彼は遠くから礼を返してくれた。
「まずは……、シスターに会いに行きたいけれど、村長に報告をしないと」
夜風がゆるく私の赤毛を揺らし、よく知った村の匂いがする。
はずれの方には家畜小屋や柵に囲われた牧場、小麦や野菜を作る土地が開けている。
静まり返った小道をずっと歩いていってからまたふり向くと、遠い空の上に赤い火があるような気がした。
民家が並ぶ場所まで歩いて少し大きな村長の家までつくと、もう遅い時間だなと申し訳なく思いながら、控えめにノッカーを鳴らす。
0
お気に入りに追加
405
あなたにおすすめの小説

巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた
狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている
いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった
そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた
しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた
当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった
この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる
奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。
だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。
「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」
どう尋ねる兄の真意は……

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】呪いを解いて欲しいとお願いしただけなのに、なぜか超絶美形の魔術師に溺愛されました!
藤原ライラ
恋愛
ルイーゼ=アーベントロートはとある国の末の王女。複雑な呪いにかかっており、訳あって離宮で暮らしている。
ある日、彼女は不思議な夢を見る。それは、とても美しい男が女を抱いている夢だった。その夜、夢で見た通りの男はルイーゼの目の前に現れ、自分は魔術師のハーディだと名乗る。咄嗟に呪いを解いてと頼むルイーゼだったが、魔術師はタダでは願いを叶えてはくれない。当然のようにハーディは対価を要求してくるのだった。
解呪の過程でハーディに恋心を抱くルイーゼだったが、呪いが解けてしまえばもう彼に会うことはできないかもしれないと思い悩み……。
「君は、おれに、一体何をくれる?」
呪いを解く代わりにハーディが求める対価とは?
強情な王女とちょっと性悪な魔術師のお話。
※ほぼ同じ内容で別タイトルのものをムーンライトノベルズにも掲載しています※

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる