【R-18】魔王の生贄に選ばれましたが、思いのほか溺愛されました

臣桜

文字の大きさ
上 下
20 / 38

帰りたい……!

しおりを挟む
 ナイトドレスをちゃんと着ているものの、エデンと二人でベッドに入っている姿を見られるのは恥ずかしい。

 けれどイグニスさんは相変わらず感情というものが分からない表情のまま、金の盆の上に赤い何かをのせたままこちらへ歩いてくる。

「ご苦労」

 エデンがイグニスさんを短くねぎらうと、彼は金の盆の上から赤い布に包まれた何かを手に取る。

 赤いビロードを開くと、その中には金色の手鏡が入っていた。

「この鏡を持って、見たいと思うものを思い描いてみろ」

 そう言って手渡された手鏡は、純金製なのかずっしりと重たい。

 鏡部分はピカピカに磨き上げられ、覗きこむと赤毛で青い目の少女――私が不思議そうにこちらを見ている。

「見たいと思うもの……って……」

 母さん、どうしているかな。――と思っても、鏡は何の反応も見せない。

 しっかりと鏡を見つめたまま、心の中で母さんを呼んでも鏡は私を映すだけだった。

 はぁ、と溜息をついて頭の中で村のことを思った瞬間、鏡はキラッと瞬いたあとに、楕円のなかに村の広場を映した。

「えっ……?」

 私は前のめりになって鏡を見て、まるで自分が村の広場にいるように左右を見るイメージをした。

 すると鏡はそのままの風景を映し、興奮した私は孤児院を思い浮かべる。

「あ……」

 見慣れた小ぢんまりとした建物が映り、食堂の大きなテーブルや寝室の並んだベッド。

 ……まだ一日しか経っていないのに……、鼻の奥がツンとして目に涙が浮かんだ。

「シスター……」

 そうつぶやくと礼拝堂が映り、ガランとしたベンチが並んでいる奥で祭壇に向かって一心に祈りを捧げている後ろ姿が映った。

 苦しみにたえているような横顔は、最後に別れた時そのまま。

 彼女はずっと苦しんで、悲しみ続けているんだろうか――?

「シスター……ッ」

 ボロッと涙が一粒こぼれると、つぎからつぎに雫が頬を濡らす。

 帰りたい……!

 貧乏でもいい。ベッドが狭くても、パンが硬くても、スープが薄くても……、あそこが私の生まれ育った場所だもの。

 声に出さずとも、嗚咽して肩を震わせている私を見ただけで、エデンはすべてを察したようだった。

 大きな手が私の肩をそっと抱き寄せ、なだめるようにレースに包まれた肩を撫でる。

「……大丈夫か?」

 気遣ってくれるのは、私の夫だ。

 優しくて、見たことのない美形で、何でもできる――魔王。

 人ではなく――、悪魔の王。

 こんなに――私に優しくしてくれる人はいないもの。

 会ったばかりの私を愛してくれて、生贄だって言われてここへ来たけれど、この人は私の夫だもの。

 ……でもっ!

「……っ」

 どうしたらいいのか、――分からない。

 ブンブンと首を振ると、涙がきらめきながらこぼれ落ちる。

 静かに泣き崩れる私をエデンは優しく支えてくれた。彼は私の手から鏡を優しく取り上げると、ベッドの上に静かに置く。

「この鏡は見たいものを見せてくれる。――けれど、見られるのは自分が知っているものだけだ。お前が探しているシスタージェシカという人物は、今どこで何をしているのかお前が知らなければ、鏡も映せないんだ」

 優しく説明するエデンは、私が望むものを見られなくて落胆していると思ったのだろうか。

 それだけでも彼の優しさが伝わってきて――、私には彼の優しさが常習性の毒のように思えた。

 やめることができなくて、じわじわと私を蝕んでいって――最後には私を丸ごと呑みこんでしまう、魔王の毒。

 葛藤したまま泣き続ける私を、夫となった彼はいつまでも優しく撫でてくれていた。



**



 その後、私は自分がエデンに申し出たこと――ゲームで勝ったら村に帰してもらうこと――を叶えるため、エデンの執務の合間を見てゲームを挑んだ。

 夫である彼の元を離れることが目的と思うと罪悪感があるけれど、村へ帰りたいという気持ちだって同じくらいに強い。

 しかし、エデンはさすが完璧な存在の魔王というだけあって、ゲームも強い。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた

狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた 当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。

男装騎士はエリート騎士団長から離れられません!

Canaan
恋愛
女性騎士で伯爵令嬢のテレサは配置換えで騎士団長となった陰険エリート魔術師・エリオットに反発心を抱いていた。剣で戦わない団長なんてありえない! そんなテレサだったが、ある日、魔法薬の事故でエリオットから一定以上の距離をとろうとすると、淫らな気分に襲われる体質になってしまい!? 目の前で発情する彼女を見たエリオットは仕方なく『治療』をはじめるが、男だと思い込んでいたテレサが女性だと気が付き……。インテリ騎士の硬い指先が、火照った肌を滑る。誰にも触れられたことのない場所を優しくほぐされると、身体はとろとろに蕩けてしまって――。二十四時間離れられない二人の恋の行く末は?

処理中です...