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帰りたい……!
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ナイトドレスをちゃんと着ているものの、エデンと二人でベッドに入っている姿を見られるのは恥ずかしい。
けれどイグニスさんは相変わらず感情というものが分からない表情のまま、金の盆の上に赤い何かをのせたままこちらへ歩いてくる。
「ご苦労」
エデンがイグニスさんを短くねぎらうと、彼は金の盆の上から赤い布に包まれた何かを手に取る。
赤いビロードを開くと、その中には金色の手鏡が入っていた。
「この鏡を持って、見たいと思うものを思い描いてみろ」
そう言って手渡された手鏡は、純金製なのかずっしりと重たい。
鏡部分はピカピカに磨き上げられ、覗きこむと赤毛で青い目の少女――私が不思議そうにこちらを見ている。
「見たいと思うもの……って……」
母さん、どうしているかな。――と思っても、鏡は何の反応も見せない。
しっかりと鏡を見つめたまま、心の中で母さんを呼んでも鏡は私を映すだけだった。
はぁ、と溜息をついて頭の中で村のことを思った瞬間、鏡はキラッと瞬いたあとに、楕円のなかに村の広場を映した。
「えっ……?」
私は前のめりになって鏡を見て、まるで自分が村の広場にいるように左右を見るイメージをした。
すると鏡はそのままの風景を映し、興奮した私は孤児院を思い浮かべる。
「あ……」
見慣れた小ぢんまりとした建物が映り、食堂の大きなテーブルや寝室の並んだベッド。
……まだ一日しか経っていないのに……、鼻の奥がツンとして目に涙が浮かんだ。
「シスター……」
そうつぶやくと礼拝堂が映り、ガランとしたベンチが並んでいる奥で祭壇に向かって一心に祈りを捧げている後ろ姿が映った。
苦しみにたえているような横顔は、最後に別れた時そのまま。
彼女はずっと苦しんで、悲しみ続けているんだろうか――?
「シスター……ッ」
ボロッと涙が一粒こぼれると、つぎからつぎに雫が頬を濡らす。
帰りたい……!
貧乏でもいい。ベッドが狭くても、パンが硬くても、スープが薄くても……、あそこが私の生まれ育った場所だもの。
声に出さずとも、嗚咽して肩を震わせている私を見ただけで、エデンはすべてを察したようだった。
大きな手が私の肩をそっと抱き寄せ、なだめるようにレースに包まれた肩を撫でる。
「……大丈夫か?」
気遣ってくれるのは、私の夫だ。
優しくて、見たことのない美形で、何でもできる――魔王。
人ではなく――、悪魔の王。
こんなに――私に優しくしてくれる人はいないもの。
会ったばかりの私を愛してくれて、生贄だって言われてここへ来たけれど、この人は私の夫だもの。
……でもっ!
「……っ」
どうしたらいいのか、――分からない。
ブンブンと首を振ると、涙がきらめきながらこぼれ落ちる。
静かに泣き崩れる私をエデンは優しく支えてくれた。彼は私の手から鏡を優しく取り上げると、ベッドの上に静かに置く。
「この鏡は見たいものを見せてくれる。――けれど、見られるのは自分が知っているものだけだ。お前が探しているシスタージェシカという人物は、今どこで何をしているのかお前が知らなければ、鏡も映せないんだ」
優しく説明するエデンは、私が望むものを見られなくて落胆していると思ったのだろうか。
それだけでも彼の優しさが伝わってきて――、私には彼の優しさが常習性の毒のように思えた。
やめることができなくて、じわじわと私を蝕んでいって――最後には私を丸ごと呑みこんでしまう、魔王の毒。
葛藤したまま泣き続ける私を、夫となった彼はいつまでも優しく撫でてくれていた。
**
その後、私は自分がエデンに申し出たこと――ゲームで勝ったら村に帰してもらうこと――を叶えるため、エデンの執務の合間を見てゲームを挑んだ。
夫である彼の元を離れることが目的と思うと罪悪感があるけれど、村へ帰りたいという気持ちだって同じくらいに強い。
しかし、エデンはさすが完璧な存在の魔王というだけあって、ゲームも強い。
けれどイグニスさんは相変わらず感情というものが分からない表情のまま、金の盆の上に赤い何かをのせたままこちらへ歩いてくる。
「ご苦労」
エデンがイグニスさんを短くねぎらうと、彼は金の盆の上から赤い布に包まれた何かを手に取る。
赤いビロードを開くと、その中には金色の手鏡が入っていた。
「この鏡を持って、見たいと思うものを思い描いてみろ」
そう言って手渡された手鏡は、純金製なのかずっしりと重たい。
鏡部分はピカピカに磨き上げられ、覗きこむと赤毛で青い目の少女――私が不思議そうにこちらを見ている。
「見たいと思うもの……って……」
母さん、どうしているかな。――と思っても、鏡は何の反応も見せない。
しっかりと鏡を見つめたまま、心の中で母さんを呼んでも鏡は私を映すだけだった。
はぁ、と溜息をついて頭の中で村のことを思った瞬間、鏡はキラッと瞬いたあとに、楕円のなかに村の広場を映した。
「えっ……?」
私は前のめりになって鏡を見て、まるで自分が村の広場にいるように左右を見るイメージをした。
すると鏡はそのままの風景を映し、興奮した私は孤児院を思い浮かべる。
「あ……」
見慣れた小ぢんまりとした建物が映り、食堂の大きなテーブルや寝室の並んだベッド。
……まだ一日しか経っていないのに……、鼻の奥がツンとして目に涙が浮かんだ。
「シスター……」
そうつぶやくと礼拝堂が映り、ガランとしたベンチが並んでいる奥で祭壇に向かって一心に祈りを捧げている後ろ姿が映った。
苦しみにたえているような横顔は、最後に別れた時そのまま。
彼女はずっと苦しんで、悲しみ続けているんだろうか――?
「シスター……ッ」
ボロッと涙が一粒こぼれると、つぎからつぎに雫が頬を濡らす。
帰りたい……!
貧乏でもいい。ベッドが狭くても、パンが硬くても、スープが薄くても……、あそこが私の生まれ育った場所だもの。
声に出さずとも、嗚咽して肩を震わせている私を見ただけで、エデンはすべてを察したようだった。
大きな手が私の肩をそっと抱き寄せ、なだめるようにレースに包まれた肩を撫でる。
「……大丈夫か?」
気遣ってくれるのは、私の夫だ。
優しくて、見たことのない美形で、何でもできる――魔王。
人ではなく――、悪魔の王。
こんなに――私に優しくしてくれる人はいないもの。
会ったばかりの私を愛してくれて、生贄だって言われてここへ来たけれど、この人は私の夫だもの。
……でもっ!
「……っ」
どうしたらいいのか、――分からない。
ブンブンと首を振ると、涙がきらめきながらこぼれ落ちる。
静かに泣き崩れる私をエデンは優しく支えてくれた。彼は私の手から鏡を優しく取り上げると、ベッドの上に静かに置く。
「この鏡は見たいものを見せてくれる。――けれど、見られるのは自分が知っているものだけだ。お前が探しているシスタージェシカという人物は、今どこで何をしているのかお前が知らなければ、鏡も映せないんだ」
優しく説明するエデンは、私が望むものを見られなくて落胆していると思ったのだろうか。
それだけでも彼の優しさが伝わってきて――、私には彼の優しさが常習性の毒のように思えた。
やめることができなくて、じわじわと私を蝕んでいって――最後には私を丸ごと呑みこんでしまう、魔王の毒。
葛藤したまま泣き続ける私を、夫となった彼はいつまでも優しく撫でてくれていた。
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その後、私は自分がエデンに申し出たこと――ゲームで勝ったら村に帰してもらうこと――を叶えるため、エデンの執務の合間を見てゲームを挑んだ。
夫である彼の元を離れることが目的と思うと罪悪感があるけれど、村へ帰りたいという気持ちだって同じくらいに強い。
しかし、エデンはさすが完璧な存在の魔王というだけあって、ゲームも強い。
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