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魔王さまのおもてなし
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「……腹が減ったのか」
「……申し訳ありません……」
恥ずかしくて消え入りそうな声で謝ると、頭上でフッと笑う気配がある。
「え?」と思って魔王さまを見上げると、無駄なほど美しい魔王は優しい顔で私に向かって笑ってみせた。
「イグニスにすぐ食事の準備をさせる。それまではこれでしのげ」
「んぐっ」
少し開いていた唇にクッキーが一枚さし込まれ、私は反射的にそれを口で迎え入れていた。
毒でも入っているんじゃ――!? と思ったけれど、訪れたのは甘く幸せな味だった。
「まずは好きなだけ喰って飲め。空腹と緊張とでは、上手く頭が働かんだろう」
「は……、はい」
返事をしてから口の中のクッキーを食べると、サクサクしていてふんわりアーモンドとバターの香りがして、とってもおいしい。
魔王さまがおっしゃる通り緊張で喉も渇いていたので、安心した私はありがたくお茶とサンドウィッチを頂いた。
新鮮な野菜とハムのサンドウィッチや、玉子のサンドウィッチを食べていると、いつの間にか向かいの席に座った魔王さまが、テーブルに肘をついて微笑んできた。
「うまいか?」
「……っ、ごほっ」
絶世の美形に微笑まれると、心臓に悪いです。
飲みこもうとした物をつまらせて私はせき込み、慌ててティーカップに唇をつける。
「なにも食べ物は逃げんから、ゆっくり喰え」
「……っ、は、……はい」
この流れで「あなたのせいです」とは、口が裂けても言えません。
「……あ、少し待て」
「え?」
ドキッとして動きを止めると、魔王様の長い指がこちらにせまってきて、私は思わずギュッと目をつむった。
急に気が変わって痛いことをされるのでは……、と思って身を小さくしていると、私の口の横を指の腹が優しく拭っていった。
「……え……」
緊張が抜けてまぬけな声を出し、恐る恐る目を開くと、魔王さまはその指を口に含んでいた。
「マヨネーズ、ついていたぞ」
「……はい」
色んな意味で心臓に悪いです。
ただただ、子供みたいな口の汚しかたをして恥ずかしいのと、恋人のようなことをされて私は真っ赤になっていた。
**
私がギクシャクしながらお茶をいただいていると、イグニスさんが現れて食事の準備ができたと告げ、私たちはまた別の部屋へ向かった。
あのすてきなティーパーティーのテーブルはどうなるんだろう? ともったいなく思っていたけれど、魔王さまの城でまさか清貧を説くわけにもいかないし……。
と思っていると、今度はまた豪勢なお料理がテーブルにところ狭しと置かれてある部屋になり、私は自分の普段の食卓との差に、今度こそ天を仰いで倒れてしまいそうだった。
「えぇ……? お肉、お肉がこんなにたくさん……」
「肉が好きなのか。何でもいいからたらふく喰え」
「あの……、まさかこうやって太らせて食べる魂胆ですか?」
思わず思いついたことを口にすると、魔王さまは呆れたように目だけで天井を仰いでから、溜息をついてしまった。
「あの……、すみません。ご気分を害してしまいました……よね……」
シュンとして謝ると、彼は胸の前で腕組みをして私を見る。
「言っておくが、俺はお前に危害を加えるつもりはない。ただ単純に腹が減ってるだろうから、もてなしているだけだ」
あ……。
その言葉に、私は胸の奥がドクンと深く暗くうがたれていくのを感じた。
「……すみません。私、怖いのと緊張とで……、つい……」
彼を傷つけてしまった。酷いことを言ってしまったのだと思うと、こちらもやるせなくなってしまう。
「いや、いい。人間の世界から急に悪魔やら魔王がいる世界にくれば、必要以上に萎縮してしまうのも察する。
俺は生贄を殺して食べると、あの村に対して告げたことは一度もない。だが人間のほうではそう受け取っても仕方がないな」
「魔王さまは……生贄を食べていないんですか?」
落ち込んでいた私だが、彼の言葉がふしぎでそうたずねる。
「……申し訳ありません……」
恥ずかしくて消え入りそうな声で謝ると、頭上でフッと笑う気配がある。
「え?」と思って魔王さまを見上げると、無駄なほど美しい魔王は優しい顔で私に向かって笑ってみせた。
「イグニスにすぐ食事の準備をさせる。それまではこれでしのげ」
「んぐっ」
少し開いていた唇にクッキーが一枚さし込まれ、私は反射的にそれを口で迎え入れていた。
毒でも入っているんじゃ――!? と思ったけれど、訪れたのは甘く幸せな味だった。
「まずは好きなだけ喰って飲め。空腹と緊張とでは、上手く頭が働かんだろう」
「は……、はい」
返事をしてから口の中のクッキーを食べると、サクサクしていてふんわりアーモンドとバターの香りがして、とってもおいしい。
魔王さまがおっしゃる通り緊張で喉も渇いていたので、安心した私はありがたくお茶とサンドウィッチを頂いた。
新鮮な野菜とハムのサンドウィッチや、玉子のサンドウィッチを食べていると、いつの間にか向かいの席に座った魔王さまが、テーブルに肘をついて微笑んできた。
「うまいか?」
「……っ、ごほっ」
絶世の美形に微笑まれると、心臓に悪いです。
飲みこもうとした物をつまらせて私はせき込み、慌ててティーカップに唇をつける。
「なにも食べ物は逃げんから、ゆっくり喰え」
「……っ、は、……はい」
この流れで「あなたのせいです」とは、口が裂けても言えません。
「……あ、少し待て」
「え?」
ドキッとして動きを止めると、魔王様の長い指がこちらにせまってきて、私は思わずギュッと目をつむった。
急に気が変わって痛いことをされるのでは……、と思って身を小さくしていると、私の口の横を指の腹が優しく拭っていった。
「……え……」
緊張が抜けてまぬけな声を出し、恐る恐る目を開くと、魔王さまはその指を口に含んでいた。
「マヨネーズ、ついていたぞ」
「……はい」
色んな意味で心臓に悪いです。
ただただ、子供みたいな口の汚しかたをして恥ずかしいのと、恋人のようなことをされて私は真っ赤になっていた。
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私がギクシャクしながらお茶をいただいていると、イグニスさんが現れて食事の準備ができたと告げ、私たちはまた別の部屋へ向かった。
あのすてきなティーパーティーのテーブルはどうなるんだろう? ともったいなく思っていたけれど、魔王さまの城でまさか清貧を説くわけにもいかないし……。
と思っていると、今度はまた豪勢なお料理がテーブルにところ狭しと置かれてある部屋になり、私は自分の普段の食卓との差に、今度こそ天を仰いで倒れてしまいそうだった。
「えぇ……? お肉、お肉がこんなにたくさん……」
「肉が好きなのか。何でもいいからたらふく喰え」
「あの……、まさかこうやって太らせて食べる魂胆ですか?」
思わず思いついたことを口にすると、魔王さまは呆れたように目だけで天井を仰いでから、溜息をついてしまった。
「あの……、すみません。ご気分を害してしまいました……よね……」
シュンとして謝ると、彼は胸の前で腕組みをして私を見る。
「言っておくが、俺はお前に危害を加えるつもりはない。ただ単純に腹が減ってるだろうから、もてなしているだけだ」
あ……。
その言葉に、私は胸の奥がドクンと深く暗くうがたれていくのを感じた。
「……すみません。私、怖いのと緊張とで……、つい……」
彼を傷つけてしまった。酷いことを言ってしまったのだと思うと、こちらもやるせなくなってしまう。
「いや、いい。人間の世界から急に悪魔やら魔王がいる世界にくれば、必要以上に萎縮してしまうのも察する。
俺は生贄を殺して食べると、あの村に対して告げたことは一度もない。だが人間のほうではそう受け取っても仕方がないな」
「魔王さまは……生贄を食べていないんですか?」
落ち込んでいた私だが、彼の言葉がふしぎでそうたずねる。
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