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どうやらこの人が魔王のようです
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イグニスさんが見るも恐ろしい大男で、乱暴に私を捕まえて「よくきたな、小娘」と引きずって行くのなら、私だって声の限り叫んで抵抗する。
けれどいま彼は私を「案内」してくれている。
……正直、調子が狂うわ。
イグニスさんはもともと寡黙なほうなのか、余計なおしゃべりをせずに私を案内してくれる。
そして、何度か廊下の角を曲がって向かった先には、大きな扉があった。
「この先に魔王がいるんだ」と私は直感する。
でもこの場から走って逃げ出そうにも、もと来た道がどこをどう曲がっているのかもう分からない。運良く外へ出られたとしても、この城は空の上。
勇気を出すのよ、アメリア。私には神のご加護がある。
ギュッと胸からさがったロザリオを握りしめると、イグニスさんがそれをチラッと見てから「どうぞ、中へ」と優雅に私をうながした。
「この奥に魔王……さま、がいる、いらっしゃるんですか?」
たずねながら一歩踏み出すと、人の背丈よりも大きな扉がスッと開いて過敏になっていた私は「きゃあっ!」と悲鳴を上げていた。
「……そう恐れるな」
扉の奥から聞こえてきたのは、呆れたような声。
え? ま、魔王さま?
心臓が爆発しそうで、私は冷や汗と頭痛でいまにも倒れてしまいそうだった。
それなのに足はゆっくりと前に進み、あとから思えばその足は魔王さまの魔法で動かされていたのかもしれない。
巨大な扉の奥には広い空間があって、それを何本もの柱が支えている。
上を見上げても、暗くてどこが天井なのか分からなかった。
じゅうたんは真っすぐに奥――玉座に通じていて、その両脇には燭台と甲冑とが交互に置かれてある。
私が進んでいると、揺らめく炎に照らされた甲冑が独りでに歩きだしそうな気がして、恐ろしくてたまらない。
(あぁ……、こんな時にちょうど良く気絶できればいいのに)
ふと、子供の頃にシスターに怒られるのが嫌で仮病を使ったのを思い出し、こんなシーンだというのに私はそんなことを考えてしまった。
(いや……、案外いけるんじゃないかしら?)
我ながら小賢しいことを考えていると思いつつ、私は心のなかでカウントダウンをして、なるべく自然にその場に倒れた。
ガクリと膝から崩れ落ちるようにして、あまり体を痛くしないように床の上に体を横たえる。
「……おい?」
魔王の姿は広い空間の奥でまだ目にしていなかったけれど、さすがに魔王も少し動揺した声を出す。
それから広間の奥から、魔王らしき人物が動く気配がした。
薄目を開くと、私の赤毛が床の上に広がっているのが見える。魔王の靴音とかすかな振動が床から伝わり、またギュッと目を閉じた。
(あぁ、でもどうしよう。嘘だって分かったらもっと怒られるかも。食べられるかも)
倒れてしまってから私は激しく後悔し、毛足の長いじゅうたんが私の冷や汗で濡れていくような気すらする。
近づいてくる足音はやがて目の前にせまり、私はできるだけ自然に体の力を抜いていた。
肩に触れる手があり、私の体は反転されてあお向けにされると、思っていたよりもずっと優しい手が顔にかかった髪をよけていく。
「……おい」
「…………」
私のことは恐怖で死んだものと思ってください。
「……おい、目を開けないとキスをするぞ」
「!?」
ギョッとして目を開くと、目の前にとんでもない美形の顔があった。思わず私の喉からヒッと小さな音がして、呼吸が止まった。
「……やっぱり演技だったか」
呆れたように言うその顔は、私が今まで見た何よりも美しい。
キリリとした眉の下、彫りの深いくっきり二重の目。人形のように長いまつげの下に神秘的な紫暗の瞳がある。
髪は濡れ羽色という言葉がふさわしい漆黒で、それに対比したような白い肌は男性なのに陶磁器のようになめらかで美しい。
耳は悪魔というだけあって、ピンと尖っていた。
スッとした鼻梁は高く、少し長めの前髪の影が、その尋常ではない美しさを増している。
今まで勝手にイメージして怯えていた魔王は、私がこの十八年生きてきて一度も見たことのない超絶美形だった。
「…………」
私は言葉を失ったまま、目の前の美しい魔王を見て固まっていた。
けれどいま彼は私を「案内」してくれている。
……正直、調子が狂うわ。
イグニスさんはもともと寡黙なほうなのか、余計なおしゃべりをせずに私を案内してくれる。
そして、何度か廊下の角を曲がって向かった先には、大きな扉があった。
「この先に魔王がいるんだ」と私は直感する。
でもこの場から走って逃げ出そうにも、もと来た道がどこをどう曲がっているのかもう分からない。運良く外へ出られたとしても、この城は空の上。
勇気を出すのよ、アメリア。私には神のご加護がある。
ギュッと胸からさがったロザリオを握りしめると、イグニスさんがそれをチラッと見てから「どうぞ、中へ」と優雅に私をうながした。
「この奥に魔王……さま、がいる、いらっしゃるんですか?」
たずねながら一歩踏み出すと、人の背丈よりも大きな扉がスッと開いて過敏になっていた私は「きゃあっ!」と悲鳴を上げていた。
「……そう恐れるな」
扉の奥から聞こえてきたのは、呆れたような声。
え? ま、魔王さま?
心臓が爆発しそうで、私は冷や汗と頭痛でいまにも倒れてしまいそうだった。
それなのに足はゆっくりと前に進み、あとから思えばその足は魔王さまの魔法で動かされていたのかもしれない。
巨大な扉の奥には広い空間があって、それを何本もの柱が支えている。
上を見上げても、暗くてどこが天井なのか分からなかった。
じゅうたんは真っすぐに奥――玉座に通じていて、その両脇には燭台と甲冑とが交互に置かれてある。
私が進んでいると、揺らめく炎に照らされた甲冑が独りでに歩きだしそうな気がして、恐ろしくてたまらない。
(あぁ……、こんな時にちょうど良く気絶できればいいのに)
ふと、子供の頃にシスターに怒られるのが嫌で仮病を使ったのを思い出し、こんなシーンだというのに私はそんなことを考えてしまった。
(いや……、案外いけるんじゃないかしら?)
我ながら小賢しいことを考えていると思いつつ、私は心のなかでカウントダウンをして、なるべく自然にその場に倒れた。
ガクリと膝から崩れ落ちるようにして、あまり体を痛くしないように床の上に体を横たえる。
「……おい?」
魔王の姿は広い空間の奥でまだ目にしていなかったけれど、さすがに魔王も少し動揺した声を出す。
それから広間の奥から、魔王らしき人物が動く気配がした。
薄目を開くと、私の赤毛が床の上に広がっているのが見える。魔王の靴音とかすかな振動が床から伝わり、またギュッと目を閉じた。
(あぁ、でもどうしよう。嘘だって分かったらもっと怒られるかも。食べられるかも)
倒れてしまってから私は激しく後悔し、毛足の長いじゅうたんが私の冷や汗で濡れていくような気すらする。
近づいてくる足音はやがて目の前にせまり、私はできるだけ自然に体の力を抜いていた。
肩に触れる手があり、私の体は反転されてあお向けにされると、思っていたよりもずっと優しい手が顔にかかった髪をよけていく。
「……おい」
「…………」
私のことは恐怖で死んだものと思ってください。
「……おい、目を開けないとキスをするぞ」
「!?」
ギョッとして目を開くと、目の前にとんでもない美形の顔があった。思わず私の喉からヒッと小さな音がして、呼吸が止まった。
「……やっぱり演技だったか」
呆れたように言うその顔は、私が今まで見た何よりも美しい。
キリリとした眉の下、彫りの深いくっきり二重の目。人形のように長いまつげの下に神秘的な紫暗の瞳がある。
髪は濡れ羽色という言葉がふさわしい漆黒で、それに対比したような白い肌は男性なのに陶磁器のようになめらかで美しい。
耳は悪魔というだけあって、ピンと尖っていた。
スッとした鼻梁は高く、少し長めの前髪の影が、その尋常ではない美しさを増している。
今まで勝手にイメージして怯えていた魔王は、私がこの十八年生きてきて一度も見たことのない超絶美形だった。
「…………」
私は言葉を失ったまま、目の前の美しい魔王を見て固まっていた。
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