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私のこと
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私は孤児だ。
大好きな母さん――シスタージェシカが、孤児院の前に捨てられていた私を拾ってくれた。
「この子をよろしくお願いします」はおろか、名前を書いたメモすらもない私に、アメリアという名前をつけてくれたのも母さんだ。
私が住んでいる村は、全体で八十人もいないぐらいの小さな村。
母さんよりも年上のシスターサマンサが村の一軒一軒を訪ね歩いても、だれも私の身の上を知っている人はいなかった。
宿と食堂をかねている店が二軒あり、その片方の主が言うには、お腹が大きい女性とその夫なのか従者なのか、付きそいの男性が二人泊まっていたそうだ。
宿のおかみさんは、女性のお腹の子のことを心配していたらしい。
けれど、産婆を呼ぶ間もなく真夜中に赤ん坊は生まれ、その数日後に男女は姿を消した。
そして、カゴに入れられた女の子だけが修道院の前に置き去りにされた。
なんというか――ありきたりと言えばありきたり。けれど捨てられた子供にとっては、とんでもない話。
それがどうやら私の身の上のようだ。
男女を追いかけようにも、出産してすぐに馬車で村を離れたらしい。
シスターサマンサが村長に報告をして、村人が近くの村や町まで探しに行っても、二人のゆくえは分からなかった。
「これも神のおぼしめしです」と優しいシスター二人は、ほかの子と同じように愛情と神の愛を説いて私を育ててくれた。
私が「母さん」と呼んでなついていたシスタージェシカは、覚えている限り二十代後半ぐらいの美しい人だった。
ハチミツ色の金髪に、聖母を思わせるうっとりとした眼差しは、いつまでも見つめていたいぐらいの美貌だ。
彼女の美しさが村の男性の目をひいて孤児院を個人的に助けてもらえていたのも、全体的に見ればいいことなのかもしれない。
男性がシスターの容姿に惹かれて……と聞けば、女性はいい顔をしないかもしれない。
でも母さんは老若男女とわずに誰にでも優しい人で、結果的に孤児院と村との関係はうまくいっていたのだと思う。
私は母さんに文字や計算、色んなことを教わり、なにより楽しかったのはゲームだ。
寄付されたボードゲームには知らない国のものもあり、ほかにも村で流行っている体を使ったゲームや、みんなで考えたゲームなど遊ぶに困らない。
自由時間にみんなで一緒に遊んだゲームの思い出は、私の中で一番幸せな母さんとの記憶になっている。
そうやって私はスクスクと育ち、予定では十八になって成人すれば、近くの街にある神学校に入る予定だった。
母さんの勉強の教え方が上手で、自分のことだけれども私の覚えもいいほうだったから、みんなが期待してくれていた。
有頂天になった私は、自分が母さんのような立派で美しいシスターになって、同じように孤児院の子の面倒をみる将来を疑わなかった。
けれど、転機は私が十歳になった時。
母さんがいなくなった。
孤児院の大きな子供たちと村の青年団とで、近隣の山まで一泊二日のキャンプに行っていたあいだ、母さんは神隠しに遭ったように姿を消してしまったのだ。
小さな子たちに話を聞いても、もちろん求める答えは得られない。大人たちに聞いても言葉を濁される。
モヤモヤとしたまま数年たって今に至るまで、漠然とした村人たちの「噂」から、母さんは「魔王」と呼ばれる存在の生贄になり、連れ去られたということが分かった。
魔王……だなんて、王さまが治めるこの国で言われてもいまいちピンとこない。
悪魔の角や羽がはえていて、地獄の業火を操ったりする神さまの敵。
いままで悪戯をして怒られる時に「そんなことをしていると、魔王に連れ去られますよ」と言われても、魔王なんていないものだと思っていた。
けれどもし、本当に魔王がいるのだとしたら――。
この世界に「絶対」なんてものはない。
私が信じる神さまを「そんなの絶対いねぇよ!」という憎たらしい村の子が言うように、魔王だって「絶対いない」わけじゃないかもしれない。
何かの本質を見極めようとするとき、疑うのはいいことだと母さんが言っていた。
だから私はこの小さな村という私の世界の中で、魔王の気配がしないかじっと目を凝らすようにしたのだ。
「それ」を最初に見つけたのは十二歳の初夏。
小麦を収穫する時期に、刈りとった跡地にふしぎな焼けこげ跡を見つけた。文字のようで、私には分からない文字。
そのあとに気をつかって見てみれば、村のあちこちにその文字を見つけた。
あるときは盛り上がった土をならした跡だったり、あるいは豚小屋の柱に小さく刻まれているのを見つけた。
大好きな母さん――シスタージェシカが、孤児院の前に捨てられていた私を拾ってくれた。
「この子をよろしくお願いします」はおろか、名前を書いたメモすらもない私に、アメリアという名前をつけてくれたのも母さんだ。
私が住んでいる村は、全体で八十人もいないぐらいの小さな村。
母さんよりも年上のシスターサマンサが村の一軒一軒を訪ね歩いても、だれも私の身の上を知っている人はいなかった。
宿と食堂をかねている店が二軒あり、その片方の主が言うには、お腹が大きい女性とその夫なのか従者なのか、付きそいの男性が二人泊まっていたそうだ。
宿のおかみさんは、女性のお腹の子のことを心配していたらしい。
けれど、産婆を呼ぶ間もなく真夜中に赤ん坊は生まれ、その数日後に男女は姿を消した。
そして、カゴに入れられた女の子だけが修道院の前に置き去りにされた。
なんというか――ありきたりと言えばありきたり。けれど捨てられた子供にとっては、とんでもない話。
それがどうやら私の身の上のようだ。
男女を追いかけようにも、出産してすぐに馬車で村を離れたらしい。
シスターサマンサが村長に報告をして、村人が近くの村や町まで探しに行っても、二人のゆくえは分からなかった。
「これも神のおぼしめしです」と優しいシスター二人は、ほかの子と同じように愛情と神の愛を説いて私を育ててくれた。
私が「母さん」と呼んでなついていたシスタージェシカは、覚えている限り二十代後半ぐらいの美しい人だった。
ハチミツ色の金髪に、聖母を思わせるうっとりとした眼差しは、いつまでも見つめていたいぐらいの美貌だ。
彼女の美しさが村の男性の目をひいて孤児院を個人的に助けてもらえていたのも、全体的に見ればいいことなのかもしれない。
男性がシスターの容姿に惹かれて……と聞けば、女性はいい顔をしないかもしれない。
でも母さんは老若男女とわずに誰にでも優しい人で、結果的に孤児院と村との関係はうまくいっていたのだと思う。
私は母さんに文字や計算、色んなことを教わり、なにより楽しかったのはゲームだ。
寄付されたボードゲームには知らない国のものもあり、ほかにも村で流行っている体を使ったゲームや、みんなで考えたゲームなど遊ぶに困らない。
自由時間にみんなで一緒に遊んだゲームの思い出は、私の中で一番幸せな母さんとの記憶になっている。
そうやって私はスクスクと育ち、予定では十八になって成人すれば、近くの街にある神学校に入る予定だった。
母さんの勉強の教え方が上手で、自分のことだけれども私の覚えもいいほうだったから、みんなが期待してくれていた。
有頂天になった私は、自分が母さんのような立派で美しいシスターになって、同じように孤児院の子の面倒をみる将来を疑わなかった。
けれど、転機は私が十歳になった時。
母さんがいなくなった。
孤児院の大きな子供たちと村の青年団とで、近隣の山まで一泊二日のキャンプに行っていたあいだ、母さんは神隠しに遭ったように姿を消してしまったのだ。
小さな子たちに話を聞いても、もちろん求める答えは得られない。大人たちに聞いても言葉を濁される。
モヤモヤとしたまま数年たって今に至るまで、漠然とした村人たちの「噂」から、母さんは「魔王」と呼ばれる存在の生贄になり、連れ去られたということが分かった。
魔王……だなんて、王さまが治めるこの国で言われてもいまいちピンとこない。
悪魔の角や羽がはえていて、地獄の業火を操ったりする神さまの敵。
いままで悪戯をして怒られる時に「そんなことをしていると、魔王に連れ去られますよ」と言われても、魔王なんていないものだと思っていた。
けれどもし、本当に魔王がいるのだとしたら――。
この世界に「絶対」なんてものはない。
私が信じる神さまを「そんなの絶対いねぇよ!」という憎たらしい村の子が言うように、魔王だって「絶対いない」わけじゃないかもしれない。
何かの本質を見極めようとするとき、疑うのはいいことだと母さんが言っていた。
だから私はこの小さな村という私の世界の中で、魔王の気配がしないかじっと目を凝らすようにしたのだ。
「それ」を最初に見つけたのは十二歳の初夏。
小麦を収穫する時期に、刈りとった跡地にふしぎな焼けこげ跡を見つけた。文字のようで、私には分からない文字。
そのあとに気をつかって見てみれば、村のあちこちにその文字を見つけた。
あるときは盛り上がった土をならした跡だったり、あるいは豚小屋の柱に小さく刻まれているのを見つけた。
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