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終章
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一年後の初夏、花が咲き乱れる美しい季節にアンバーはレオの妻となった。
アルトマン公爵家の領地内にある素晴らしい大聖堂で、王族や周辺国の貴族が列席する華々しい式が挙げられた。
純白のドレスはダイヤモンドや真珠がちりばめられ、重たいけれどそれが幸せだ。用意されたティアラもヴェールも、白百合のブーケも。すべてがこの日一番輝くアンバーを飾るためのもの。
これ以上ない素敵な人に愛され、ヴォルフという素晴らしい義弟にも恵まれた。シシィやハンスたちは相変わらず優しいし、毎日が幸せだ。
『ソドムの会』を完全に潰して国王に報告した後、ヴォルフはやっと表舞台に戻って来た。
一度死んだとされたヴォルフが蘇り、混乱を禁じ得ない貴族たちもいたが、事情を知っている者はやっとこの時がきたと諸手を挙げて喜んだ。
攫われて落札された令嬢たちも、表立ってではないがそれぞれ故郷に帰されたらしい。傷ものになったと知られれば、もらい手はつかないかもしれない。修道女になる道を歩むかもしれないし、しばらくはショックで寝込む可能性も高い。そのため、令嬢たちの帰宅は秘密裏に行われた。
アンバーの侍女も無事保護されたが、今は自宅に戻って療養している。
事情を知ったダリルが相応の金を払い、侍女の親に詫びと保証をしたようだ。
『茨姫の信奉者』がアンバーを執拗に狙ったのも、普通は外に出るはずのない『商品』から情報が漏れるのを恐れての事らしかった。
刺青をした集団も、『ソドムの会』に関わっていた貴族たちも、今は皆ひとしく牢獄に入っている。そちらもまたレオの監視下にあるので、厳しい罰は免れない。
一人本名すら隠して暗躍していたヴォルフも、ようやくその仕事から解放され日々を貴族らしく謳歌していた。
元帥閣下であるレオは結婚したが、彼とそっくりなヴォルフが現れたとなれば、令嬢たちはすぐに靡いてゆく。例のアッヘンバッハ伯爵令嬢のダニエラも、ヴォルフに熱い視線を送る一人になるのだった。
今はすべての人に祝福され、アンバーはレオと揃いの指輪を交換する。
そして愛する人にヴェールを上げられ、震える顔をそっと上向けた。
大きな手が耳から頬のラインをなぞり、頤にかかる。
「……一生君を守る」
アンバーだけに聞こえる声が告げ、唇が重なった。
「……ん、……ぅ」
優しく唇を食まれ、アンバーはすぐにレオのキスに夢心地になる。
七色の光に包まれた二人は、生涯添い遂げる誓いのキスを一生忘れないと思った。
**
「で、新婚旅行は海の向こうに行くって?」
アルトマン公爵城――ヘレヤークトフントの砦で、ヴォルフののんびりとした声がする。
彼の目の前にはどこか疲れた様子のアンバーと、いつもと変わらない冷静な兄の姿がある。
「ああ、この季節は海が綺麗らしいからな。アルフォード王国の港から豪華客船が出航すると聞いていたし、一度アンバーの実家に寄りつつ海の旅をするのもいいかと思って」
食後の紅茶を飲み淡々と答える兄は、ヴォルフに対してとても事務的だ。
だが同意を求めるようにアンバーを見る時だけ、その目がふっと優しくなる。
(すっかり骨抜きになっているな。面白い)
幼い頃から双子は完璧な教育を施されていたが、兄のレオはいつも「面白みがない」と弟から不評だった。
社交界に出る年齢になっても、レオの外見と地位に群がる女性はいても、彼にまったくその気がないと知ると同じ顔のヴォルフに一晩の思い出を求めてきた。
仕事しか興味のない男と認識していたレオが、今は愛する女性にだけ愛しさを隠さない血の通った人間になっている。
自分とレオを初見で見分けられるアンバーにも、ヴォルフは興味を持っていた。
(この二人と一緒にいれば、何か面白い事がありそうだな)
心の中で「面白そう」という天秤が傾き、ヴォルフは口を開く。
「じゃあ、俺も護衛代わりに着いていく。ずっと潜っていて表立った外遊はできなかったし、いいだろ?」
新婚旅行だというのに弟が同行すると聞き、レオはギョッと瞠目する。
だが昨晩の疲れを残したアンバーは、しょぼしょぼする目を擦り「それは素敵ですね」と微笑んだ。
「レオ様、ヴォルフ様もご一緒して頂きましょう。旅行は人数が多いほど楽しいですもの。美味しいものを食べる時だって、食卓を囲む人が多いほど美味に感じるものですわ」
「ん……んん……」
苦り切った顔で唸っていたレオだが、可愛い新妻に押し切られとうとう頷いてしまった。
「ま、城の事はハンス以下に任せれば間違いないだろ。陛下にも新婚旅行はご報告しているし、しばらくは仕事もこないって事で」
浮かれた声でまとめたヴォルフは、ご機嫌で二杯目の紅茶にレモンを浮かべた。
「……仕方がない、が。あくまでメインは俺たちの新婚旅行なのだから、いいところを邪魔すれば……分かっているな?」
獰猛な目つきを送ってくる兄に、ヴォルフは「はいはい」と軽く返事をしヒラリと手を振った。
数日後、アンバーは二人と一緒に故郷に向かう馬車に乗っていた。
車窓から見える空は青く、白い雲がたなびいている。
もう馬車に乗っていても、行き先に不安を覚える事はないのだ。隣には頼りがいのある夫がいて、向かいには新たな家族が座っている。
(『厄拾いのアンバー』はもういなくなったわ。これからは琥珀(アンバー)が守護の石であるように、レオ様の幸運の証になりたい!)
心の中で呟くと、アンバーは隣に座る夫に向かって微笑んだ。
完
アルトマン公爵家の領地内にある素晴らしい大聖堂で、王族や周辺国の貴族が列席する華々しい式が挙げられた。
純白のドレスはダイヤモンドや真珠がちりばめられ、重たいけれどそれが幸せだ。用意されたティアラもヴェールも、白百合のブーケも。すべてがこの日一番輝くアンバーを飾るためのもの。
これ以上ない素敵な人に愛され、ヴォルフという素晴らしい義弟にも恵まれた。シシィやハンスたちは相変わらず優しいし、毎日が幸せだ。
『ソドムの会』を完全に潰して国王に報告した後、ヴォルフはやっと表舞台に戻って来た。
一度死んだとされたヴォルフが蘇り、混乱を禁じ得ない貴族たちもいたが、事情を知っている者はやっとこの時がきたと諸手を挙げて喜んだ。
攫われて落札された令嬢たちも、表立ってではないがそれぞれ故郷に帰されたらしい。傷ものになったと知られれば、もらい手はつかないかもしれない。修道女になる道を歩むかもしれないし、しばらくはショックで寝込む可能性も高い。そのため、令嬢たちの帰宅は秘密裏に行われた。
アンバーの侍女も無事保護されたが、今は自宅に戻って療養している。
事情を知ったダリルが相応の金を払い、侍女の親に詫びと保証をしたようだ。
『茨姫の信奉者』がアンバーを執拗に狙ったのも、普通は外に出るはずのない『商品』から情報が漏れるのを恐れての事らしかった。
刺青をした集団も、『ソドムの会』に関わっていた貴族たちも、今は皆ひとしく牢獄に入っている。そちらもまたレオの監視下にあるので、厳しい罰は免れない。
一人本名すら隠して暗躍していたヴォルフも、ようやくその仕事から解放され日々を貴族らしく謳歌していた。
元帥閣下であるレオは結婚したが、彼とそっくりなヴォルフが現れたとなれば、令嬢たちはすぐに靡いてゆく。例のアッヘンバッハ伯爵令嬢のダニエラも、ヴォルフに熱い視線を送る一人になるのだった。
今はすべての人に祝福され、アンバーはレオと揃いの指輪を交換する。
そして愛する人にヴェールを上げられ、震える顔をそっと上向けた。
大きな手が耳から頬のラインをなぞり、頤にかかる。
「……一生君を守る」
アンバーだけに聞こえる声が告げ、唇が重なった。
「……ん、……ぅ」
優しく唇を食まれ、アンバーはすぐにレオのキスに夢心地になる。
七色の光に包まれた二人は、生涯添い遂げる誓いのキスを一生忘れないと思った。
**
「で、新婚旅行は海の向こうに行くって?」
アルトマン公爵城――ヘレヤークトフントの砦で、ヴォルフののんびりとした声がする。
彼の目の前にはどこか疲れた様子のアンバーと、いつもと変わらない冷静な兄の姿がある。
「ああ、この季節は海が綺麗らしいからな。アルフォード王国の港から豪華客船が出航すると聞いていたし、一度アンバーの実家に寄りつつ海の旅をするのもいいかと思って」
食後の紅茶を飲み淡々と答える兄は、ヴォルフに対してとても事務的だ。
だが同意を求めるようにアンバーを見る時だけ、その目がふっと優しくなる。
(すっかり骨抜きになっているな。面白い)
幼い頃から双子は完璧な教育を施されていたが、兄のレオはいつも「面白みがない」と弟から不評だった。
社交界に出る年齢になっても、レオの外見と地位に群がる女性はいても、彼にまったくその気がないと知ると同じ顔のヴォルフに一晩の思い出を求めてきた。
仕事しか興味のない男と認識していたレオが、今は愛する女性にだけ愛しさを隠さない血の通った人間になっている。
自分とレオを初見で見分けられるアンバーにも、ヴォルフは興味を持っていた。
(この二人と一緒にいれば、何か面白い事がありそうだな)
心の中で「面白そう」という天秤が傾き、ヴォルフは口を開く。
「じゃあ、俺も護衛代わりに着いていく。ずっと潜っていて表立った外遊はできなかったし、いいだろ?」
新婚旅行だというのに弟が同行すると聞き、レオはギョッと瞠目する。
だが昨晩の疲れを残したアンバーは、しょぼしょぼする目を擦り「それは素敵ですね」と微笑んだ。
「レオ様、ヴォルフ様もご一緒して頂きましょう。旅行は人数が多いほど楽しいですもの。美味しいものを食べる時だって、食卓を囲む人が多いほど美味に感じるものですわ」
「ん……んん……」
苦り切った顔で唸っていたレオだが、可愛い新妻に押し切られとうとう頷いてしまった。
「ま、城の事はハンス以下に任せれば間違いないだろ。陛下にも新婚旅行はご報告しているし、しばらくは仕事もこないって事で」
浮かれた声でまとめたヴォルフは、ご機嫌で二杯目の紅茶にレモンを浮かべた。
「……仕方がない、が。あくまでメインは俺たちの新婚旅行なのだから、いいところを邪魔すれば……分かっているな?」
獰猛な目つきを送ってくる兄に、ヴォルフは「はいはい」と軽く返事をしヒラリと手を振った。
数日後、アンバーは二人と一緒に故郷に向かう馬車に乗っていた。
車窓から見える空は青く、白い雲がたなびいている。
もう馬車に乗っていても、行き先に不安を覚える事はないのだ。隣には頼りがいのある夫がいて、向かいには新たな家族が座っている。
(『厄拾いのアンバー』はもういなくなったわ。これからは琥珀(アンバー)が守護の石であるように、レオ様の幸運の証になりたい!)
心の中で呟くと、アンバーは隣に座る夫に向かって微笑んだ。
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