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彼の初恋2

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 アルトマン公爵の嫡男である事を話し、迎えの者が来るまでレオはドランスフィールド伯爵家で過ごした。アンバーは優しいお兄ちゃんに懐き、別れの時は大声で泣いた。

「また絶対に会えるよ」と微笑むレオに、アンバーは「約束よ」と小指を差し出す。そうして二人は、ピンキースウェアの歌を歌ったのだった。
 泣き疲れて眠ってしまったアンバーに優しい微笑みを向け、先代のアルトマン公爵はダリルに告げる。

「我がアルトマン公爵家は、今後ドランスフィールド伯爵家が必要とした時、欲しいだけの援助を致しましょう。我が家はやや込み入ったお役目を持つ家で、そちらにも秘密を守ってもらう事があるかと思います。秘密さえ守ってくだされば、我が家は全力であなたたちを助けましょう」

「お気持ち、嬉しく思います。私とて伯爵家を背負っていますから、そう安易に好意に縋る事はないかと思います。ですが本当の危機に陥った時は、どうぞお助け頂ければと思います」

 レオの父とダリルはがっちりと握手をし、その横でレオの母が困ったように笑う。

「この子ったら、アンバーさんをお嫁さんに欲しいと言っているのですよ」
「まぁ……」

 アンバーを抱っこしたまま驚いてみせるケイシーは、照れてそっぽを向いているレオを見やる。

「だってお母様。アンバーはとても可愛い。それに勇気があるから、アルトマン公爵の花嫁にぴったりだと思うのです」
「ですって」

 母親同士は可愛い恋にクスクスと笑う。

 その後、両家の親同士はレオとアンバーの婚約を決めた。だが強引に婚姻を進める類いのものではなく、適齢期になって顔合わせをし、惹かれ合ったら結婚をさせようという主旨の約束だった。

 レオは変わらず想いを貫いた。

 だが当時の約束など知らないアンバーは、まず自由な恋愛を知るため婚約を伝えられなかった。そして舞踏会で辛酸を嘗めた後、領地が財政危機に陥る。

 そこにアルトマン公爵という知らない人物との縁談が、寝耳に水というように降って湧いたのだ。
 馬車が襲われ裏オークションで売られても、左頬のほくろがあったからこそアンバーはレオに見つけられた。

 アンバーのコンプレックスが、彼女自身を救ったのだ。



**



「まぁ、俺から見れば雨降って地固まるという感じだけどね」

 朝食を終えたヴォルフは、優雅に紅茶を飲む。

「君はどう思う? 俺に嫁ぐとして……何か不安はあるか?」

 レオに優しく問われ、アンバーはゆるりと首を振ったあと、満面の笑みを浮かべる。

「いいえ。どうぞ私をお嫁さんにしてください。私が『厄拾いのアンバー』だとしても、レオ様と一緒にいると強運になれる気がするのです」

 ずっとつきまとっていた忌み名を口にすると、ヴォルフがふふっと笑う。

「あぁ、それね。アンバーさん、その変な二つ名についてあまり気にしない方がいい」
「どうしてです? 占い師のお墨付きの不幸持ちですし、現に悪い事ばかり……」

 困り顔のアンバーに、ヴォルフはニカッと白い歯を見せた。

「クエーレとしてアンバーさんの事を調べている内に知った事だけど。アンバーさんが会った占い師というのは、友人だと思っていたご令嬢の回し者だよ。その令嬢は好きな人をアンバーさんに取られそうだと思ったから、アンバーさんの思い込みを逆手にとって意地悪をしたんだ」
「……まさか……」

 あの時一緒に占い師の所へ行った友人を思い出し、アンバーは顔を引き攣らせる。そう言えばあの頃、珍しく一人の男性に声を掛けられていた。「まさか、あり得ない」と思って避けていたが、それが友人の好きな人だったとは……。

「だからあなたは魅力がない訳じゃないし、特に不幸を背負っている訳でもない。むしろ俺の知っている占い師の話だと、左頬にあるほくろというのは、『愛され上手』という意味だと聞いたけどね? それに人の運気なんて人生を終える時にトータルで見るものだ。たかだか二十一年生きて『自分は不幸を拾う女』と思うのもどうかと思うよ?」
「愛され……」

 思わず左頬に手を当て、アンバーはレオを見る。彼は「その通りだ」と言わんばかりに微笑んでいた。
 嫌なほくろだと思い込んでいたのも、自分が不運に好かれると思っていたのも、まやかしだった。
 ふと目の前が明るくなり、気持ちがスッと軽くなった気がした。

「これで心置きなく俺の妻になれるな?」

 アンバーの憂いがなくなってレオは嬉しそうに微笑む。そこにヴォルフが明るい声を出した。

「周囲から結婚をつつかれていた兄さんが、やっと結婚をすると言えば、陛下も猊下も安心されるだろうな」
「確かに。……王家の守り手だけでなく、教会の聖騎士団にも影響力のあるアルトマン家だからな。連綿と血が続いてくれなければ、先方も困るだろうし」

「ツェーザルの奴、兄さんは自分と同じ匂いがするって言ってたんだ。仕事や金が一番で、女を愛するなど意味がない……ってね。俺は『はいはい』って聞いていたが、内心『こいつは何も分かってないな』と思っていたよ」
「俺が愛を知らないだって?」

 レオは弟の声を聞き、一瞬ポカンとした顔をする。
 やがて長く息を吐きながら首を左右に振り、アンバーに笑いかけた。

「公爵だからどうこうとか、一人者だから女に興味がないとか……。噂や人々が勝手に作った印象というものは、厄介だな。俺はずっと初恋を大事にしていただけで、愛情も性欲も人並みにあるというのに」

 含みのある目線を向けられ、アンバーはそっと顔を赤らめ俯いた。
 そんな彼女を見てレオは穏やかに笑い、アンバーに問いかける。

「アンバー、食事が終わったら三人で両親の墓に向かわないか? 花を供え、良い報告をしたい」
「はい、レオ様」

 アルトマン公爵家の墓地は、領地内の小高い丘にあるらしい。
 墓守が住み、心地いい風が吹き抜ける美しい場所なのだとか。

「私も、すべてが落ち着いたと両親に手紙を書こうと思います」

 アンバーの微笑みに、兄弟も頷いた。
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