27 / 45
戦闘3
しおりを挟む
「旦那様! 上!」
シシィの鋭い声がし、彼女が人影に何か銀色の物を投げた。ヴォルフが肺腑から声を出し、目に留まらないスピードで剣を振るう。同時に突き飛ばされたアンバーは、壁際に追いやられた。
目の前で一人の刺客が音もなく床に落ち、もう一人がヴォルフと切り結んでいた。
「っ……ヴォルフ様……っ」
カッとなったアンバーは、花台にあった壷をむんずと掴み、こちらに後頭部を晒している刺客に思いきり振り下ろす。
ガシャンッ! と派手な音がホールに響いた後、また静けさが戻った。
「アンバー……」
気絶した刺客が床に倒れた後、目を丸くしたヴォルフが驚いて彼女を見る。どこからか兵士が口笛を吹く音が聞こえ、まだ緊張下だというのに拍手をする者もいた。
「ごっ……、ご無事ですか? ヴォルフ様っ」
大胆な事をしでかした直後、アンバーはドッと冷や汗が噴き出て眩暈すら感じる。
「ああ、君のお陰で無事だ」
改めてしっかりとアンバーを抱き留めたヴォルフは、油断なく周囲を見回した後、戦闘の物音に耳を澄ます。
屋敷は完全に沈黙し、外からも軍兵が情報を確かめ合う声以外何も聞こえない。
「今度こそ大丈夫か……」
「……今回の襲撃は、予測できた事だったのですか?」
思い出したようにアンバーを酷い震えが襲い、膝が笑ってしまう。ガクガクと震えるアンバーをヴォルフは抱き上げ、ギュウッと包み込む。
「大丈夫だ、もう終わった。……予想はしていたが、まさかこんな大きな街にある屋敷まで襲ってくるとは思わなかった。君のご家族にも、本当に申し訳ない事をした」
「いいえ……。命を助けて頂いただけでも……」
「修繕費や破損した物の弁償などは、こちらがしっかりと請け負う」
「申し訳ございません……」
本当はもっと色々な事に気を遣って、淑女らしい事を言いたかった。けれど生まれて初めて戦場に放り出され、自分でも誰かを故意に傷付けたアンバーは混乱のあまり動揺している。
「もう一度屋敷の隅々まで点検した後、ご家族や使用人を解放しろ。それから後片付けと身元の確認を。そこの気絶している者は、尋問に当てろ」
ヴォルフが簡潔に命令を下せば、その場にいた部下たちが「はっ」と返事をする。
シシィは……と思って視線をやれば、転がっている敵が本当に息をしていないか確認しているようだ。彼らの手を取り、脈を診ている。
「……あら?」
ふと何か既視感を覚えてアンバーは目を眇めた。
「どうした? アンバー」
「いえ……何か……。黒装束、……腕……に、刺青……」
あまりに恐ろしくて記憶の彼方に封じ込めていたワンシーン。〝あれ〟は……。
――思い出した。
「……私の馬車を襲った山賊たちも、黒装束で腕に茨の刺青が入っていました」
「確認できるか?」
「はい」
ヴォルフがアンバーを下ろし、二人はシシィが死亡を確認した男に近付く。
「旦那様、この男の上半身だけでも脱がせますか?」
冷静なメイドの声に、主人は「ああ」と短く応える。
シシィは手早く男の衣服を剥ぎ取った。その下から現れたのは、上半身に絡みつくような茨の刺青だった。背中の中央に女性が十字架にかけられている模様がある。
本来なら聖人が十字架にかけられている姿なのに、刺青の女性はドレスを無残に破かせ胸や脚を露わにしていた。どことなく女性を侮蔑しているようなシンボルにも思える。
「……これはあの裏オークションのシンボルだ。表向きは『秘密クラブ』。その名前は『ソドムの会』。背徳を恐れずあらゆる快楽と享楽に耽る事をモットーとした、この世の悪の権化だ」
ゴク、とアンバーの喉が鳴った。
「君を襲ったのはただの山賊だと思っていたが、当てが外れたな」
すぐ近くでヴォルフが溜め息をつき、またアンバーを抱き上げる。
「少し外の空気を吸おう。君も気持ちを落ち着かせ、冷静になる必要がある」
「ええ。その通りですね」
逞しい腕に抱かれ、ゆったりと歩む振動は心地良かった。
外は少し雲が出ていたが、三日月や星が見えている。あちこちに篝火が焚かれ、軍兵たちが忙しそうに駆け回っている。
「湖の方に行こう。俺も少し血を洗い流したい」
屋敷から湖までは、歩いて十五分ほどだ。目の前に月光を浴びてキラキラと水面を輝かせる湖を見て、アンバーはそっと息をついた。
**
シシィの鋭い声がし、彼女が人影に何か銀色の物を投げた。ヴォルフが肺腑から声を出し、目に留まらないスピードで剣を振るう。同時に突き飛ばされたアンバーは、壁際に追いやられた。
目の前で一人の刺客が音もなく床に落ち、もう一人がヴォルフと切り結んでいた。
「っ……ヴォルフ様……っ」
カッとなったアンバーは、花台にあった壷をむんずと掴み、こちらに後頭部を晒している刺客に思いきり振り下ろす。
ガシャンッ! と派手な音がホールに響いた後、また静けさが戻った。
「アンバー……」
気絶した刺客が床に倒れた後、目を丸くしたヴォルフが驚いて彼女を見る。どこからか兵士が口笛を吹く音が聞こえ、まだ緊張下だというのに拍手をする者もいた。
「ごっ……、ご無事ですか? ヴォルフ様っ」
大胆な事をしでかした直後、アンバーはドッと冷や汗が噴き出て眩暈すら感じる。
「ああ、君のお陰で無事だ」
改めてしっかりとアンバーを抱き留めたヴォルフは、油断なく周囲を見回した後、戦闘の物音に耳を澄ます。
屋敷は完全に沈黙し、外からも軍兵が情報を確かめ合う声以外何も聞こえない。
「今度こそ大丈夫か……」
「……今回の襲撃は、予測できた事だったのですか?」
思い出したようにアンバーを酷い震えが襲い、膝が笑ってしまう。ガクガクと震えるアンバーをヴォルフは抱き上げ、ギュウッと包み込む。
「大丈夫だ、もう終わった。……予想はしていたが、まさかこんな大きな街にある屋敷まで襲ってくるとは思わなかった。君のご家族にも、本当に申し訳ない事をした」
「いいえ……。命を助けて頂いただけでも……」
「修繕費や破損した物の弁償などは、こちらがしっかりと請け負う」
「申し訳ございません……」
本当はもっと色々な事に気を遣って、淑女らしい事を言いたかった。けれど生まれて初めて戦場に放り出され、自分でも誰かを故意に傷付けたアンバーは混乱のあまり動揺している。
「もう一度屋敷の隅々まで点検した後、ご家族や使用人を解放しろ。それから後片付けと身元の確認を。そこの気絶している者は、尋問に当てろ」
ヴォルフが簡潔に命令を下せば、その場にいた部下たちが「はっ」と返事をする。
シシィは……と思って視線をやれば、転がっている敵が本当に息をしていないか確認しているようだ。彼らの手を取り、脈を診ている。
「……あら?」
ふと何か既視感を覚えてアンバーは目を眇めた。
「どうした? アンバー」
「いえ……何か……。黒装束、……腕……に、刺青……」
あまりに恐ろしくて記憶の彼方に封じ込めていたワンシーン。〝あれ〟は……。
――思い出した。
「……私の馬車を襲った山賊たちも、黒装束で腕に茨の刺青が入っていました」
「確認できるか?」
「はい」
ヴォルフがアンバーを下ろし、二人はシシィが死亡を確認した男に近付く。
「旦那様、この男の上半身だけでも脱がせますか?」
冷静なメイドの声に、主人は「ああ」と短く応える。
シシィは手早く男の衣服を剥ぎ取った。その下から現れたのは、上半身に絡みつくような茨の刺青だった。背中の中央に女性が十字架にかけられている模様がある。
本来なら聖人が十字架にかけられている姿なのに、刺青の女性はドレスを無残に破かせ胸や脚を露わにしていた。どことなく女性を侮蔑しているようなシンボルにも思える。
「……これはあの裏オークションのシンボルだ。表向きは『秘密クラブ』。その名前は『ソドムの会』。背徳を恐れずあらゆる快楽と享楽に耽る事をモットーとした、この世の悪の権化だ」
ゴク、とアンバーの喉が鳴った。
「君を襲ったのはただの山賊だと思っていたが、当てが外れたな」
すぐ近くでヴォルフが溜め息をつき、またアンバーを抱き上げる。
「少し外の空気を吸おう。君も気持ちを落ち着かせ、冷静になる必要がある」
「ええ。その通りですね」
逞しい腕に抱かれ、ゆったりと歩む振動は心地良かった。
外は少し雲が出ていたが、三日月や星が見えている。あちこちに篝火が焚かれ、軍兵たちが忙しそうに駆け回っている。
「湖の方に行こう。俺も少し血を洗い流したい」
屋敷から湖までは、歩いて十五分ほどだ。目の前に月光を浴びてキラキラと水面を輝かせる湖を見て、アンバーはそっと息をついた。
**
1
お気に入りに追加
511
あなたにおすすめの小説
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~
ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。
2021/3/10
しおりを挟んでくださっている皆様へ。
こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。
しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗)
楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。
申しわけありません。
新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。
お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。
修正していないのと、若かりし頃の作品のため、
甘めに見てくださいm(__)m
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁
結城芙由奈
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】
妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?
森でオッサンに拾って貰いました。
来栖もよもよ&来栖もよりーぬ
恋愛
アパートの火事から逃げ出そうとして気がついたらパジャマで森にいた26歳のOLと、拾ってくれた40近く見える髭面のマッチョなオッサン(実は31歳)がラブラブするお話。ちと長めですが前後編で終わります。
ムーンライト、エブリスタにも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる