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戦闘3

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「旦那様! 上!」

 シシィの鋭い声がし、彼女が人影に何か銀色の物を投げた。ヴォルフが肺腑から声を出し、目に留まらないスピードで剣を振るう。同時に突き飛ばされたアンバーは、壁際に追いやられた。
 目の前で一人の刺客が音もなく床に落ち、もう一人がヴォルフと切り結んでいた。

「っ……ヴォルフ様……っ」

 カッとなったアンバーは、花台にあった壷をむんずと掴み、こちらに後頭部を晒している刺客に思いきり振り下ろす。
 ガシャンッ! と派手な音がホールに響いた後、また静けさが戻った。

「アンバー……」

 気絶した刺客が床に倒れた後、目を丸くしたヴォルフが驚いて彼女を見る。どこからか兵士が口笛を吹く音が聞こえ、まだ緊張下だというのに拍手をする者もいた。

「ごっ……、ご無事ですか? ヴォルフ様っ」

 大胆な事をしでかした直後、アンバーはドッと冷や汗が噴き出て眩暈すら感じる。

「ああ、君のお陰で無事だ」

 改めてしっかりとアンバーを抱き留めたヴォルフは、油断なく周囲を見回した後、戦闘の物音に耳を澄ます。
 屋敷は完全に沈黙し、外からも軍兵が情報を確かめ合う声以外何も聞こえない。

「今度こそ大丈夫か……」
「……今回の襲撃は、予測できた事だったのですか?」

 思い出したようにアンバーを酷い震えが襲い、膝が笑ってしまう。ガクガクと震えるアンバーをヴォルフは抱き上げ、ギュウッと包み込む。

「大丈夫だ、もう終わった。……予想はしていたが、まさかこんな大きな街にある屋敷まで襲ってくるとは思わなかった。君のご家族にも、本当に申し訳ない事をした」
「いいえ……。命を助けて頂いただけでも……」

「修繕費や破損した物の弁償などは、こちらがしっかりと請け負う」
「申し訳ございません……」

 本当はもっと色々な事に気を遣って、淑女らしい事を言いたかった。けれど生まれて初めて戦場に放り出され、自分でも誰かを故意に傷付けたアンバーは混乱のあまり動揺している。

「もう一度屋敷の隅々まで点検した後、ご家族や使用人を解放しろ。それから後片付けと身元の確認を。そこの気絶している者は、尋問に当てろ」

 ヴォルフが簡潔に命令を下せば、その場にいた部下たちが「はっ」と返事をする。
 シシィは……と思って視線をやれば、転がっている敵が本当に息をしていないか確認しているようだ。彼らの手を取り、脈を診ている。

「……あら?」

 ふと何か既視感を覚えてアンバーは目を眇めた。

「どうした? アンバー」
「いえ……何か……。黒装束、……腕……に、刺青……」

 あまりに恐ろしくて記憶の彼方に封じ込めていたワンシーン。〝あれ〟は……。

 ――思い出した。

「……私の馬車を襲った山賊たちも、黒装束で腕に茨の刺青が入っていました」
「確認できるか?」
「はい」

 ヴォルフがアンバーを下ろし、二人はシシィが死亡を確認した男に近付く。

「旦那様、この男の上半身だけでも脱がせますか?」

 冷静なメイドの声に、主人は「ああ」と短く応える。

 シシィは手早く男の衣服を剥ぎ取った。その下から現れたのは、上半身に絡みつくような茨の刺青だった。背中の中央に女性が十字架にかけられている模様がある。
 本来なら聖人が十字架にかけられている姿なのに、刺青の女性はドレスを無残に破かせ胸や脚を露わにしていた。どことなく女性を侮蔑しているようなシンボルにも思える。

「……これはあの裏オークションのシンボルだ。表向きは『秘密クラブ』。その名前は『ソドムの会』。背徳を恐れずあらゆる快楽と享楽に耽る事をモットーとした、この世の悪の権化だ」

 ゴク、とアンバーの喉が鳴った。

「君を襲ったのはただの山賊だと思っていたが、当てが外れたな」

 すぐ近くでヴォルフが溜め息をつき、またアンバーを抱き上げる。

「少し外の空気を吸おう。君も気持ちを落ち着かせ、冷静になる必要がある」
「ええ。その通りですね」

 逞しい腕に抱かれ、ゆったりと歩む振動は心地良かった。
 外は少し雲が出ていたが、三日月や星が見えている。あちこちに篝火が焚かれ、軍兵たちが忙しそうに駆け回っている。

「湖の方に行こう。俺も少し血を洗い流したい」

 屋敷から湖までは、歩いて十五分ほどだ。目の前に月光を浴びてキラキラと水面を輝かせる湖を見て、アンバーはそっと息をついた。



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